第35話 狂気の科学者 ~side ノア~

まえがき

 引き続き生徒側のお話です。

 今回は一人頑張っているノアの物語。

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 天界の道は、眩い光を宿す石壁に囲まれていた。

 そこに何体ものノア――その分身体が立っている。


「――高魔弾フォルバレット


 静かに、呟くような詠唱が通路に溶けた。

 少女の掌から放たれた光の球が、空中を縦横無尽に高速飛行する。

 ノアの分身体は、瞬く間に全てが弾け飛ばされてしまった。

 通路には、粘性の高い液体が無残に散らばっている。

 その中心に、ぷるぷると小刻みに震えるノアが立っていた。


「ぷる……すごい、ね。そのまほう、とっても、つよい」


 彼女の身体は裂け、泡立ち、何度も再生を繰り返した痕跡でぐずぐずに濁っている。

 体積もすっかり削れ、今にも崩れ落ちそうだった。


「はぁー、なんてしぶといのかしら」


 対するのは、冷ややかに歩み寄る女――賢者イレーナ。

 勇者パーティにおいて『魔法』の扱いを担当する彼女は、白銀の髪を揺らし、鋭い眼差しでノアを見下ろす。

 その細い指先には、収束した魔力光が渦を巻いていた。


「突然変異の水妖族スライムで、体は高濃度魔力体。特に魔法に強い耐性を持つ。ホントなら相性最悪の相手だけど……」


 彼女は吐き捨てるように言い、そして口角を上げた。


「アンタじゃ、私の魔法を越えられない」


 キイィィン……と耳鳴りがするほど指先に圧縮される魔力。

 通路の石壁を震わせる。

 

(……だめ)

 

 イレーナの言う通り、肉体にそもそも多分に魔力を含むノアは、魔法に強い。

 そのうえ自身の分身体を生成することができ、文字通り肉壁や目くらましとして使うこともできる。

 実戦は未経験でありながら、対魔法使いにおいて優位性が高いだろうという自覚があった。

 もちろん、自分の選択したこの天界の道に、戦士タイプの『聖騎士ガイガン』が来ないことは一種の賭けであったが。


(だいじょうぶ、だと……おもった、のに)


 そしてノアは、その賭けに勝ったし、この戦闘に勝つつもりもあった。

 通路の奥から歩んできた少女が『賢者』と名乗った時、内心で湧きたつものがあるほどには。

 けれどイレーナの得意とする高威力追尾式魔弾――略して『高魔弾フォルバレット』によって、文字通りノアの目論見は無残に打ち砕かれてしまったのだ。


「アンタがただの何でもない魔物スライムなら、こんな絶望も恐怖も味わわずにすんだのに……運が良いのか悪いのかわかんないわね。ま、今回は相手が悪かったと思って諦めなさい。……じゃあね」

 

 言葉とともに、イレーナの指先から魔力塊が分離する。

 それはゆっくりとノアに迫り、そして中空で拡散。

 視界が白く染まる。


(あ、だめ……これ、もう)


 ノアが死を覚悟した、次の瞬間――


「どけぇッ!」


 咆哮とともに、白い光の中を駆ける一筋の影。

 イレーナの光弾をかいくぐり、爆光の中からノアの体を抱え上げたのは――


「フェンちゃん……!」


 影狼族フェンリルの少女、フェンだった。

 間一髪。ほんの一瞬遅れていれば、ノアは跡形もなく消し飛んでいただろう。

 フェンはそのままイレーナから遠ざかった所でノアを下ろす。

 ふう、と大きく息を吐き、剣を構え直した。


「大丈夫か、ノア」

「ぷる……ありがと、フェンちゃん。そっちは、どう?」

「問題ない。聖女は片付けてきた。リリムも無事だが、気を失っていてな。通りの入り口に寝かせてある」


 その言葉を聞き、ノアの消えかけていた心に闘志の灯がともる。

 やっぱり、私の友達は凄い。

 勇者パーティを相手取り、順調に計画通りの対応を見せている。


「はぁ!? あの子がやられちゃったっていうの!?」


 遠くで会話を聞いていたイレーナが、初めて顔を歪める。


「一体どんな手を……というか、大方油断してたんでしょうね。まったく、どっか抜けてんだから。ま、見たところその助っ人ちゃんもボロボロだし、二人仲良くあの世に送ってあげるわ」


 やれやれ、と言ったふうに首を振るイレーナ。

 そのやる気なさげな仕草とは裏腹に、全身から災害級の魔力を迸らせている。

 ノアの隣に立つフェンの喉が、ごくりとなった。


「チッ……とんでもないな、勇者パーティってやつは。しかし悠長にしても居られん。二人でやるぞ、ノア! まだやれるな!?」


 問いかけに、ノアはぷるぷると震えながら答えた。

 

「……だいじょうぶ。もう、かいせき、おわったの」


 かすかな笑み。


「解析……?」


 イレーナが眉をひそめる。

 

「ありがと、けんじゃさん」

「何言ってんのよ。やられすぎて頭イカレちゃった?」


 その感謝の意味を、イレーナはすぐに知ることになる。

 散らばっていた分身体の残骸が、一斉に震えだしたのだ。


「なっ……!?」


 破片は滑らかに軌道を描き、四方八方からイレーナへ飛びかかる。

 しかし彼女は、天才の名を欲しいままにする魔法使い。

 崩れた体勢、咄嗟の対応もお手のもの。


「――飛行フライト!」


 詠唱した途端、彼女の体が宙に浮く。

 まるで無重力空間にでもなったかのように、空中で自由自在に体を捻ってノアの分身体を躱した。


「ふふ。まだ、だよ」

「うそっ!?」 


 躱したはずの分身体が、進行方向を変えてイレーナに飛び掛かる。

 それはまるで、イレーナの高魔弾フォルバレットのよう。


「あ、ちょ、待っ――……!」


 両腕、両脚、胴、首元。

 次々と絡みつき、逃げ場を奪う。

 詠唱をしようにも、スライムが喉奥へと飛び込んでいて叶わない。


「ふ、ふふ。あはは」

「……!」


 ノアがじりじりと歩み寄る。

 血に濡れたようなぬめりを滴らせながら、不気味に笑った。


「ありがと、けんじゃさん。おかげで……ぶんしん、あやつれる、よ」


 ゾクリとするフェン。

 ノアの表情からは普段の無邪気さが消え、狂気的な天才の顔を見せていた。


「っ……」


 詠唱ができないならば、と。

 イレーナは全身から魔力を溢れさせ、魔力暴発による脱出を試みる。


「……!?」


 だが、底の抜けた器に水を注いでいるように、練り上げた魔力が抜け落ちていく。

 魔力の行き先は、恐らく自身に纏わりついたスライム。 


(魔力を吸収してる!? こんな特性、無かったはずよ……! ま、まさか……最初から、これを想定して……!?)


 その推測は、正しかった。

 以前、暴走スライム事件で『魔力吸収』の力を有したノア。

 彼女はこの戦闘中、意図してその機能をオフにしていた。

 全ては、この瞬間のため。


「けんじゃさん、なんでも、できちゃうもんね」


 そう。天才魔法使いイレーナは、何でもできてしまう。

 急に襲い来る分身体に対応することも、まとわりついたスライムを弾き飛ばすことも、本当に何でも。


「だから、ばれないように、かくしてたの」


 不意打ちによって生まれた、ほんのわずかな勝機。

 それにすら、完璧な対応を見せるであろうイレーナ。

 その完全無欠な賢者様を崩すため、『時間切れ』を生じさせるために、最後の最後までノアはこの手札を隠していたのだ。


「……ふふ。もう、くるしい、でしょ?」


 がぼ、とイレーナの口から空気が漏れる。

 拘束が強まり、酸素を取り込めなくなった彼女の体は、活動を停止する。

 賢者イレーナは、力なく崩れ落ちた。


「す、凄いぞ! ほとんど自力で勇者パーティを……!」


 興奮した様子のフェンが、ガッツポーズをしてノアへ話しかける。


「ううん、そんなこと、ない。フェンちゃんが、こなかったら、やられてた、よ」


 ノアはくるりと振り返って言った。

 そしてその一秒後、力なくばたりと倒れ伏した。


「お、おい! ノア!?」


 駆け寄るフェン。

 ぺちぺちと頬を叩く。


「息は……ある。核も動いてる」


 生きている。

 その事実に安堵する。

 が、しかし。


「あああああっ! またこれかっ……!」


 意識不明、二人目。

 フェンは荒い息を吐きながら、ノアを担ぎ上げた。

 遠くで気絶しているリリムの姿が脳裏をよぎる。

 自分だって全身は傷だらけ、体力も限界。

 それでも――


「――くぅ……待っておけよ、ドラコ……!」

 

 苦しい時に、もうひと踏ん張り。

 それがリーダーだ。

 足を止めることなく、フェンは仲間を担いで駆け出した。


 向かう先は、魔界の通路――恐らく聖騎士ガイガンと、ドラコが戦っている場所。

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