【2時間目】自分の想いを伝えましょう

第13話 教員会議

 魔王城の一室。

 厚い石壁に囲まれた広間の中央で、魔王オルギスは椅子にふんぞり返っていた。

 片手には書類、もう片手には湯気の立つカップ。


「ふーむふむふむ! なるほどなるほど、順調も順調だねぇ」


 声を弾ませながら書類に目を走らせ、最後にはページをぱらりと放り投げる。

 ずずず、と気楽にコーヒーをすすり、のんびりとした吐息を漏らした。


「はー……おいし」


 魔王という肩書きに似つかわしくないほど、気さくで人懐こい態度。

 重々しい会議を覚悟していただけに、僕は肩の力が抜ける思いだった。


「最初にメンツを聞いた時にはどうなることかと心配したけど……ドラコくんもリリムちゃんも良い傾向だ。いやあ、先生くんのおかげだねぇ」


 オルギスはにこにこと笑みを浮かべ、机を軽く指で叩く。


「いえ、そんな。生徒の皆が優秀なだけです」


 思わず正直に返すと、セラが隣で小さく目を細めた。

 冷たい視線、何か言いたげだ。


「その謙虚さも、私は好きだよ」


 オルギスは嬉しそうに頷き、にやりと笑った。


「何事も山あり谷ありとはいえ、上手くやってくれていて嬉しいよ」


 オルギスはそこで言葉を切り、わざとらしくため息をついた。

 舞台役者の芝居めいた仕草だ。


「……はあ。それにひきかえ、こっちは全然で情けない……」

「……」

「……はあ。それにひきかえ、こっちは全然で情けない……」

「……」

「……はあ」


 頭を抱え、指の隙間からチラチラとこちらをうかがう魔王。


「……何ですか? 何か問題でも?」

「おっ! よくぞ聞いてくれました!」

「僕が聞き返すまで、延々と繰り返すつもりでしたよね」

「ふふふ。実はね、最近水路の調子が悪くてねえ」

「水路?」


 思わず聞き返すと、オルギスは心底辛そうな表情で眉を顰めた。


「この魔王城もだいぶ古いからさ。水路に錆や汚れがこびりついて、しょっちゅう詰まるんだ。たまに逆流することもあってね。兵士に掃除を頼んではいるけど、あんな汚い所に好んで行きたがるやつなんていないだろう?」


 オルギスは肩をすくめ、苦笑いを浮かべる。

 僕はうーん、と考えてみたものの。

 正直、水路掃除の妙案なんて浮かぶはずもなかった。

 そこで僕は「はあ」と適当な相槌だけを返す。

 ふと、魔王がこちらに視線を向けた。

 大きな肘掛け椅子に身を沈めながら、にやにやとした笑みを崩さない。


「で、先生くんの方はどうだい? 困ってることはない?」

「困っていること……ですか?」

「うん。業務上でもプライベートでもいいよ。教師だって人間なんだから、悩みの一つや二つあるだろう?」


 軽い調子で言われ、返事に詰まった。

 確かに、ある。

 けれど言っていいものかどうか。

 胸の内で逡巡していると、オルギスが片眉をひょいと上げた。


「ほらほら、顔に出てるぞ? 抱え込むと皺になるよ。正直に言ってごらん」

「……」


 しばし迷った末、僕は観念して口を開いた。


「実は、ノアのことが分からないんです」

「ノアちゃんが?」

「はい。授業でも、普通に話しかけても、返ってくるのはいつも『ぷるん』だけで。僕が着任してから二十日近く経ちますが、分かったのは名前くらいで……正直、種族すらはっきりしない。まあ、見た目からして|水妖族≪スライム≫っぽいな、とは思っているんですが」

「――|水妖族≪スライム≫ですよ」


 鋭い一言が横から差し込んだ。

 言葉を発したのは、ずっと黙って僕と魔王の話を聞いていたセラ。

 整った黒髪を揺らし、銀灰の瞳は僕からちょっとも逸らさないまま、ただ事務的に断言する。

 僕は思わず目を瞬かせる。

 ちょっと待った。

 今、スライムって言った?


「え……知ってたんですか?」

「生徒の招集を担当したのは私ですから。基本的なプロフィールは把握しています。素性も経歴もわからない者を集めたりはしませんよ」

「な、なるほど……じゃあなんで、教えてくれなかったんですか……!?」

「聞かれなかったので」

「あ、ああ。そうですか……」


 思わず肩を落とす僕に、セラは迷いも感情も見せず、淡々と口を開いた。


「普通の|水妖族≪スライム≫は、ただの魔物にすぎません。意思も知性も持たず、ただ『栄養を吸収する』という本能のみに従って生きる、流れる水と同じ存在です。ですが……」


 彼女は一拍置き、視線だけをこちらに寄こす。


彼女ノアは突然変異体。自己保存本能が異常に強化された結果、その延長線上で知能を獲得した、きわめて稀少な個体です」

「突然変異体……」


 思わず言葉を反芻する。


「魔物でも魔族でもなく、どこにも属さない。理解されず、孤立するのも当然でしょう」


 セラの声音には哀れみも誇張もない。

 ただ事実を突きつける冷たい平板さがあった。

 重苦しい説明を受けてなお、オルギスは楽しげに肩を揺らす。


「そういうこと、ってわけ。珍しい子だよ。先生くん、どうする?」


 軽くウインクをして、まるで試すように問いかけてくる。

 僕は一瞬だけ言葉を探し、それから小さく息を吐いた。


「……もちろん、放ってはおけません。担任ですから」


 口にした自分の言葉に、自分で少し驚いた。

 ただ『ぷるん』としか喋らない相手でも、知ろうとする。理解しようとする。

 それが教師の務めだと、今ははっきりと思えたのだ。

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