第11話 本当の愛を知りましょう

 魔王城の廊下を駆け抜ける。

 胸の奥がざわついていた。

 先ほどの魔王の言葉が頭から離れない。


『本来なら厳罰、極刑になってもおかしくないけど……私も忙しい。犯人の目星がつく前に物品が元に戻っていれば……まあいいかってなっちゃうだろうね』


 つまり……。

 目をつむっている内にとっとと片をつけろ。

 そういうことだ。

 黒幕がリリムであろうことは、とっくに看破されている。

 一刻も早く彼女に事情を聞き、解決しないと大変なことになる。


「ハァ、ハァ……!」


 息を切らしながら全力で疾走。

 曲がり角を抜けた先、彼女の部屋の扉が目に入る。


「何だアレ……!?」


 だが、その扉は黒焦げになり、無惨に崩れていた。

 嫌な予感に駆られ、中を覗き込む。


「……っ!」


 まず目に飛び込んできたのは、魔王城のあちこちから集められた品であろう、ごちゃごちゃに積まれた宝珠や金品、武器や書物。

 その中心にリリムが座り、虚ろな目の魔族兵たちが取り囲む。

 部屋の手前側にはセラ、フェン、ノア――そしてドラコが、魔族兵の巨腕に押さえつけられ、拳を振り下ろされようとしていた。

 考えるより先に、体が動いた。

 地を蹴り、風を裂き、次の瞬間にはドラコを抱え上げ、拳を避けていた。


 ――よかった。間に合った。

 

 何よりもまず、ドラコを助けられたことにホッとする。

 たまたま近くにあったベッドにドラコを寝かせ、安堵すると同時に、僕の心の中には沸々と怒りが込みあがって来ていた。


「――君、魔王軍の幹部だね」


 勇者たちの脅威になりそうな魔族は、基本的に頭に叩き込んでいる。

 目の前の、身の丈3メートルはゆうに超す、筋骨隆々な黒い肌の怪物は『獣鬼将バル・ゾラ』といったか。

 見た目通り、戦闘力特化型の魔族だ。


「僕の生徒に、何してるの?」

「……グガァ」


 低く問う声に、漆黒の巨漢が牙を剥いた。

 まともに喋ることもできないらしい。

 よっぽどリリムの魅了が効いているんだね。

 まあ、魅了それに弱そうなタイプではある。


「あぁ、せんせーだぁ」


 バル・ゾラの巨躯の向こうで、リリムがにやりと笑う。

 僕は頭を傾けて、リリムと目を合わせた。


「これ、城の物だよね。どうしてこんなことを?」

「だって、愛だからぁ♡ 愛されることが女のすべてなんだよぉ?」


 リリムは両手で作った拳を口元に当て、ぱちりとウインクをしながら言った。

 愛、ね。


「本当にそうかな?」


 僕は静かに問う。


「相手の命令を聞くことが、愛なのかな」

「そうに決まってるでしょぉ?」


 小首を傾げるリリムに対し、僕は自分の考えを述べる。


「物を盗ませること。それは確かに、君の望みかもしれない。でもその実、君のためにはならない。現に魔王は既に異変に気づいていて、犯人が見つかれば極刑にするつもりだ」

「え、えぇ……!?」

「当然だよ。宝石だって金品だって書物だって武器だって、貴重な城の財産だ」

「そ、そんなぁ……!」


 リリムの顔から血の気が引く。

 そうなるって、わからないかな。

 彼女にとっては、ただのイタズラの延長だったのか。


「僕にはね、リリム。君を思ってここに居るセラやクラスの仲間の方が、よっぽど君を愛しているように見えるよ」

「……っ」


 リリムの瞳が揺れ、唇が震える。


「ダメなことはダメって言ってくれるのも、愛なんだ」

「……そ、そんな、そんなわけ……うう……!?」


 リリムは椅子のクッションを抱えて顔をうずめる。

 しばらくじたばた悶えていたが、やがて力尽きたように動きを止めた。

 そして、こもった声でポツリと。


「……………………そう、なの、かもぉ」


 心の声を漏らした。

 それから「でもぉ」と続ける。


「ずっとそう教えられてきたのにぃ……! 皆からちやほやされなきゃ、愛されなきゃ、淫魔族サキュバスとして価値がないってぇ……!」


 嗚咽混じりに声が漏れ、最後には「うえぇ~ん」と子供のように泣き出した。

 愛を求める種族の姫に生まれた彼女は、誰よりも愛に飢えていたのだ。


「――グルルル……!」


 その時、沈黙していた魔王軍の幹部、バル・ゾラが唸った。

 太い腕をブンと振り上げ、攻撃の予備動作に入る。


「えっ!? 待ってぇ、止まってってばぁ!」


 リリムの叫びも届かない。

 完全には従えられていなかったのだ。

 バル・ゾラの巨腕が、僕目掛けて力強く振り下ろされる。


「まずい……!」


 セラが何かをしようと動く。

 けれどそれよりも早く、僕は前に出た。


 正面からぶつかったのでは勝てない。

 筋力、素早さ、耐久性……身体能力は明らかに向こうが上。

 だから僕は、自分にできることをした。


「ハァッ……!」


 まずは床に散らばる盗品の一つ、骨董品のツボを蹴り上げる。

 重たいツボが弧を描き、バル・ゾラの視界を奪って攻撃を遅らせる。

 その隙に足元へ滑り込み、巨大な片足が乗ったドレスを思い切り引っ張った。

 動いた足場に体勢を取られた敵の膝裏へ、正確に一撃を叩き込む。


「グガァ……!?」


 巨体が傾いた瞬間、僕はその辺に落ちていた武器の鎖を掴み、バル・ゾラの首へ巻きつけた。

 腕力で締めるんじゃない。

 相手自身の体重を使って、最小の力で最大の効果を出す。


 ――ズシン


 床に崩れ落ちた膝。

 バル・ゾラは必死に鎖を外そうともがくが、その両腕の神経を目掛けて僕は蹴りを放つ。

 うん、良い所に入った。

 痺れて力が入れられないよね。

 勇者たちの疲れをマッサージで癒すため、必死に人体の仕組みを勉強した日々を思い出す。

 種族は違うけど、バル・ゾラにも応用できてよかった。


「グ、グモ……」

 

 最後に弱弱しい咆哮をあげ、巨体は地に伏した。


「ふう……良かった、何とかなって」


 僕はホッと一息。

 ふと視線を周囲に向けると、全員の時間が止まっていた。

 フェンは狼耳を震わせて固まり、リリムは涙で濡れた瞳を見開き、セラは眉をひそめて怪訝な表情をしている。

 え、どういう反応?


「あ、あの……皆?」


 不安になって問いかけると、真っ先に口を開いたのはリリムだった。


「――ず」

「ず?」

「ずっ……きゅぅうん♡ せんせ、カッコ良すぎるよぉ♡♡♡」

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