第10話 愛されることが女のすべて? ~side セラ~

まえがき

 前話に続き、セラ視点のお話です。

=====================================




「……ペット?」


 セラは、山積みの宝珠や金品の中心で足を組むリリムを見据え、その言葉を復唱する。


「そ♡ この子たち、りりのペットなのぉ」


 リリムはあどけなく笑い、傍らで虚ろな目をした兵士たちに手を伸ばす。

 泣く子も黙る恐怖の魔王軍、その兵士を捕まえて「ペット」と来たか。

 頭を抱えたくなるのを抑え、セラは訂正の言葉を口にする。


「魔王軍の兵士は、あなたのペットではありません」

「そんなことないよぉ。だって、りりがちょーっと可愛く『お願い♡』って言ったら、なんでも持ってきてくれるの。偉いペットたちでしょ?」


 リリムはぱちりとウインク。

 長いまつ毛が揺れる。

 それを見て涎を垂らし、息を荒げる兵士たち。

 セラは深くため息をついた。


淫魔族サキュバスの力をもってすれば、本能に忠実な種族であれば、たとえ魔王軍の兵士であろうと魅了して『ペット』にできるでしょう」


 冷ややかに告げ、声を硬くする。


「ですが、それが何だというのです? この宝石や金品、本当に欲しいわけではないでしょう? くだらない真似はやめて、授業に復帰してください」

「えーっ!? くだらない!?」


 リリムが目を見開く。

 本気で驚いた顔だった。


「くだらなくないよぉ! だって、皆頑張って色んな物をたーくさん持ってきてくれるんだよぉ? それって、だよねぇ?」

「……愛?」

「うんっ♡ 愛されることが女のすべて♡ 愛されなきゃ価値はないんだよぉ?」


 一切の迷いなく言い切るリリム。

 その姿に、セラは一瞬だけ言葉を失った。

 淫魔族の姫。

 きっと物心ついた時から「異性を魅了することが存在価値」と刷り込まれて育ってきたのだろう。

 その虚ろな信念の奥に、かすかな孤独が透けて見えた気がして。

 セラは自分でも意外なほど、胸がわずかに疼いた。


(……ですが、それは誤りです)


 心の中で、少女の信念を否定する。


「他者からの評価でなく、自分で自分を認めればいいんですよ。リリムさん」


 口にしてから、ハッとする。

 それはまるで、自分に言い聞かせているかのよう。


「っ……」


 リリムの瞳が揺れる。

 けれど次の瞬間には睨み返し、声を荒げた。


「そ、そんなの嘘! 愛を貰うことが、一番なのぉ!」

「自らの存在価値を、他者に委ねないでください。しっかり自己を持って」

「う、ううう~っ! うるさいうるさぁ~いっ!」

「おい、リリム! 先生の言っていることを聞け!」

「フェンちゃんは黙っててぇ! 女の幸せなんてわかんないでしょぉ!?」


 女三人、喧しい言い争い。

 そこに割り込むように、龍族ドラゴンの王子が前へ踏み出した。


「――グダグダと面倒くさい。ぶん殴って連れて行けばいいだろ」

「なっ……」


 その無鉄砲さに、セラは慌てて制止の言葉を述べようとする。

 だがそれより早く、リリムが薄く笑い、指を鳴らした。


「ふぅん、いいよぉ。やれるならやってみて、ドラコくん。……戦いってね、力比べだけじゃないんだよぉ? ――ペット5号くぅん♡」


 ソファの背後から、影がぬっと姿を現した。

 角と牙を備えた巨躯。

 黒い毛皮に覆われた腕は、丸太のように太い。


「……フシュル」


 吐き出された呼気と共に、湯気が立ち上る。


「あ、貴方……獣鬼将バル・ゾラ……!? なんて情けない……!」


 セラは卒倒しそうになる。

 まさかまで篭絡しているとは。

 背筋を冷や汗が伝う。

 一気に状況が変わってきた。

 彼は魔王軍幹部の中でも屈指の武闘派。

 自分でも、勝てるかどうかは五分五分。

 だが、そんな強敵を目の前に、ドラコは笑ってみせた。


「面白い、オレが蹴散らしてやる!」


 豪炎を吐きながら突撃する。

 龍族の血を誇るその力は、確かに凄まじい。

 攻撃力も、素早さも、戦闘センスも、まさに天才のそれ。


「グルゥ……ガァアアアアア!」


 けれど、魔王軍幹部の名は伊達ではない。

 バルゾラの一撃は重く、鈍器のような腕が空気を震わせる。


 火花散る激闘の末、やがて均衡は崩れた。

 ドラコは床に叩き伏せられ、口から血を吐く。

 よくやった方だ、とセラは思った。


「ぐ……っ!」


 ドラコの頭上に、バルゾラの影が覆いかぶさる。


「カハ……ッ!」


 巨腕が振り下ろされ、ドラコは呻き声をあげる。

 ドン、ドン、と。

 なおも繰り返される暴打。


「あーあー? 大ピンチだねぇ、ドラコくん。……りりのペットになるって言うなら、止めてあげてもいいよぉ?」

「ば、かを……言え……誰、が……ぐあぁっ!」


 拒絶の言葉を遮るように、さらに一撃。

 セラは唇を噛んだ。


(助けるべきか……? 幹部相手では骨が折れる。無傷では済まない。命を落とすかもしれない。それほどのリスクを冒してまで、守る価値が……?)


 そんなことを考えている間に、バル・ゾラの拳が高々と振り上げられる。

 止めを刺す一撃が、今発されようとしている。


「た、たすけ……」


 ドラコの助けを求める声。

 あのプライドの高いドラコが、助けを求めた。

 セラの胸に、ためらいと冷徹な思考がせめぎ合う。

 その時、風が頬を撫でた。


 ――ゴウッ


 視界の端を影が走り抜け、ドラコの体が宙に浮かぶ。

 気づけば龍族の王子は誰かの腕に抱え上げられ、バル・ゾラの拳は空を切っていた。

 振り返ると、静かに立つ一人の男。

 彼はそばにあったベッドにゆっくりドラコを寝かせると、いまだ息を荒くさせているバル・ゾラに向き直った。


「――君、魔王軍の幹部だね」


 穏やかな声音。

 茶色の髪に茶色の瞳、そして平均的な体格。

 一見どこにでもいるような、ありふれた見た目の、平凡な青年。

 けれどなぜだか、セラはその姿を見て、ゾッとするような恐怖を抱いていた。


「僕の生徒に、何してるの?」


 室内の空気が一変した。




=====================================

あとがき

 お待たせしました! 次話からアレン視点のお話に戻ります!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る