第1-8話(2016年4-5月)
本作品は2016年4月1日20:00に第1話が投稿されています。なお、既に某小説投稿サイトから削除されており、実際の作品を見ることは不可能です。私が保存していたデータを抜粋して掲載させていただき、この作品の内容と、その背景を考察していこうと思います。
まずは、第1話の冒頭部分を掲載します。
俺の人生は、今日終わった―
「佐藤健太様。お世話になっております、堕亜苦株式会社人事部の田中です。社内で慎重に審議を重ねた結果、佐藤様の内定を決定しましたので通知いたします。」
大学四年生が喉から手が出るほど欲しいもの。内定。
大学生が青春を生け贄にし求め狂うもの。内定。
俺が胃と金を犠牲にし、その末に勝ち得たもの。内定。
それなのに、スマートフォンの画面を見つめる俺の目は赤焦げた大地のごとく、乾ききっていた。
ブラック企業。それが、この会社を表す一言だ。
パワハラ、セクハラ当たり前。上司の命令絶対遵守。残業なんて概念は無い。定時がそもそもないのだから。休日出勤?なにその言葉。休日そもそもないのだから。
そんな狂った会社に、俺が何故入ろうと思ったか。他に入れるところが無かったからだ。
佐藤健太。齢20弱にして奴隷人生が決まった瞬間だった。
以上が冒頭の抜粋です。
主人公の名前は佐藤健太。タイトルの通り、彼がブラック企業の内定をもらうところから物語が始まります。この後も何度か執拗に、ブラック企業に対する描写があり、作者の何らかの情念が感じ取れます。
その後、主人公は息抜きに外出しますが、その道中でトラックに轢かれることになるのです。
澄みきった青い空、白い雲。そして俺のささくれだった心。
ぼんやり歩いていると、道の向こうからけたたましい音が聞こえた。トラックのブレーキ音だ。
「危ないッ!!」
誰の声か分からなかった。もう逃げる気にもなれなかった。
あ、俺の人生、本当に今日終わった。
ドガンッ!
ゆっくりと目を開ける。ここがあの世か。
天蓋がついた、ふかふかのベッド。きらきら光るレースのカーテン。あぁ、天国に行けたんだな。
「ようやく目が覚めたか、ゴブリン」
そこには、たっぷりのフリルつきのドレスを着た少女がいた。茶色の癖毛、大きな瞳。まさに絵に描いたような「お姫様」だ。
トラックに轢かれて異世界に転生する。
これは「異世界転生モノ」のお約束です。厳密に言うと、本作品は佐藤健太のまま異世界に行くことになるため、「異世界転移」と言った方が正しいかもしれません。2000年代後半より、「トラック」に「轢かれた」「異世界」に行く、という流れがテンプレートになっていきました。テンプレートがあることは、詳細な設定を読者に語る必要が無いということであり、恐らく執筆について素人である「ice-candy」氏が「トラック転生」を選択したのは当然の流れではあるでしょう。
また、先程のブラック企業の描写に比べると、事故の描写やヒロインとなる姫の描写の「薄さ」が気になります。本作品はこのような、描写毎の「濃淡」が目立っています。
そして、主人公が姫に出会ったところで第1話が終わります。
続いて第2話は、ちょうど一週間後の2016年4月8日20:00に更新されました。
「お前一体誰だよ」
俺が恐る恐る訪ねると、「お姫様」は鼻をふん、とならして答えた。
「わらわを知らんのか?まあ、ゴブリンだからしょうがないかの」
「だからゴブリンってなんだよ!」
そんな俺の言葉を無視して彼女は告げた。
「リリアーナ・フィン・ギルバーナ」
「……は?」
「ギルバーナ国の第三王女。いわゆる姫、というやつじゃ」
「……ええぇ!?」
「わらわは心が広いから、特別にリリアンと呼ぶがよい。ゴブリン」
第2話では本作品のヒロインとなる「リリアン」との出会いが描かれています。ただし、その描写は、第1話のブラック企業のディテールに比べると、やはり「薄さ」が目立つものです。リリアンの見た目については第1話で述べられた通り、茶色の癖毛と大きな瞳、のみが書かれており、タイトルの「ロリ姫様」の要素がそれほど言及されていません。
この後、健太は異世界「ギルバーナ」に転生したことを理解します。多くの「異世界転生モノ」と同様に、主人公は疑問を挟むこと無く、非常に簡潔に物語は進行していきます。
「さあ、ついてまいれ!わらわ自ら、この国を案内してくれようぞ。心の広いわらわに感謝するがよい!ゴブ…」
俺はリリアンに、じろりと視線を向けた。リリアンはコホン、と大袈裟に咳払いをして付け加えた。
「ケンタよ」
リリアンがパチンと指を鳴らすと、控えていた従者が巨大な門を開けた。そこは―
「おぉ……!!」
俺は思わず声を漏らした。そこには、俺の知ってる世界とは全くかけはなれた世界が広がっていたのだ。石畳の道を馬車が音を立てて走っている。中世ヨーロッパ、とでも言うのだろうか、牧歌的な服を身に付けた若者たちが笑いあう。そして、何より目についたのは、ゲームの世界から飛び出してきたような石造りの建物や尖った屋根の家である。小麦の焼ける匂いが鼻腔をくすぐる。パンでも焼いているのだろうか。
呆気にとられる俺を見て、リリアンは得意気に笑った。
「惚けるのも無理はないのう。こんな美しい王国他にはないじゃろう。ここが、魔法と精霊が祝福するギルバーナ王国なのじゃ!」
「異世界転生モノ」のテンプレートととして、中世欧風の世界観があります。テレビゲームの世界観、と言ってもいいかもしれません。トラックの件と言い、本作品は、テンプレートに非常に忠実に作られています。作者自体が「異世界転生モノ」が好きで、感銘を受けて執筆をしたのかもしれません。
第3話、第4話は、ちょうど一週間間隔の、2016年4月15日20:00、4月22日20:00に、それぞれ更新されています。第3話、第4話では、主人公健太の過去が、回想という形で描かれます。
子どもの頃から、俺は特別な存在ではなかった。特段かけっこが速いわけでもない、特段勉強ができるわけでもない、特段カッコいいわけでもない。それでも、あの頃は毎日が楽しかった。休み時間に鬼ごっこをさたり、放課後に公園でカードゲームをしたり。女の子と祭りにでかけることだってあった。
テストで100点を取ると、親父はビールを片手にぐしゃぐしゃと俺の頭を撫でてくれた。母親は、俺の大好きだった唐揚げを作ってくれた。平凡的だけど、幸せな生活だったと思う。
~中略~
俺の人生は高校の時に変わった。
きっかけは覚えていない。いや、俺自身、分かっていない、と言った方が正しいかもしれない。
周囲から人が消えていった。皆が俺を避けるようになった。朝登校すると、それまで賑やかだった教室での話し声がすっと静かになる。窓際の自分の席にたどり着くまでの道のりが遠い。隣の席の女子は、わざとらしく俺に背を向けて、友人たちと笑いあっていた。
弁当の時間はひどいものだった。俺の机は、離れ小島だ。俺と一緒にご飯を食べよう等という奴はいない。周りの声がぼんやり聞こえる。周囲と俺との間に薄いフィルターが貼っているようで鮮明に聞こえないのだ。
それでも、俺は不登校になったり、便所飯をしたりはしなかった。奴らは弱い存在だからだ。だから、誰かを迫害しようとするのだ。そんな弱い奴らに屈してはいけないのだ。
第3話前半は、少年時代の楽しい思い出が語られます。しかし、3話後半から4話にかけては雰囲気が変わり、高校での不遇なエピソードが展開されていくのです。構成を考えると、やや歪であると感じられます。主人公の過去の回想自体は、よくある展開ですが、そこに2話も費やすのはやりすぎな気がします。回想は話が進むわけではない、いわば「寄り道」になりやすく、冗長だと感じる読者も少なくはありません。「ice-candy」氏がそこまで思い至らなかったのか、それとも彼が何かを伝えたかったのか。その真意は分かりません。
続く第5話は二週間後の、2016年5月6日20:00に更新されました。前週の金曜日である4月29日は「昭和の日」つまり祝日です。彼がその日に投稿しなかった理由は分かりませんが、しばらく、彼は祝日を除いた毎週金曜日20:00に投稿していきます。恐らく予約投稿システムを使っており、彼のまめな性格が窺い知れます。
第5話では、ヒロインとなるリリアンの姉である第一王女と、そして2016年5月13日20:00に投稿された第6話では第二王女との出会いが描かれます。
「あらあら、あらあら」
この世界にたどり着いて一週間ほどたった頃。俺が城をぶらついていると、廊下であたふたしている女性を見つけた。年齢は20歳くらいだろうか。青いレースのドレスを身に付け、ウェーブがかったブロンドのロングヘアーがきらきらと光っている。
「どうしたんだ?」
俺が声をかけると、女性は困ったような笑顔を向けた。
「ごめんなさい、迷ってしまって……。娯楽室はどこだったかしら」
こんな大きな城だ。迷ってしまうのもしょうがない。城に招待された、どこかの貴族の娘だろうか。リリアンにつれ回されていたので、娯楽室の場所に心当たりがあった。
「よければ、案内しようか」
「いいんですか、ありがとうございます。親切なお方」
きらきらした青い目で俺を見つめる女性。どぎまぎしてしまったのは、内緒だ。
女性と連れだって歩いていると、向こうからリリアンが疾風のように駆けてきた。
「な、な、なんだよ!」
「あらあら、リリアン」
リリアンは女性の前で人差し指を向けた。
「なにやってるの、お姉さま」
「あらあら、ごめんなさいね」
お姉さま……?お姉さまって、姉ってこと?てことは、リリアンが第三王女だから、この人は……。
「ええぇーっ!!」
「どうしたのじゃケンタ。雄叫びをあげて」
「じゃあ、この人は……」
女性は、再度困ったように笑いながら、恭しくお辞儀をした。
「そういえば自己紹介がまだでしたね。第一王女プリスヴェーラ・フィン・ギルバーナと申します。プリスとお呼びください」
その完璧な所作に、つい見とれてしまう。がさつなリリアンの姉とは思えない。
「そんなことよりお姉さま!わらわ、ずっと娯楽室で待っていたのに、何をしておったのじゃ」
「ごめんなさいね。迷ってしまって。いつから娯楽室、場所が変わったのかしら」
「ずっと同じ場所じゃ!」
……変わったところもあるようだ。
「リリアーナ。また城下町をうろついているのですか。しかも、素性も知らない男と一緒に」
突き刺すような冷たい声が背後から聞こえた。リリアンは、ギクリ、と背筋を伸ばす。
「アリスお姉さま……」
アリス、と呼ばれた少女はじろりと俺を見た。年はリリアンより上だろうか。漆黒のロングヘアーが日の光で輝く。目は氷のような綺麗な青色だ。リリアンやプリスさんのように美しいドレスに身を包んでいるが、二人に比べると、研ぎ澄まされ一点の隙もない完璧さを感じさせる。
「えっと……」
俺がまごついていると、リリアンが耳元で囁いた。
「第二王女のアリスお姉さま。細かくてうるさいのじゃ」
「何をこそこそ話しているの」
その声に、俺も背筋を伸ばしてしまう。
「あなたが佐藤健太ですね。城中で噂になってます。胡散臭い男が来た、と」
「はあ……」
曖昧に返事をすると、鋭い声が飛んでくる。
「もっとしゃっきりしなさい!」
「はいっ!」
リリアンの気持ちが分かった。
「リリアーナも、あまり城下町に出るのは止めなさい。仮にも王女なのだから」
「そういうアリスお姉さまこそ。熱心に城下町に通ってるようだけど、好きな殿方でもいるんじゃ……?」
「ち、違います。私は視察よ。町の人たちの声を聞くのは王女の勤めよ。民は国の宝なのだから」
「たいそう国民が好きなのじゃのう」
「当たり前でしょう」
ニヤニヤするリリアン。それに気がつき顔を真っ赤にするアリス。
「いや、好きと言うのはそういう意味ではなくて。あの、その……」
アリスに気がつかれないように舌をだすリリアン。どうやら、厳しいけど嫌な人じゃないようだ。
たくさんの女性が、主人公を取り囲む「ハーレム展開」は、異世界転生モノのみならず、ネット小説で定番の流れです。この小説も、この時点では、そういった展開の予兆を感じさせます。ハーレムものでは5人程度、多いものでは10人ほどのヒロインが出てきます。この後も、いくつものヒロインが出てくる、と思いきや、第7話で登場するのは嫌味な男性なのです。
2016年5月20日20:00の第7話から抜粋します。
「リリアーナ王女。失礼ながら進言申し上げますが、何を考えておられるのですか」
俺は、この世界に来てから最大のピンチに直面していた。執務室で、今俺が対峙している一人の男。小太りで、立派な口ヒゲを携え、嫌味たらしい笑顔を浮かべる、この中年の名前は「セバスチャン・ディル・ラルフ」。この国の執事長、らしい。
「なんじゃラルフ!わらわの客人に文句があるのか
?」
「滅相もない。ただ二週間も、素性も分からぬ男が我が物顔で城を闊歩する状況はいかがなものか、と言いたいのです」
「ケンタは異世界から来たのじゃ。他にすむ場所など無い。迷える民を救うのも王族の役目じゃろう」
ラルフは、俺を上から下まで値踏みするように見て、鼻で笑った。まるで、ゴミを見るかのような視線に、俺は拳を握る。
「なるほど。しかし、異世界から来たのが本当なら、この男は我が国の民では無い、ということですね」
「そんなの……!」
「それに、異世界から来た、というのも疑わしい。そんな魔法聞いたことがありません。城に紛れ込むための口実で、逆賊という可能性もある」
リリアンはラルフを睨み付けた。反論できない、と感じたのだろう、ラルフは勝ち誇った笑みを見せた。
「それに、ケンタ、とか言う男。見たところ、マナーや一般常識に欠けているように思えます。リリアン王女の回りをうろちょろしていると、貴方の品位を下げることにもなる」
俺は、何も言い返せない自分が悔しかった。そんなことはブラック企業から内定をもらっただけの大学生上がりに分かるわけが無い。
「とにかく、関係の無い部外者に、城をうろつかれると迷惑です。ただ、私も鬼ではない。温情で、あと二日はいさせてあげましょう。その後は、すぐにでも出ていきなさい。分かりましたね」
俺は、ただ、そこに突っ立っていることしかできなかった。何度も味わった、あのひどい無力感を抱いていた。
執事長の登場により、主人公ケンタは窮地に立たされます。人気のあるネット小説の多くの特徴は、スピード感あふれる展開です。空き時間にパッと見る、というスマートフォンならではの特性も影響しているかもしれません。「回想」についてでも、少し触れましたが、ネット小説では、冗長な回想や、まどろっこしい主人公の葛藤は避け、短いエピソードをつなぎ合わせ、読者に飽きを感じさせない手腕が問われます。「iice-candy」氏は、「異世界転生モノ」の作品に触れてきた可能性が高い。テンプレを踏襲しつつも、展開のスピード感では逆行している。この意図は、何なのでしょうか。
ちなみにケンタの抱える問題は、次の第8話で解決されます。2016年5月27日20:00更新です。
リリアンと俺の間に重苦しい空気が流れる。そんな俺たちの横でプリスは困ったように笑い、アリスはため息をつく。
「あらあら、元気を出して。二人とも」
プリスは優しく俺とリリアンの頭を撫でてくれた。その優しさが、今は何故か辛かった。
「まあ、執事長の考えは同意できますが」
アリスの言葉に、俺とリリアンは更に肩を落とす。その様子に、アリスはコホン、と咳払いをして続けた。
「ま、まあ、乱暴ではありますね。……簡単にその問題が解決できる方法がありますよ」
俺とリリアンは同時に顔を上げる。そんな方法があるのか?アリスは珍しく、悪戯な笑みを浮かべた。
「部外者、で無ければいいのですよね?」
「――聞け!わらわは、この男を執事として迎え入れることにした!」
執務室。数人の執事の視線が声の主に向けられる。視線の先には、リリアンと俺、そしてラルフがいた。
「……何を言ってるのですかな」
「わらわ自身の執事の任命権は、わらわにある。それとも、その任命権に対して、異議があると言うのか?」
アリスの受け売りだ。きっと執事長を睨み付けるリリアン。その気迫に、ラルフが一瞬たじろいだ。
「これでケンタは、わらわな執事じゃ。無関係な部外者、ではないのう」
彼女が話すたびに、その瞳に強い光が宿っていく。いつもの強引な彼女とは違う、王女としての気品がそかにあった。
「……しかし、素性が分からないこと、一般常識やマナーに欠けることな変わりはない。そんな男を執事になど」
「素性などどうでもいい。一般常識やマナーはこれから覚えていけば良い。それでも、ケンタを排除したいというなら、わらわは城を出よう。王位継承は、お姉さまたちがいるから問題なかろう」
打ち合わせとは違う。俺は驚いて彼女を見た。その視線はぶれること無く、ラルフをとらえていた。ラルフは俺以上に驚いていた。彼女の覚悟に、ラルフの心が折れていくのが分かった。
「め、滅相もありません。王女が選んだなら、私に言えることなどございません」
ラルフは深々と頭を下げると、一瞬俺を睨み付け、そのまま逃げるように執務室を後にした。
静まり返る執務室。しばらくして、リリアンがその場にへたりこんだ。
「き、緊張した……。腰が抜けた……」
どうやら、相当気を張っていたようだ。俺はフッと笑うと、彼女の脇に首を入れて、その体を支えた。
「ケンタ」
「ありがとう、リリアン」
そんな俺の横顔を見て、彼女は悪戯に笑う。
「早速、執事としての自覚が芽生えたようじゃのう」
これは、ブラック企業に内定の俺がロリ姫様の執事となった物語だ。
以上が、2016年4月-5月にかけて投稿された第1話から第8話です。次回は第9話以降を取り上げます。
作者の「iice-candy」氏へ。もし、これを読んでいたら連絡をいただけませんか。あなたに確認したいことがあります。
「ブラック企業内定の俺がロリ姫様の執事に ~いったい俺がなにをした!?~」 Tamakuro @tamakulo
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