最終話 旅立ち
その日、町はお祭りのような喧騒に包まれていた。
勇者パーティーが、ついに魔王討伐の旅に出るのだ。
「じいさん! だからその瓶は置いてけって!」
「なにをおっしゃるライナ殿! 梅干しは旅の必需品ですぞ!」
「必需品にしては瓶がでかすぎる! 馬車が傾いてるぞ!」
荷車の前で子供のようなやり取りをしているのは剣士とサコン。
八十八歳にして仲間入りしたおじいちゃん、旅支度というより、
もはや引っ越しの様相を呈していた。
「ほれ。これがないと夜に関節が冷えますしな」
「布団! 分厚っ!」
「こっちは、先日師匠からもらった健康茶で――」
パーティー全員が押し黙る――そして「……えっ?」
「じいさん、今聞き捨てならん一言が聞こえたんだが……師匠って?」
「ふふ。先日もコテンパンにやられたところです。『まだまだ若い者には負けられんと』仰って」
「上には上が……いすぎだろっ!」ライナの一言に皆笑うのであった。
やがて、町の大門前に人々が集まり始めた。
「勇者さまー!」
「剣士さまー!魔法使いさまー!僧侶さまー!」
「じいさーん! 腰に気をつけろー!」
「じいさーん、帰ってきたらうちの孫に稽古つけてくれー!」
「もう一回寝かしつけてくれー!」
妙な声援も混じっている気がしたが、それにしてもサコンに向けられる言葉が多い。
「……ライナ。一応、私がリーダーだったよな?」
「じいさん、キャラが立ってるからな」
「主役は皆じゃ!」とサコンが笑って勇者の肩を叩く。
「痛っ……サコン殿の平手で肩甲骨が……伝説の鎧も突き抜け――」
その時、鐘が鳴り響き、城門が開き始めた。
朝の光が差し込み、まだ見ぬ大地が広がっていく。
聖剣を掲げ、勇者は声を上げる。
「必ず魔王を倒し、平和を取り戻す!」
サコンも拳を高く掲げる。
「八十八年の拳、すべて仲間のために振るおう!」
群衆から歓声が沸き起こり、涙ぐむ者もいる。
その瞬間、サコンの腰から「ぐきっ」と音がした。
「……む?」
――――それでも、一行は前へ進む。
魔法使いが杖を振り、僧侶は祈りを捧げ、
剣士は……ぶっきらぼう。勇者は剣を掲げ――
そしてサコンは拳を握りしめた。
「皆の者、参りましょう!」
朝日を浴びながら踏み出した一歩は、驚くほど力強かった。
孤独に突きを続けた日々。
折れそうになった心。
その全てが仲間と結ばれ、いま確かに意味を持った。
涙ぐむ群衆を背に、仲間たちの笑い声を受けて、サコンは確信する。
――「人は何歳になっても、新たな旅を始められるのだ」と。
遅咲きすぎる武神は勇者パーティーに入りたい! 茶電子素 @unitarte
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