第2話 お礼は体で!?
「じゃあな、敷浪! もう授業中にオホ声聴くのやめとけよ~w」
「あんまり野太いの聴いてると、本番で物足りなくなっちゃうからな~w」
「って言ってもお前は童貞だけどなw」
「うるせぇよ! んじゃ、また明日な、敷浪~w」
「女子たちのことは気にすんなw 俺たちはお前の味方だからwww」
「おっほぉw ってなw っははははwww」
放課後。
体の芯から疲れ切っていた俺は、浮かべたくもない苦笑いを顔に貼り付け、帰って行くクラスメイトの男子に軽く手を振る。
連中の姿が見えなくなったところで、ガックリと肩を落としてため息をついた。
反射的にとった俺の行動。
それはまあまあ、いや、結構ヤバかったことみたいだ。
「……はぁ。まあ、そりゃそうだよな。授業中にどぎついエロ音声聴いてました、なんて堂々と宣言したら女子にはキモがられるよ……あぁぁ……」
二度、三度とため息を繰り返す。
別に見返りを求めているわけでもないけど、助けたはずの桃木さんは俺に感謝の言葉を一つもくれずに先へ帰った。
ポツリと一人で残されている放課後の教室。
そこから廊下に出てすぐのところにある、カバンを入れるための個人ロッカーに彼女の私物は一切入ってなかった。間違いなく帰ったということだ。彼女、部活も確か入ってなかったし。
「うぅぅ……心折れそう。好きだった女の子を助けたのに、その子からは何も言われず、クラスメイトの女子たちからはゴミのような目で見られる始末……」
絶望である。
元々目立たない存在だから、俺はいつでも無機質な視線を向けられがちだったが、授業中の大報告をした直後の休憩時間では、見事に冷ややかな視線を浴びまくった。
もう、本当に心がえぐられるような、そんな思いにさせられる。
無理があるだろうけど、もう少しだけ情けをかけてはくれませんか、と。そう懇願したくなった。
ただ、そんな俺の願いは受け入れられるはずもなく、苦しい状況に耐えるしかない。
こういう時、桃木さんが「ありがとう、大好き敷浪君♡ チュッ♡」とか言ってくれたら(キスしてくれながら)、どんな辛いことでも俺は耐えられるのに。
ご褒美が無い、ただの拷問を受けているようだ。キツイ。苦しい。
けどまあ、桃木さんの学校生活が終了しなかっただけ良しとしよう。
好きな人が大変な目に遭うとか、そんなの嫌だし。
「……でも……桃木さんはどうしてあんな音声聴いてたんだろうな……」
しかも、授業中に。
あんなゴリゴリのエロ音声、自分の家でも聴く場所やタイミングを選ばないといけない。
いやらしい気分になって仕方ないから、っていうのも…………どうなんだろ。あるのかな……?
あるんだったら、それはそれで……。
「い、いやいやいや! そんなこと……! す、好きな人でそういう妄想は良くない! うん! 本人にちゃんと聞いたわけでもないのに!」
独り言を呟きながら手を横に振る俺。
その光景は、きっと傍から見たら絶対に気持ち悪い。
教室でいったい何をやってるのか。
クラスメイトの女子がいたらまた悪い噂として広まりそうだ。
「……けど、聴いてた音声のタイトルとか……正直気になるな……。どういう系統の……え、え、エロボイス……だったんだろ……?」
考え始めたら聞きたくなることが多すぎる。
でも、今の俺はクラス内の地位も底辺まで落ちたし、うかつに桃木さんへ近付けない。
話し掛けるのだって、何も無かった今まででも無理だったのに、そんなことが急にできるわけない。
『なぜか唐突に自分のことを庇って来たキモ男がこのタイミングを好機と見て絡んできた件www』
なんて風に嘲笑われそうだ。
そうなると、本格的にメンタルがもたない。俺は明日から不登校確定だ。
「……はぁ。俺がもっとコミュ強で、女の子にもガンガン話し掛けられるすごい奴だったらなぁ……」
何気なく。
本当に何気なく、そう呟いた刹那だ。
「――し、敷浪君は……い、今でも充分すごい人……だよ?」
後ろで声がした。
それは、さっき聴いていたクラスメイトの男子たちの声よりも高くて、か細くて。
けれど、俺がずっと聞きたかった女の子の声で。
体中の細胞が一気に活性化して、反射的に声のした方へ視線をやる。
「……あ……!」
そこにいたのは、桃木さんだった。
たった一人、顔を真っ赤にして、口元をハンカチで隠してる桃木さん。
夢か何かかと思った。
気付かないうちに、願望と現実が曖昧になったのか、と。
俺は自分の頬をつねった。
「……い、痛い……」
瞬間的に体が熱くなる。
冷や汗が浮かんで、情けなくアワアワしていた。
ただ、それは桃木さんも同じだ。
彼女も彼女で、不意に俺へ声を掛けてきてくれたのに挙動不審になってる。
俺たちは対面して、なお陰キャラコミュ障を爆発させていた。勘弁して欲しい。
「もっ、もっ、もっ、ももっ、桃木……さんっ……!?」
「しっ、しっ、しっ、ししっ、敷浪……くんっ……!」
いや待て。
なんでそこで桃木さんも声を震わせて驚いている風なんだ。
声を掛けて来てくれたのはそちら側の方なんだけど……。
「す、すいませんでしたぁぁぁぁぁ!」
が、俺はもう、速攻で謝罪。
色々違和感を抱きつつも、とにかく昼間のことを謝りたくて先手を取った。
「ごめん! なんか俺のせいで色々事が大きくなってしまって! ……でも、あの場で状況を収めるには誰かが動くしかないと思ったから。俺は……つい……あんな風に出しゃばった真似を……」
「救世主様ぁぁぁぁぁぁ!」
「――!?」
思わず目を見開き、俺は体をビクつかせてしまった。
理由は単純だ。
「救世主様! 救世主様なんです! 敷浪君は救世主様!」
救世主、と連呼しながら、桃木さんが思い切り俺に抱き着いてくるから。
好きな女の子に抱き着かれるとか意識が飛びそうなほどに嬉しいし、それに……。
「……い、いい匂いがする……」
「へ……!?」
思ったことがつい口から出てしまっていた。
俺のとろけたような言い方、そしてセリフを受けて、桃木さんは感激したような感じだったのに、一瞬で静かになってしまった。
「あっ……! おっ……!? い、いやっ……! え、えとっ、そ、そのっ……!」
違う。
そう言いたいのに、動揺でその言葉がちゃんと出ない。
が、とにかく首だけは横に振った。
首を横に振って発言を否定。
でも、桃木さんの反応はこれまた俺の想定の斜め上を行ってしまっていて。
「……私……大丈夫」
「……え?」
「救世主様の敷浪君になら……何されても大丈夫」
「……へ? はい?」
「匂い……嗅いじゃう?」
上目遣いで、桃木さんは自分の持っていたハンカチを献上するように言ってくる。
疑問符の止まらなかった俺は、そんな彼女を前にして完全に頭がフリーズ。
突然桃木さんが現れて、声を掛けて来てくれたのも訳がわからなかったが、救世主呼びされて、こうして抱き着かれているのも謎。
「……ハンカチの次は……私の体でも……いいよ?」
「……あ゛……」
「放課後で……他に誰もいないから……」
ラブコメの世界みたいな高校生活。
そんなものに憧れつつ、それは絶対に無いと考えていた。
でも、現実は違った。
「ん……。来て……? 救世主様ぁ……♡」
夢にまで見た桃木さんが、こんな至近距離で俺のことを誘ってくれる。
これが現実の高校生活だったのだ。
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