千一夜のはじまり
都築慎作はとある雪国に産まれた。
その土地の冬はどこもかしこも分厚く重たい雪に封じられ、地下に歓楽街を築いていた。
俺は幼少期そこをフラフラ歩いて暮らしていて、正直あんまり陽の光の記憶が無い。覚えているのはママの白魚のような美しい手の重みと、湿度。
都築慎作の初めての物語は、初めての舞台は、ママの前。ママは寂しがり屋。サクちゃん、サクちゃんは、ママの味方だよね。それが口癖。
サクちゃんはどうしたって人を不快にさせてしまう子供だった。ちょこまかぎゃあぎゃあやかましいし、うるさい咳をする子供だった。パパはサクちゃんの事が心底疎ましくて、不愉快な時はいつも大きく咳払いをした。彼は、たぶんあの時は一生懸命だったんだけど、よく分かってなかったんだよな。もうその時から、ほんとは、自分がどうしたかったのか分かってなかった。
都築慎作の最初の役は、ママの小さな彼氏。
俺の不幸なところは、それが最高に楽しかった瞬間があったことだ。自分の語りでなにそれ、ってママが笑ってくれたら、超最高。ママに寄り添って、“密着”して、ママの寂しさが和らいだら、俺様天才。あのねぇ、楽しかったの。その時は。自分に才能があることを誇ったよ。
でもねぇ、ガタが来るんだよな。
中坊ぐらいの時、もうホントマジで離婚かもみたいになって、サクちゃんがどうこうできる限界ってとっくに超えちゃってて、俺って役立たずになってしまった。パパとママどっちについて行くか聞かれて、選べなかったんだよね。俺ってこの頃から選べなかったのか。なるほどね、わはは。
「それってお父さんとお母さんの都合に慎作さんが巻き込まれてないですか?」
まあ聞いてよ。サクちゃんはこの後ちゃんと救われるんだ。誰に?どこに?
インターネットさ!
俺は自分が役に立たないと察してからはとにかく引きこもった。真っ暗なお部屋の中でパソコンやってた。ボクちゃん、釣りって分かるか?
「嘘の話をして、人を一喜一憂させる?」
大正解。俺はね、オカ板……オカルト掲示板の釣りにめちゃくちゃハマって、そんで、マジで釣れたの。俺が立てたスレッドは連日大賑わい!文才あるねって褒められた。ちょっとうpしてみたら声も褒められた。俺はさ、気持ちよかった。俺がサクちゃんじゃなくてもさ、お話だけに皆が熱狂するのが、気持ちよかったんだ。マス掻くよりよっぽど。いつの間にか俺は配信者になってた。ツラもなにもかも褒められた。真っ暗な子ども部屋でボソボソろくな機材も無しに喋ってんの、あの頃はあの頃で趣があったよなあ。
そう。俺はね、気付いたら「怪談師サク」になってた。
自分でなろうって決めたんじゃないんだ。
これで食っていこうって決めたんじゃないんだ。
悲しいことにそれしかなかったんだ、あの頃の慎作くんには。
「すみません、学校、とかは……?」
もー全然行ってなかった!なんとなぁくママの言う通りの高校入るまでは頑張ってたんだけど、入っただけでもういいやってなっちゃった。不真面目な不良生徒だった。
俺ね、「怪談師サク」になってグレたのよ。
で、今みたいになっちゃった。高校も卒業しないうちにママ見捨てて実家飛び出して上京しちゃって、実家とはもうそれっきり。
だからねえ、呪われてんだろね。
なにもかも。どこで道を踏み外したかわかんないけど、ちょっとずつちょっとずつブレてブレて、ここにいる。慧介、きみが絶対に外さないような二択を外しに外しまくると、こうなる。
ってワケだ。慎作さんのラブ♡のお話はまた今度な。今度はとびきり激しくて、そんで、馬鹿馬鹿しい話をしたげる。
よし、これでいいか。ねぇ、これでいい?慧介。もう今日は眠れそう?
「眠れないかも」
そっかぁ。そりゃごめんね、つまんなかった?
「ううん。考えてる。俺がどこかで慎作さんと友達になってたら、いくらか今が良くなったのかなって」
……慧介くん、おまえねぇ。
過ぎた時は戻らない。割れた器は戻らない。
たぶん、学校におまえが居たとしても、俺ァ仲良くなんなかったし、おまえの言うことなんか聞かなかったと思うよ。
おまえはね、俺とは違う世界にいるよ。
ほんとはさ、出会うはずなかったんだ。一生。
「でも出会っちゃったから、俺は、考えてるよ」
そっか。出会っちゃって、ごめんね。
「ううん、あの日、あなたを素通りしないで、拾ったのは俺だから。責任がある。あんたに手出した責任」
全く馬鹿だねぇ。お人好しだこと。いつかそれ、おまえの身を滅ぼすよ。
「まだ、滅んでないから」
そっか。じゃあ、滅ばないようにいい子はよーくお眠り。
そして、ちゃんと、明日目を覚ましなさい。
おやすみ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます