第一夜 前編
夏の初めのことでした。今年はもう皐月の頃には暑かったものですから、夏が始まったのか地球が狂ったのか、あたくしにゃ分からないままに夏が始まっておりました。
それは薄曇りの日でした。月は隙間からこちらを見ていました。もっと堂々と見なよ!このオレ様の姿をさ。見なよ、隅から隅まで、この生っ白いお肌にドカーン!と花火みたいに咲いてる、青アザ内出血の殴打痕たちを。ああ、くさい。くさいったらありゃしねぇ。明日は月曜、可燃ゴミの日だそうだ。ああ生ゴミとかそういうのの匂いですか。
あたくしは捨てられました。
愛していました。
レンという男でした。彼は強かった。なにもかも。心強かったし、その拳も酷く強くて、そして痛かった。分かっちゃあいるんですのよ、あたくしのせいです。僕はね、今日またやらかしたんだ。それもとんだ大やらかしだぜ。レンに許可を取らないで外出しちゃった。それを指摘された時、大事なグラスも割っちゃった。
ああ、あたくしのせいです。なんでそんなこと、なんで、なんでだっけ。
まあいいや、捨てられたんですわ。もうホントついてないぜ!せめて段ボールゴミの日ならよかったのに。
正直あんまり傷ついてないんですよ。まあこうなるだろうなって感じ。そういう人生を送ってきたものだから、当然の帰結でしょう。昨日セックスしておけば良かったかしら。レン、わりと夜の方は良い男でした。オレが乞えば首も絞めてくれましたからね。あのチンポが名残惜しいの。
あーそうだ捨てられたんだ。これからどうすっぺ。もうなんかどうでもいいんだよなぁ。彼氏も彼女も、なんかもう要らなくなっちゃった。どうせこうなるんだって、分かっちゃいました。私。あはは。ゴミ捨て場実は二回目なの。ゴミなんだよな。もういらないの。
酔いが覚めたらレンは迎えに来んのかな。どうせ来ないか。ゴミを捨てただけです。おしまい。あーあ。あーあ。あ〜〜〜あ。
もう、一眠りするか。どうにもならん。俺のちいせぇ脳みそがこの一晩で人生の答えなんて出せるわけない。スマホはある、財布も……ある。ならいいだろ。
月を無視して目を瞑る。目が覚めなくてもそれはそれでいいと思う。
「ちょっと……ちょっと。お兄さん、あの。だいじょぶ、すか」
突然思い切り揺さぶられて、俺は吐いた。
「うわー!ああ……もう……酔っ払いですか。帰ったほうがいいすよ、今夜もだいぶ蒸しますし!ねえ!」
「う……ぐ……んん~……」
「んん~じゃなくって!」
「……ボク、おさけくさいねぇ」
俺は揺れる視界にチャラついたガキを捉えた。うっと息が詰まるほど酒臭い。自分の呼気だけではない、明らかに目の前の男もべろべろのずるずるに飲んだ気配がする。
「う、うるさいな。帰んなよ、おにーさん。ここゴミ捨て場っすよ、七月すよ」
そこでようやっと、は、と目が覚める。ゴミ捨て場。痛む身体、しくしく泣き叫ぶ心、口の中の血の味。じっとり湿った真夜中。あ、そうだ。おれって。
「あのねぇ、ボク。オレねぇ、帰るとこないのよ……ゴミだから。ここがオレの居場所なの、ほっといて!わかるかい!すてられたの!ゲロもでたし!」
そっぽを向いて叫ぶと、青年は大きく、大きくため息をついた。あ、飲んだのビールじゃない。かわいいかわいいお酒のにおいしかしない。
「……ここがおまえの居場所なわけ、あるかよ。ここねぇ、俺んちのゴミ捨て場!あ~……も~~!チクショウ、ああ…………おにーさん、ウチ来ますか。言っとくけど風呂ないよ。シャワーだけ。ついでに言うと……事故物件!どうします、選んで。ウチくるか、ここ以外で野垂れ死ぬか!」
目をこすった。かすかすのセルフブリーチの金髪、開けたてのピアスに芋くさい顔。酔っ払ってて、赤くて、泣いた後の、涙の痕。
ひとりにしないで。
そう思ってるのは、自分なのか目の前のガキなのかわからなくなった。
「……いいぜ、つれてってよぉ、事故物件。オレ様はねぇ、怪談師のサクってんだ」
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