第51話 分担作業

 翌朝、ルーナたちは造船所で受け取った羊皮紙を囲むように、宿の大テーブルに座っていた。


「改めて見ると……やっぱりすごい量ね」

「必要最低限のものしか書かれていないはずですが、それでもこの量でございますからね」


 ルーナが羊皮紙の文字を目で追うと――

 ロープ、樽、油、かじ取り用の旗、食糧保存用の塩、航海灯、釘、パッチ材、漂白剤、清潔布……細かい小道具が延々と綴られている。


「よーし、それじゃ役割分担するのさ!」

 と、エルザが勢いよく立ち上がった。


「あたしは港の外市場で買える道具を調達してくるのさ! 商会とか倉庫とかに顔が利くからな!」

「ミスがあってはいけませんので、必要な品目リストはわたくしが一緒に管理いたします」

「サンキューなのさ!」


 ナミが表を手早く作り、エルザへ渡す。


「お嬢様とティノ様は、船に積む自作物を。当面はロープ・布・油塗り加工品を優先いたしましょう」

「了解だわ! ティノくん、今日は工房街へ行きましょう!」

「うん、がんばる!」


 ティノが腕をグッと構えてやる気満々なのを見届けてから、ルーナはアルスに頼む。


「アルスは……お願いがあるの」

『なぁに、ルーナ?』

「船に使う油の材料になる海藻を集めてきてほしいの。濃いやつじゃないとダメなんだけど、あなたなら潮の流れが分かるでしょ?」

『任せて! ぼくがいっぱい集めてくる!』


 こうして四人と一頭は、それぞれの持ち味を生かし、ばらばらに動き出した。



 エルザとナミは外市場へ向かっていた。


 威勢のいい競り声、香草の匂い、鳥や魚の並ぶ屋台――港町の熱気は冬でも衰えない。


「ほい来た! この倉庫の兄ちゃんとは顔なじみなのさ!」

「こういう場面では本領発揮ですね、エルザ様」


 一軒目の商会ではロープを破格で確保。

 二軒目の倉庫では船釘を大量に譲ってもらう。


「逃がしゃしないのさ~!」

「まだ回りますよ、エルザ様。あと六軒残っています」

「よぉーし、ぜんぶ攻略してやるのさ!」


 ナミの冷静な管理能力と、エルザの突破力は抜群に噛み合っていた。



 一方そのころ、工房街では――布と素材を抱えたティノが、作業台に向かっていた。


「ティノくん、手を怪我しないようにね」

「だ、大丈夫! 布の切り出しは任せて……!」


 ティノは器用にロープの端を編み込み、裂け防止の処理を施していく。

 水辺で道具を扱ってきたカワウソ族としての特性が、こういう細かい作業にも活きていた。


「すごいわ、ティノくん! ほら見て、わたしのより全然きれい!」

「う、うそっ!? ルーナさんのもすごく綺麗だよ!?」


 たどたどしい褒め合いに笑いがこぼれる。

 この二ヶ月で、ティノはすっかり仲間と笑い合うことを覚えたのだ。


「じゃあ、オレは次ロープの補強やる!」

「わたしは樽の油の仮詰めね。終わったらナミに量を確認してもらうわ」


 互いに役割を確認し合いながら手を動かす。

 船が完成へ近づくのと同時に――この関係も確かに形になっていく。



 その頃アルスは――冬の海を悠々と泳ぎ、海藻の群れを探していた。


『ルーナが喜ぶの、いっぱい持って帰りたい!』


 潮の流れを読んで、冷たい流れの先を追う。

 荒い波が来ても、アルスは構わず進んだ。


 やがて――海底の岩場に濃い深緑の海藻が揺れているのを見つける。


『あった! ぼく、がんばる!』


 巨大な尾で海水を巻き込み、海藻を根元ごと剥がしてまとめて運ぶ。

 身体が冷えても、凍えるほど寒くても、アルスの胸には仲間のための熱が宿っていた。



 午後――全員が戻ると、宿の食堂には調達品の山ができあがっていた。


「すごいじゃないエルザ! ほとんど揃ってるじゃない!」

「ふっふっふ、探検少女エルザをなめてもらっちゃ困るのさ!」


「ティノ様の補強ロープも見事でございます。工房の職人顔負けですね」

「あ、ありがとう……!」


『見て見て! ルーナ! 海藻いっぱい取ってきた!』

「ほんとにすごい! アルス、よしよ~し!」


 ルーナがぎゅっと抱きしめると、アルスは身体をくねらせて喜んだ。


 するとナミが、資料の束を持ってテーブルへ戻ってくる。


「皆さま、今日一日の成果を記録にまとめました」

「ナミは本当にすごいわ。誰一人欠けても今日の成果は得られなかったもの」


 ルーナは仲間全員の顔を順に見つめた。

 ティノは作業台でうつむきながら嬉しそうに笑い、エルザは鼻を高くして腕を組み、アルスは自慢げに胸を張った。

 そしてナミは控えめに会釈しながら微笑む。


「わたしたち……ちゃんとチームになっているわね」


 ルーナのその一言は、全員の胸へ静かに染み込んだ。




 その夜。宿には暖炉の灯が揺れていた。


 ルーナは窓辺に立ち、手袋を外してガラスへ触れる。

 外では粉雪が舞っていた。


(旅に出た理由は――アルスが自由でいられる場所を探すためだった。……でも今は、それだけじゃない)


 胸があたたかくなる。


(仲間と一緒だから、世界を見に行きたいんだ……)


 ふいに背後から声がした。


「ルーナさん……今日は、本当にありがとう。オレ、役に立てたのかな」

「もちろんよ。ティノくんが頑張ってくれたおかげだもの」


 ティノの尻尾が嬉しそうに揺れ、照れ笑いが浮かぶ。


「エルザのおかげで買い物ができて、アルスのおかげで素材が揃って、ナミのおかげで管理が完璧で……」

「ルーナさんのおかげで、みんなが一緒にいられてるんだよ」


 その言葉に、ルーナは胸がチクリと熱くなり、そっと目を伏せた。


「……ありがとう。すごく、嬉しいわ」


 視線を上げると、窓の外では雪がさらに強くなっていた。

 港の灯が雪の帳の向こうで揺れる。


 ――出航のときは、確実に近づいている。


 それでも、焦りはない。

 それぞれの役割を、それぞれが果たせているから。


「行きましょう、ティノくん。セレーネブルーへ。みんなで」

「……ああ!」


 静かで、確かな熱が――四人一頭の胸に灯り続けていた。

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