第14話 水の魔法
アルスの背に揺られて進む道すがら、ふとルーナがナミに尋ねる。
「ねえナミ、わたしって本当に魔法が使えるのかしら?」
「お嬢様には水との親和性がございます。訓練すれば必ず開花いたしましょう」
「でも今までちゃんと使えたことがなくて……」
「魔法は理屈よりも心です。お嬢様が『誰かを喜ばせたい』と強く願ったとき、その力は自然と形になるでしょう」
ルーナはその言葉を胸に刻むが、まだ半信半疑のままアルスの背に揺られていた。
しばらく進むとルーナたちの前に小さな村が見えてきた。
「あそこが目的の村ね」
「ええ。確かモーラ村だと聞いております」
「そろそろ着きますよ!」
のんびりしたやり取りのまま村へ足を踏み入れると、すぐに石垣の陰から子供たちの視線が集まった。
「わぁ……でっかい……!」
「こわいよぉ……!」
母親の裾にしがみつきながら覗き込む子、勇気を出して石垣の上に身を乗り出す子――その目は恐怖と好奇心の入り混じった輝きでいっぱいだった。
ルーナが優しく手を振ってみせると、数人の子供たちが堪えきれず飛び出してくる。
「おねえさんがのってる!」
「すげぇ~!」
あっという間にアルスは子供たちの輪に取り囲まれた。
『えへっ、ぼくここでも人気者だね』
アルスは上機嫌だが、これでは前に進めない。
ルーナとナミがアルスから下りて、柔らかい声で人垣をほどいていく。
「ほら、危ないからあんまり近づかないでね」
「アルス様が通りますよ」
母親たちが慌てて子供を抱き寄せた頃、今度は村の男たちが武器を手に駆けつけてきた。
「なんだありゃ……魔物か!?」
「村が襲われるぞ!」
その声に場が一気に緊張したが、女たちが慌てて制止する。
「待って! ほら、背中にお嬢さんが乗ってるじゃない!」
「それに……見なさいよ、暴れてもいないわ」
「……ふむ、確かに」
男たちは互いに顔を見合わせ、警戒を解くように武器を下ろした。
そのとき、ゆっくりと杖をついた腰の曲がった老婆が人垣を分けて現れた。
「おやおや、珍しいお客人だねぇ……」
「長老様! この者たちを村に入れてよいのですか!?」
「構わんさ。――おまえさんたち、冒険者だろう?」
飄々とした笑みを浮かべる長老の眼差しは、まるで見透かすように鋭い。
ルーナはその視線に、背筋がぴんと伸びるのを感じた。
「はい! わたしたち、ギルドの依頼で参りました!」
「依頼……ああ、例の件だね。――それならこちらへおいで。詳しい話をしようじゃないか」
村の長老に連れられて、ルーナたちは質素ながら手入れの行き届いた木造の家の前にやって来た。
「ささ、冒険者の皆さん、こちらへどうぞ」
促されて家に入ろうとするが、アルスだけは巨体が入りそうにない。
「アルスは外で待っててね」
『むぅ……わかった……』
不満げにひれを揺らすアルスを、長老はちらと目にして頷いた。
「賢そうな従魔……いや、家族のようだねぇ。心配するでない、ここは平和な村だよ」
むくれるアルスの気持ちを少し和らげるような言葉をかけてから、長老は家の中へ案内した。
中で一同が腰を落ち着けると、まずはルーナたちが順に自己紹介を済ませる。
「フローラの町からわざわざ……ありがたいことだ」
「いえいえ! それがウチらの仕事ですから!」
拳を握るニッケの元気な声に、長老は皺だらけの顔をほころばせる。
「はは、頼もしい娘さんだ。……それで今回の依頼だがね」
途端に神妙な顔つきへ戻り、長老は語り始めた。
「このモーラ村では麦の収穫が近い。だがそれを狙って、このところ鬼ネズミが群れで畑を荒らすのだ」
「なんと……」
とナミが表情を引き締める。
ベルは小さくうなずき、真剣な目を向けた。
「被害が続けば村の冬越しにも響きますね」
そんな事情を聞き、ニッケとベルはすぐさま立ち上がった。
「それならお安いご用です!」
「私たちに任せてください!」
その勢いに長老も朗らかに笑う。
「心強いことだ。鬼ネズミは夕暮れ時に現れる。それまでは村でゆっくりしておくれ」
「「はいっ!」」
「ええ、承知しました」
ルーナも力強くうなずいた。
こうして依頼を正式に受けた一行は、鬼ネズミが動き出すという夕暮れまで、村で待機することになった。
しかし今はまだ昼間で、夕暮れまでは時間がある。
「夕暮れまでどう過ごそうかしら……?」
そんなことを考えながら長老の家を出たルーナは、外で待っていたアルスと合流した。
『ルーナ~!!』
ルーナを見るなり、アルスは大きな顔を彼女の胸元に擦り寄せてくる。
「お待たせ、アルス。……それにしてもずいぶん子供たちがいるわね」
好奇心いっぱいの村の子供たちが、アルスの周りをぐるりと囲んでいる。
そんな子供たちを見て、ルーナの心に灯がともる。
「ねえアルス、ちょっとみんなに見せてあげましょう?」
『うん! ルーナと一緒ならなんでもやるよ!』
ルーナは小さな子供たちの輪を見渡し、胸の奥から湧き上がる思いを強く抱いた。
――この子たちに、アルスの素晴らしさを知ってほしい。喜んでほしい。
その願いと共に両手を胸元で組むと、不思議な冷たさが指先を包んだ。
ぽたり、ぽたり……集まったしずくが丸くなり、透き通った水の球となって浮かび上がる。
「わぁ……!」
「みず……? 魔法だ!」
子供たちが目を丸くして歓声を上げる。
ルーナ自身も驚きに息をのむ。
――これが、自分の初めての魔法。名付けるならアクア・ボールといったところか。
「アルス!」
『まかせて!』
笛の合図と同時に、アルスが胸びれで水球をやさしく弾いた。
ふわりと宙に浮かぶ水の球は虹色にきらめきながら、子供たちの頭上を転がる。
触れた子供の小さな手に、ひんやりとしたしぶきがはじけ、笑い声が広がった。
「つめたーい!」
「虹が見えるよ!」
水球は次々と弾んで、遊ぶ子供たちを包み込む。
「僕もやってみたい!」
「もっと高く投げて!」
はしゃぐ子供たちを前にルーナは胸いっぱいに幸せを感じながら、さらに水球をいくつも作り出していく。
「それじゃあ最後に――!」
ルーナが胸元の笛を軽く吹くと、アルスが勢いよく跳び上がり、大きな体でくるりと宙返り。
その瞬間、水の球がぱあっとはじけて光の粒が降り注ぎ、子供たちは歓声をあげて跳ね回った。
「すごいー!」
「もう一回! もう一回!」
広場はすっかり笑顔と拍手に包まれ、村の大人たちも驚きと感嘆を隠せない。
「あんなに大きいのに優しいなんて……」
「しかもあのお嬢ちゃん、水魔法を使えるなんて、さすがだな!」
その間に、ナミがさりげなくスカートを翻し、投げ込まれた銅貨を静かに回収していく。
「……お嬢様。ついに水魔法を……」
「ええ、でもまだ不思議な感じよ。でもね――こんなに子供たちが喜んでくれるなら、それだけで十分だわ」
ルーナは初めての水魔法が「誰かの笑顔」につながったことに胸を熱くし、アルスの頭を優しく撫でた。
『ルーナ、ぼくたちすごいね!』
「ええ、わたしたち最強のコンビだもの!」
歓声と拍手に包まれた広場で、ルーナは確かな手応えを胸に抱いた。
――初めて魔法を使えたこと。それが誰かの笑顔につながったこと。
胸の奥がじんわりと温かくなる一方で、心のどこかが高鳴っている。
もうすぐ訪れる夕暮れ、彼女を待つのは初めての狩猟――。
その一歩が、自分の新たな冒険の始まりになるのだと、ルーナは直感していた。
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