第12話 宿屋での即興パフォーマンス

 ひと悶着を終えてギルドを出たルーナは、ニッケから声をかけられた。


「もしよかったら、ウチらと同じ宿に泊まりませんか?」

「宿?」

「はい! ご飯がとっても美味しくて、値段も手頃なんです!」


 期待に満ちた瞳で手を取ってくるニッケに、ルーナはナミへと視線を向ける。


「ナミ、どうかしら?」

「まずは見てみましょう。宿泊費を抑えられるなら助かりますしね」

「そうね。――じゃあお願い、案内してちょうだい」

「はいっ!」


 そうして連れてこられたのは、小ぢんまりとした宿屋だった。

 看板には温かなタッチで描かれたヒマワリが咲き誇り、木の壁からは新しい木材の香りがふわりと漂っている。


「ここが宿屋【サンフラワー】です!」

「まあ、かわいらしい宿……!」

「でしょ!? ここで休むとね、体も心もポカポカになるんだよ~」


 胸の前で手を組んでうっとりするベルに、ルーナの胸も自然と期待でふくらんでいく。


 扉を開けると、ふんわりと焼きたてのパンの香りが迎えてくれた。

 エプロン姿の若い女将が、ひまわりのような笑顔で出迎える。


「いらっしゃいませ……あら、ニッケちゃんとベルちゃん! 今日はお友達も一緒なのね」

「はい! この人たちも泊めてあげてください!」

「もちろんよ。部屋は二階だから、ゆっくりしてちょうだい」


 差し出された鍵を受け取ったルーナは、女将の柔らかな声に胸がじんわりと温かくなるのを感じた。


 案内された部屋に足を踏み入れると、木の壁はやわらかなオレンジ色に染められ、窓際には小さな鉢植えの花がちょこんと置かれている。

 まるで家族に迎えられたような心地よさがそこにあった。


「まあ……素敵!」


 ルーナが思わず笑みをこぼすと、ナミもまた微笑みを返す。


「さすが花の町フローラ。細部まで心配りを感じますね」

「ええ……わたし、今日ここに来られてよかったわ」


 心地のいい宿の部屋に、ルーナの胸もポカポカと温かくなるようだった。



「それにしても今日は疲れたわ……」


 白いシーツのダブルベッドに身を投げ出したルーナが一息つくと、窓際にアルスの巨大な顔がぐいっと入り込んでくる。


『ルーナぁ、おなかペコペコだよ~』

「そうね、たっぷり食べさせてあげるわ。――ナミ!」

「はい、かしこまりました。――コネクト」


 ナミが接続魔法で取り出した魚を、ルーナは次々とアルスの大口へ投げ入れていく。


『もっともっと~!』

「はいはい、落ち着いて!」


 その食べっぷりはまるで黒い稲妻のよう。

 魚が宙を舞うたび、周囲の人々の視線が窓の外に釘付けになっていった。


「なんだあれは!?」

「巨大な……白黒のイルカ?」

「けど、それがなんで浮いてるんだ?」


 ざわつく人々の視線を受け、ルーナの胸に眠っていたトレーナー魂がふつふつと湧き上がる。


(見せてあげたい、この子の素晴らしさを――!)


 ルーナは階下へ駆け降り、宿の前に集まった群衆の前で大きく手を掲げた。


「皆さん! これより少しだけパフォーマンスをお見せします!」


「おおっ!?」

「何が始まるんだ?」


 期待と好奇の視線を浴びる中、ルーナはアルスと目を合わせ、手で合図を送る。


 ――次の瞬間、アルスは天へと舞い上がり、空中で堂々たる宙返りを決めた。


「おおおおーーーっ!」


 歓声と拍手が爆発し、町の広場は一瞬にして熱気に包まれる。


 ルーナが胸元の笛を短く鳴らして魚を与えると、アルスは口先にルーナを乗せて垂直に立ち上がる。


 揺れる口先の上で優雅に両手を広げて直立するルーナの姿に、観衆はさらに沸き立った。


「すごい! まるで舞踏だ!」

「なんて見事な連携なんだ!」


 アルスが水しぶきの代わりに風を巻き起こし、尾びれで弧を描けば、その迫力に子供たちは歓声を上げ、大人たちでさえも夢中になって拍手を送る。


「さすがね、アルス! 最高のパートナーだわ!」

『えっへん! ぼくすごいでしょ!』


 ご褒美の魚を頬張りながら、アルスは得意げに胸を張る。


「すごいぞ!」

「なんて見事なんだ!」


 人々の口々から歓喜の声が上がり、やがて――花壇から摘まれた花々が次々と宙を舞い、ルーナとアルスへと贈られた。


 小さな子供が差し出すマリーゴールドをルーナが笑顔で受け取り、アルスの頭に飾ってやると、観衆はさらに盛り上がる。


『ルーナ! ぼく、似合ってる?』

「ええ、とっても素敵よ!」


 その温かな雰囲気に包まれた直後、カラン、カランと音が響く。


 気付けば群衆の中から銀貨や銅貨が惜しみなく投げ入れられていた。


「ありがとう!」

「これからも見せてくれよ!」


 投げ銭はルーナの足元に散らばっていったが、そこへナミがすっと前に出る。


 黒いロングスカートを翻し、流れるような所作で硬貨を拾い集めては、落ち着いた笑みを浮かべた。


「即興にしては上出来ですね。お嬢様、なかなかの収穫でございます」

「ふふっ、まさか本当に投げ銭までもらえるなんて!」


 誇らしげに尾びれを反らすアルスの隣で、ルーナは花束を抱え、群衆へと深々と一礼した。


「皆さん、ありがとうございました! また必ず披露しますわ!」


 この日――ルーナとアルスは「花の町フローラ」で、ただの旅人から一夜にして観客に愛される存在へと変わったのであった。

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