第11話 花の町フローラ
フローラの町へ一歩足を踏み入れると、ルーナの目にまず飛び込んできたのは色鮮やかな花壇だった。
町の広場を囲むように設えられた花壇には、赤や白のゼラニウムがこんもりと咲き乱れ、陽光を受けて宝石のように輝いている。
隣には紫やピンクのペチュニアが帯のように植えられ、風に揺れては甘い香りを漂わせていた。
さらに黄金色のマリーゴールドがふわりと咲き誇り、奥には大輪のダリアが堂々と咲き誇っている。
水をやる町人たちの顔は、誇らしげで明るかった。
「すごい……! まるでお花の楽園みたい!」
思わず声を上げるルーナ。
ニッケとベルは懐かしそうに笑い、アルスは花壇に顔を近づけて鼻の噴気孔を鳴らす。
『これ、食べられるかなあ?』
「アルス、花は食べるものじゃなくて、見るものよ」
『そっか~。ぼくにはまだわかんないな~』
町全体を包む花の彩りと市場の喧噪。
それが「花の町フローラ」の歓迎だった。
やがて町の一角に、赤い屋根と花飾りで彩られた立派な建物が見えてきた。
「ここがハンターギルド【花咲くダンデライオン】です!」
看板にはタンポポの花びらをたてがみにした愛嬌のあるライオンのイラストが描かれている。
洒落たデザインに、ルーナは思わずくすりと笑った。
中へ入ると、そこは外の広場に負けないほど花と観葉植物で飾られた空間だった。
しかし華やかさの裏には、張り紙でびっしり埋まった依頼掲示板や、武具を背負ったハンターたちの喧騒も広がっており、ルーナは胸を高鳴らせる。
「これが……ギルド!」
「いらっしゃいませ」
受付に立っていたのは、花売り娘のような素朴な装いの受付嬢アイリスだった。
その紫色の髪には小さなマーガレットの髪飾りが添えられ、胸元にはドライフラワーを閉じ込めた透明なブローチがきらりと光る。
机に置かれた羽ペンの軸にも、小花の飾りがさりげなく巻かれており、彼女の周囲だけが花壇のように温かな空気を漂わせていた。
ニッケとベルが黒狼の毛皮を差し出すと、アイリスは手慣れた様子で虫眼鏡を当て、毛並みを丹念に確認する。
「まあ、今回も成功の花を咲かせて帰ってきたんですね。……状態良好。銀貨十五枚で買い取らせていただきます」
花束を渡すような所作で手渡された報酬を快く受けとる二人。
その隣でルーナは興味津々に声を上げる。
「これが……ハンターの仕事なのね!」
「そうですよ、ルーナさん!」
とニッケが笑い、ベルは頬を赤らめながら身を乗り出す。
「ねえ、ルーナちゃんも一緒にハンターになろうよ!」
期待に満ちた上目遣い。
ルーナの胸も自然と熱を帯びる。
「ええ、分かったわ。よろしくね」
そう答えると、アルスが横からずいっと顔を突き出した。
「キュイ~!」
『ぼくも! ルーナと一緒にやる~!』
場内がざわめく。
見たこともない巨体にハンターたちが振り返り、ざわざわと囁き合う。
受付嬢アイリスも一瞬ひきつりつつ、しかし微笑んで頷いた。
「それでは、お嬢様と……そちらの従魔も仮登録でよろしいですね」
「従魔なんかじゃないわ。アルスは、わたしの大切な家族よ!」
胸を張るルーナの姿に、アイリスは静かに微笑んで書類を差し出した。
「それではこちらに目を通してサインをお願いします」
アイリスが両手で差し出した書類に、ルーナは興味津々で身を乗り出した。
「これでいいのね?」
「ええ、お嬢様」
ナミが横から目を走らせて、淡々と補足する。
「契約の内容に不備はございません。安心して署名なさってください」
ルーナがさらさらと自分の名を記すと、ナミは胸に手を当てて一礼する。
「お嬢様はこれで立派にギルドの一員となられました。……皆さま、どうかお見知りおきを」
周囲にいたハンターたちがどよめき、アルスは大きな胸ビレを振って愛嬌を振りまいた。
「キュイ~!」
「アルス様、あまり暴れますと物が散乱してしまいますよ」
慌てて注意するナミの姿に、場が少し和らいだ。
こうして、ルーナとアルスの新しい一歩が始まった。
正式なハンター証は後日手渡されるとのことなので、ルーナはギルドを出ようとしたのだが――。
「きゃっ!?」
通路で屈強な男と肩がぶつかり、ルーナは尻餅をついてしまった。
「す、すみません……!」
慌てて謝るルーナ。
だが男は額に青筋を浮かべ、乱暴に吐き捨てる。
「ああん? このガキが……! ハンターギルドは小娘の遊び場じゃねえんだよ!」
「ひっ……!」
怒声に気圧され、ルーナの体が震える。
場内のざわめきが一瞬止み、周囲の視線が集まった。
「ちょっと、そこ――」
ニッケが助けに入ろうとしたその瞬間、ナミの姿がふっと掻き消える。
次に気付いた時には、男の背後に立っていた。
「なっ……!?」
いつの間にかロングスカートのスリットから長めの針のような暗器を抜き、男の首筋に静かに添えている。
「お嬢様を愚弄するとは……――恥を知れ」
氷のような眼差しと低い声。
柔和なメイドの姿はそこになく、冷酷な影の処刑人がいた。
周囲のハンターたちがごくりと唾を飲み、誰も声を発せられない。
受付嬢までもが目を丸くして息を呑む。
「ひ、ひいっ……!? あーっ、オレ様、急用を思い出したぜ! じゃ、じゃあな!」
男は顔を真っ青にして逃げ出していった。
ナミは暗器をひらりとスカートの内側に収め、何事もなかったかのように佇む。
「全く……これだから血気盛んな輩は困ります」
「……あ、あの人、ただのメイドじゃないですよね!?」
「うん……すごすぎるよ……!」
ニッケとベルが目を丸くする。
ざわつくハンターたちの間にも「今の女は誰だ」「動きが尋常じゃない」と噂が広がっていく。
そんな視線をよそに、ナミは尻餅をついていたルーナへ手を差し伸べた。
「お嬢様、お怪我はございませんか?」
「ええ……わたしは大丈夫よ。守ってくれてありがとう、ナミ」
「お嬢様をお守りするのが務めですので」
ルーナを立たせると、ナミは穏やかな笑みを浮かべた。
――先ほど見せた冷酷さが幻であったかのように。
こうして「闇メイド」の噂は、その日のうちにギルド中へ広がっていった。
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