第6話 家族会議

 ――事故の直後。

 意識を失った若いメイドが医師の診察を受けている間、ダックリバー家の面々は屋敷の応接間に集められた。


 重苦しい沈黙を破ったのは、領主ビンゴである。


「……今回の件、見過ごすわけにはいかぬ。ルーナ、お前のアルスは確かに我らを救った恩人だ。しかし同時に、屋敷にとっては危険の種でもある」

「お父様……!」


 ルーナが口を開こうとするのを、ステラが扇をたたんで制した。


「落ち着きなさい、ルーナ。事実として、ひとつ間違えばメイドは命を落としていました。費用や世間の目どころか、屋敷の安全そのものが脅かされているのです」


 冷静な母の言葉にルーナが言葉を失うと、ララが前のめりになって反論した。


「でもアルスは悪意でやったわけではありません! あの子はただ魚に夢中になっただけ。小さな子どもと同じですわ!」


 その目は涙を浮かべ、必死に妹とアルスをかばっている。


 ラビィは冷ややかに鼻を鳴らした。


「だからこそ問題なのよ。巨体の子どもほど恐ろしいものはないわ。領民に怪我人が出たらどう責任を取るつもり? ……やはり最初から屋敷に迎えるべきではなかったのよ」


 空気が一層重くなったところで、婿養子のオスカーが控えめに口を開いた。


「確かに危険はあります。しかし、彼が命懸けで海竜を倒したというのも事実。恩を仇で返すような真似もできません」


 その言葉は中立的で、対立する意見の間を取りなそうとしていた。


 ステラが目を伏せ、ララが涙ぐみ、ラビィが腕を組み、場が紛糾しかけたところで――ビンゴが重く口を開いた。


「……皆の意見は分かった。だが最後に決めるのは、アルスをもっとも近くで見ているルーナだ」


 唐突な父の言葉に、ルーナは目を見開く。


「ルーナ。お前はどうしたい? アルスをこのまま屋敷に置くのか、それとも……」


 全員の視線が集まる中、ルーナは胸の前で拳を握りしめた。


「……わたし、アルスと一緒にいたいですわ。たとえお屋敷でなくても……あの子が苦しまない場所を探しに行きたい、広い世界を見せてあげたいの」


 その言葉に、重苦しい会議の空気が大きく揺らいだ。


「それはアルスと一緒に屋敷を出ていくということですのね?」


 重々しく問うステラに、ルーナは迷いなく首を縦に振った。


「そんな……! アルスだけでなくルーナまで屋敷から出ていくなんて、あんまりですわ!」


 ララが悲痛な声を上げ、思わず机を叩く。


「落ち着きなさい、ララ。これはルーナが自分で決めたこと。……そうですのよね?」

「はい、お母さま」


 その答えに、ステラは目を伏せながらも静かに告げる。


「……母として心配でなりません。でも、それでもあなたが望むなら、もう止めはしませんわ」

「それがルーナの意志なのだな。ならば屋敷としても正式に認めよう」


 父ビンゴは腕を組み、厳しい眼差しで続ける。


「必要な支度は整えさせる。だが命を軽んじることは許さん。肝に銘じなさい」

「お父様! ルーナはまだ子供ですのよ!? 独りで屋敷を出るなんて危険すぎますわ!」


 ララが必死に食い下がるが、ルーナは静かに笑んだ。


「ご安心ください、ララお姉さま。わたしは独りではございません。アルスが一緒にいますわ」

「でも……」

「どうか理解してください、ララお姉さま」

「ルーナ……」


 姉の目に涙が滲む。

 しばし沈黙したのち、ララはかすれ声で呟いた。


「……必ず、無事に戻ってきてね」


 ルーナは力強くうなずいた。

 こうして家族会議は結論を迎え、彼女の新たな旅立ちが決まったのであった。


 その日のうちにルーナは、自室で旅立ちの支度を整えることにした。


 ヒラヒラとして動きにくいドレスを脱ぎ捨て、代わりに白いブラウスと丈の短い水色のスカートをナミに着せてもらう。

 脚には白いタイツ、足元には厚手の黒いブーツ。

 鏡に映る姿は、もはや「令嬢」ではなく「旅人」そのものだった。


「ナミ、髪は自分で整えるわ」

「お嬢様、自分で? できますの?」

「ええ。やってみたい髪型があるの」


 そう言って鏡の前に立ったルーナは、銀色の長髪をひとつに結い上げる。

 高く結んだポニーテールは、前世で慣れ親しんだ「シャチのトレーナー」の姿を思い出させた。


「……やっぱり、この髪型がしっくりくるわ」

「何かおっしゃいましたか?」

「なんでもないわ、ナミ」


 小さく微笑むと、ルーナは裏庭へ向かう。

 そこには、アルスが待っていた。


「アルスっ」

『ルーナ……?』


 池でひとり浮かんでいたアルスは、どこかしょんぼりとしていた。

 立て続けに騒動を起こしたことで、気分がすっかり沈んでしまっているのだ。


「アルス、聞いて」


 歩み寄るルーナに、アルスは大きな顔をぐいぐいと押し付けてくる。


『いやだ! ぼくはルーナとずーっといっしょがいい! ぼくを捨てないで!!』


 その悲痛な訴えに、ルーナは心を痛めながらも、そっと頬に手を添える。


「落ち着いて、アルス。わたしはずっとそばにいるわ。約束する」

『でも……ぼく、もうここにはいられないんでしょ?』

「それなら、わたしもお屋敷を出るわ」

『ルーナ……?』


 思いもよらぬ答えに、アルスは目を白黒させる。


「あなたにこのお屋敷は狭すぎたの。だから……一緒に広い世界を旅しましょう、二人で!」

『ルーナ……ぼくのために……!』


 涙声になったアルスの額に、ルーナはそっと口づけを落とした。


「アルス、わたしはあなたを愛してるの。それはいつまでも変わらない」

『ルーナ……うん!』


 アルスは池から浮かび上がり、彼女の差し出した手を取るように顔を擦り寄せる。


「あはは、くすぐったいわ、アルス」

『ぼくたち、ずーっといっしょ!!』


 星明りに照らされる裏庭で、二人は固く絆を確かめ合った。


 こうして――令嬢とシャチの新たな旅路が、静かに動き出そうとしていた。


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