Project:Alta

Sister's_tale

Prolog 1 覇山家脱出編

 物心ついた時から、心のどこかで自分はこの世界の歯車であるという自覚があった。

 魔術師の名家で長男として生まれたということ、それはあまりにも荷が重く、幼いながらにこの責任についてどう背負って生きていけば良いのかと思った記憶がある。

 ただ、それも直ぐに杞憂だということが分かった。

 自分よりも圧倒的に才能のある妹が生まれた からだ。

 妹といっても、異母妹であるのだが。

 ということで、早々に跡継ぎレースから外れてしまった。

 良かったと思う反面、少し悔しかった。

 六歳差の生まれたばかりの妹に負けたのだ。悔しいに決まっている。

 妹にその責任を負わせるのは心苦しかったが、 それは強者の宿命だ。クソ親父からそう教育された。

 当時は、本気でそう思っていた。

 今となれば間違っていたと思う。兄ならば妹を全力で守るべきだった。兄ならば運命を背負わされた妹を全力でサポートするべきだった。

 歯車ならば、私怨で妹を見捨てるべきではなかった。

 俺は歯車じゃなかったんだ。

 妹をあんな所へ置いてけぼりにしてしまった罪悪感が長い間ずっと心の中で引っかかっていたんだ。

 ──だから、だから今度こそ守るよ。凛。


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『魔術』。

 起源は古代エルフの技術をヨーロッパの王家が特別に教えて貰ったことである。

 エルフの魔術は正しくは『魔法』と呼ばれ、 『魔法』は人間には扱うことができなかった。

 親交の深かった彼らは特別に人間にも使用できるように改良してくれた。

 周囲の魔力を使用し、人智を超えた力を生み出す。これが『魔術』である。

 そして、その技術の使い手を『魔術師』と呼んだ。

 エルフの魔術は術式を用いており、紙や木、地面などに描くことで使用することができた。

 だが、とある魔術師が自らの身体に刻印し、自らの身体の中の魔力を動力源に魔術を使用し始めた。

 これは術式の展開のタイムロスを大幅に短縮する画期的な技術であり、直ぐに魔術師中に広まった。

 だが、一番の理由はそれではない。

 刻印した魔術師の子供、数人が術式を用いずとも魔術を発動しだしたのだ。魔術が遺伝したのだ。

 それを機に魔術は急激に発展することとなった。

 これが現代まで続く魔術師の起源である。

 中世から巻き起こった魔女狩りを機に、魔術はその存在を現在まで秘匿にされてしまった。


 ─────────────────────


 二〇〇七年七月二十七日。覇山家の長男として覇山旋はこの世に生を受けた。

 十七代覇山家当主、覇山平治の実子というこ ともあり、才能を期待された。

 しかし、蓋を開けてみれば、魔術の使えない役たたずであった。

 通常、生まれてから三年以内に魔術の兆候が現れるはずが、旋は四歳を超えてもそんなものがなかった。

 だが、平治は希望を捨てていなかった。何故なら平治の妻、絵里が旋の誕生と共に亡くなったためである。

 彼女の為にも旋を育てあげ、立派な魔術師にしなければならなかったからだ。

 そう、魔術は術式を用いれば誰でも使用できるのだ。

 銃や剣であれば才能があるかもしれない。

 平治は全力を尽くした。

 だが、 旋には何の才能もなかった。

 術式魔術は魔力が足りず、初級しか扱えない。

 それでいて、属性の適性の幅が狭い。

 武器は手にした瞬間に破壊されてしまう『不殺の呪い』を受けていたのだ。

 ならば、と旋に勉強をさせることにした。魔術の専門家に育て、後方支援で活かそうと考えた。

 こちらは性に合っていたようで、旋も興味を示し、その知識はメキメキと伸びていった。

 ようやく希望の光が見えてきたところで、平治に更なる奇跡が起こった。それは旋が六歳の時であった。

 絵里の妹、咲奈との間に娘が生まれたのだ。

 旋の扱いに頭を悩ませていた時、一時の心の迷いから生まれた子であった。

 名前は凛。

 凛は覇山家相伝の魔術『響花』と、『絶眼』と『廻眼』の二つの『魔眼』を携えて産声をあげた。

 一目で天性の才能がある。日本の魔術界を支配すると旋すらも感じた。


「は、は、は、はははははは!!! あーはっはっっは!!!!」


 平治は大声をあげて喜んだ。

 今までの苦労はこのためだったのだと。

 旋は凛に嫉妬した。六歳の男の子が産まれたばかりの少女に嫉妬したのだ。

 それからというもの、生活の中心は凛になった。

 平治は旋に完全に興味を失い、蝶よ花よと扱ってくれた侍女たちも旋を粗末に扱うようになってしまった。

 心の支えは圭という一人の侍女であった。

 彼女は他の侍女とは違い、理由は分からないが、凛が生まれる前から旋のことをぞんざいに扱い、誰に対しても媚びることはなかった。

 凛が生まれてもその対応は変わらなかった。

 食事の担当であった彼女は前と変わらぬ食事をだし、嫌いなものでも、満腹でも食べ物を粗末にすることを許さず、時には優しかった。


「しっかり食べな。育ち盛りは好き嫌いすんなアホ」


 言葉は強かったけど、本当は優しいことに旋だけが気づいていた。

 ある時、圭は旋に話してくれた。


「あたしはアルバイトだからね。金が溜まったら直ぐに辞めてやる……」


 詳しく聞いてみると圭は街のレストランの一人娘らしく、経営の厳しい実家のレストランを助けるために高時給の覇山で働いているというのだ。


「住み込み時給二万円。こんなのやるしかねぇって」


 圭は指でピースを作ると笑いながら言った。

 両親からの反対を押し切って働いているらしく、顔を合わせづらいと、少し恥ずかしそうに言っていた。


「圭は俺のことをみんなみたいにしないの?」


 旋はおもむろに聞いた。

 圭はキョトンとしている。


「なんで? あたしがそんな事するようなやつに見えるってこと?」


「違う。……俺はこの家にはもう必要ないみたいだし……」


「なーに言ってんのさ。……あ、分かった旋くん。凛様が生まれて嫉妬してるんだろ? だーいじょーぶだよ。今はただ凛様の世話に必死なだけ。初めての女の子で可愛くてしょうがねぇんだよ平治様は」


「違う! そうじゃない! 圭は気がついてないの!? 俺はこの家じゃあ除け者なんだ!落ちこぼれで……何もできない……」


「何もできない訳じゃねぇだろ旋くん。あたしは見てたよいつも」


 いつものムスッとした顔ではない。

 いつになく真剣な圭の顔に少したじろぐ。


「勉強……でもそれだけだ……これじゃ父さんには認められないよ……」


 すると、圭は少しだけ考えて、旋の頭をぐしゃぐしゃにして言った。


「ばーか」


 なんで撫でてくれたのかは分からない。

 でも、今思えばこれが初恋だったのかもしれない。


 ─────────────────────


 そして五年後。

 十一歳となった旋は満を持して家を出ることに決めた。

 三年前、圭が突然の病気で入院することになり、それから旋の食事は素朴なものへと変わった。

 明らかに量が少なかったり、残り物や通常料理に使われない部分を使用したものになったのだ。

 育ち盛りの旋にはそれが辛く、侍女長に「もう少し増やして欲しい」と直談判したが叶わず、仕方がないので自分の料理は自分で作ることにした。


「神経だけは図太く育ったなぁ」


 スーパーで買ってきた特売の鮭を焼きながら旋は呟いた。

 この五年間で父の態度は変わることはなかった。

 旋に対して素っ気なく、会話などしない。

 それでも、少しは人の心があるのか月に十万円程度小遣いをくれた。

 最初は自分をまだ愛してくれているのだと思った。


「……いつ追い出しても最低限生きられるようにだろうけど。なかなか出ていかなくて残念だったなァ」


 旋の通帳には五六〇万円がしっかりと明記されている。

 塩焼きにした鮭を取り出し、皿に丁寧に盛り付ける。

 他の人間とは一時間程遅れての夕食だ。

 白飯と味噌汁と焼き魚。それと、申し訳程度のきんぴらごぼう。

 実に茶色い。


「いただきます」


 手を合わせ命に感謝する。

 最低限の礼儀作法を教えてくれたことだけは恩を感じている。

 誰もいない食堂に旋の食器の音だけが静かに響く。


「ご馳走様でした。……さて」


 食器を片付け、旋は用意していた地図を開く。

 ここら一帯を示した地図で、所々に赤い丸で印がつけられている。

 これは魔術師及び、魔術に関連する者の所在地だ。


「この辺は覇山の領地だから分家とか多いな」


 そう。旋は家を出た後、覇山と繋がりの薄い魔術師に匿ってもらおうと考えたのだ。

 もちろん、一生ではなく、自分で稼げる年齢になるまで置いてもらおうと考えたのだ。


「ちょっと遠くなるけど電車に乗れば……」


「おい!」


 すると突然背後から女性に声を掛けられた。

 旋はびっくりして恐る恐る振り返る。

 そこには、右手に箒を、左手は腰に当て仁王立ちする圭が立っていた。

 三年前に病気で入院。その一年後に職場に復帰した圭は復帰早々、凛専用の料理人に任命された。

 自ずと旋と会話することがなくなってしまっていた。


「ひ、久しぶりだね圭。もう凛の世話は終わったのかな?」


「……おう。凛嬢はお勉強の時間だってさ。凛嬢はお前と違って好き嫌いが多くて困るぜ。過保護すぎてお前みたいにパワハラもできやしねぇ」


 圭は呆れたように、やれやれとジェスチャーをした。


「……そ、そうだ聞いてよ圭! 料理を少し覚えたんだ。君にはまだまだ及ばないけどね」


 圭はその言葉に少し嬉しそうな顔をして言った。


「そりゃいい。今度ご馳走してくれよ」


「……もちろんいつかね…………」


 怪訝な顔を浮かべると、圭はテーブルを覗き込んだ。

 広げられた地図を見るなり、圭の表情はみるみるうちに悲しみに溢れていった。


「……もしかして出ていくのか? 旋くん」


 圭は察したようで、箒を強く握った。


「うん。やっぱり俺はこの家には必要ないらしいからね。金もじゅーぶん溜まったし、頃合いだと思ったんだ」


 旋は絆創膏まみれの指を絡めながら言った。


「……お前、ご飯は自分で作っているのか? 料理長は用意してくれないのか?」


「ィや? よ、用意してくれてるよ?」


 分かりやすく嘘をつき、目が泳ぐ旋。

 圭は知らなかったのだ。

 彼女が厨房にメインで立っていた時は気づかなかった。彼女以外、 旋に食事を提供していないことを。

 旋が自腹を切って自炊していることに。

 圭は旋と対面するように、椅子にどかっと座った。


「行く宛てはあるのか?」


「い、いやまだ探している途中で……」


「なら、あたしの実家に来い。ちっせぇ小汚ねぇレストランだが、人手も金も足りてねぇ。お前が良ければ……だが、どうだ?」


「そ、そんな悪いよ。……それに俺はまだ子供だ。なんの役に立たないし、責任も取れない」


「うっせぇ! 子供なら遠慮すんなボケ! 責任は大人が代わりに取るんだよ!」


「それに」と、圭は続けて言う。


「あたしの親舐めんなよ。あたしの学費も入院費もぜーんぶ払ってくれた。今更ガキの一人二人増えたところでなんの負担にもならねーよ」


「で、でも、……………………でも親父が圭の家を襲いに来るかもしれないし……」


 徐々に声が小さくなっていく旋に圭はフンと鼻を鳴らす。


「そうなったらあたしが守ってやるよ。こう見えても、剣道で中学から高校卒業まで負けたことないんだぜ」


 すると圭は旋の頭を「めーん」と言いながらチョップする。


「そんな自分の子供のこと大切にしねぇ親なんか親じゃないね。ぶっ飛ばしてあげる」


「……頼もしいな」


 圭はこの家が魔術師の家系だと知らないのだ。

 それも日本でも指折りの魔術師だと知らずに。

 圭は覇山平治がただの大地主の家だと思っているのだ。だから旋が家八分状態なことに疑問を持っている。

 圭は恵まれているのだ。親の愛を一身に受けているから旋が受けている理不尽を理解ができない。


「じゃあお言葉に甘えさせてもらうよ」


 旋もそれを理解している。

 彼女と自分とでは住んでいる世界が違う。だが、旋は自分が生まれてくる世界を間違えたことも分かっている。


「──これも運命……世界が間違いを正そうとしているのか?」


「ん? なんか言ったか」


「いや……なんでも」


 同時に旋は平治が自身に行っている理不尽な扱いを受け入れている。

 彼もまたどうしようもなく覇山の人間なのだ。


「じゃあ圭。この地図に圭の家の場所に印をつけてくれる?」


「おっけー」


 圭にマーカーペンを渡す。

 すると、数秒間地図を指でなぞる。

 何処が何処だかを探るためだ。

 ある程度位置が掴めた圭はマーカーペンのキャップを外し、地図に丸をつけた。


「……あ、丸じゃない方が分かりやすかったよな?」


 と、丸の上から星印をつけた。

「ん」と、キャップの蓋を閉め、地図を旋の方へと寄せる。


「ありがとう」


「で? いつ出発するんだ?」


「もう明日にでも……いや明後日かな。ホントは一週間後とかにしようかと思ってたけど、こんなに早く決まると思ってなかったから」


「そうか」と、言って圭は席を立つ。


「何時に出るんだ?」


「え? あぁ朝の五時とかにここを出ようかと思ってるけど……なんで?」


「着いていく。箱入り娘ならぬ箱入り息子のお前のことが心配なんだよ」


 圭は腕を組み、見下ろしながら言った。

 いや、そんな大事にされた覚えはない。



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