最終話 桜と信仰

 結い上げられた髪が、風の中を千々に揺れる。

 桜の前に立ち尽くし、散っていく様子を微動だにせず見上げる彼女。

 背中を見れば分かる。

 どれだけ、成長したのか。


 どれだけ多くのものを失い、諦めながらも……。


「……凛」


 名前を呼べば、待つことに慣れた肩が跳ねる。

 即座、振り返った彼女の瞳が潤む。

「凛、ごめん」

「かぐや、さん……」

 胸に飛び込んでくる彼女を抱き締める。

「ごめん。ごめんね、こんなに長い間……」

 桜がこんなに大きくなるほどの間。

「ごめん、ありがとう……」

 背中にしがみつく腕の強さが、くぐもった悲鳴のような号泣が、胸を締め付ける。


「……凛、俺に願ってくれてありがとう」


 泣きじゃくる声と、体温がそこにある。それだけでいい。


「凛、ありがとう」


「お礼を言うなら、もう二度といなくならないで……」

「うん」

 君の願いは、俺が叶える。

「もう二度と離れないから」


 凛は泣きじゃくりながら涙を拭う。

「香久耶さ……っ、はなしたい、ことが……!」

 叶えてきた沢山のお願いのこと。

 ゆっくり大きく変わった村の様子のこと。

 莉月さんと過ごしてきた日々のこと。

 新しくできた、大切な青い龍の仲間家族のこと。


「話しきれないぐらい、沢山言いたいことが……っ」


 でも、

「まず——!」


 最初に、私がこんなに長い間、貴方を待てた理由を。


「香久耶さん、助けてくれてありがとうございます。私、生きてて良かったって……」

 涙、止まれ。

「生まれてきて良かったって、思えたんです……」

「うん」

 まともに話したいよ。

「香久耶さん」

 息を整えて、金の桜を散らしたような瞳を見る。

「優しくて、温かい貴方のこと——」







「……やれ、良かったな」

 莉月は、凛の緊張し切った顔に、安堵が染み渡っていくのを見て嘆息した。

「覗き見、趣味、悪い」

 回廊の隅、背後から同じように神の様子を見つめていた龍が言う。

「黙れ小童」

「莉月、口悪い。良くない」

「ふん」

 莉月は本殿の中へ入る。後からついてきた滄月が首を傾げた。

「最後まで見ないの?」

「どこまでも悪趣味な。あれが神に戻ってくるなら、我らは忙しくなるんだぞ」

「……可怪しい。人手、増えたのに」

 莉月はニヤリと笑った。


「人の願いは丁寧に一つずつ叶える——。それがこの神社の信仰心の集め方なのだ、滄月」


 龍は首を傾げる。

「非効率」

 莉月はそっぽを向いた。


「でも……ちょっと素敵」


 ふわりと宙で回転する後輩に、莉月は胸を張った。

「そうだろう! だから私は数百年この阿呆神と凛さまの側に御仕えしてきたのだ」

「知ってる」


 がらんがらん。

 神の使徒たちは動きを止める。

「……早速仕事のようだぞ、滄月」

「えぇ……。まだ草餅、食べてたい」

 幾つ食べるのだ。凛さまがいくらでも作ってくれるからとはいえ。

「……龍が太ったらツチノコだな」

 妖狐は参拝客の前へ飛び出す。


「さぁ、お主の望みを願うがいい!」



 End.


ここまでお付き合いいただきありがとうございます!

近況ノートです。下手な色なし落書きもあります。

https://kakuyomu.jp/users/fukaminoneco/news/16818792440647314091

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廃神社専用:信仰心の集め方 〜廃れた神社の神様は、ある少女を助けて救われる〜 深水彗蓮 @fukaminoneco

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