第4話 特別捜査会議

 九月二十五日 警視庁にて


 今日は先週起きた「太田市女児失踪事件」、それに起因する「太田市夫婦無理心中事件」の特別捜査会議の日だ。この事件は俺の親友が絡んでいる。俺の親友であるけんちゃんは後者の事件の第一発見者となった。

「佐伯くん、説明を頼む」

「はい」

俺は淡々と調べ抜いたことを話す。

「今回の事件は先週の月曜に発覚しました。第一発見者は川島健太、担任教師として市内の小学校に勤めています」

「前置きはいいから早く本題に入ってくれ」

手厳しい。前置き無くして本題に入れる訳がないのだ。まあ俺もまだ若手だし、あれこれ言われるのは仕方がない。それはおそらく先輩達が俺のことを思っての行動や言動だ。 

「では、本題に入ります。遺体として発見されたのは会社員の茅島和樹、その妻で主婦の茅島香織です。司法解剖の結果、いずれも死亡推定時刻は二◯二十年九月二十二日の未明から明け方にかけてです」

「死因は?」

「死因は司法解剖後に正式に確定するとは思いますが、所見からして一酸化炭素による中毒死だと思われます。現場には空焚きされた七輪が残されていましたので」

部屋を締め切った状態での七輪の使用は非常に危険だ。一酸化炭素を吸い過ぎた人間はひとたび吐き気や目眩、頭痛に襲われ、やがて死に至る。自殺の方法ではよくあることだ。

「それなら、あまりの苦痛で死に切れない可能性は無いのか? 熟睡でもしてりゃ別だが…」

「そうなんですよ。お二人は寝ている間に息耐えたことと思われます。胃の内容物から睡眠導入剤の成分が検出されたんです」

一同は息を飲む。「睡眠導入剤」という単語が出てきた時、それが意味するのは「他殺の可能性もある」ということだ。

「他殺なのか?」 

「いえ、その可能性は低いです。これは二人で自殺を図る際、自らが飲んだものと思われます。『茅島香織』が実際にそれを購入していたようです。彼女が以前から『不眠症に苦しんでいた』という裏付けもすでにされています」

俺はホワイトボードに睡眠導入剤の購入履歴を貼り付ける。そこにはしっかりとした事実が書かれていた。

「じゃあ、この件は自殺ということでいいんだな?」

「そういうことになりますね。そして、こっちがその原因となったと思われる事象です」

俺はこっちの事件には何かあると感じている。これは刑事の勘とかではない。しっかりとした過去の事件に基づいての感覚だ。しかし、表向きでは解決となっている事件達を今回の事件に絡ませることは事実上ではできないのが現実。だからこそ、自分の中では「事件との関係を証明してやりたい」と強く願っている。

「行方不明になったのは市内の小学校五年生である『茅島心那』です。自殺を図ったお二人の娘となります。行方不明になったのは九月二十一日です。失踪時の状況を知るすべはまったくもってありません。なんせ、両親の通報があった訳ではないですから」

「じゃあ、どのようにして失踪が発覚したんだ?」

失踪の発覚の仕方が過去に例を見ないものだった。ある意味ではけんちゃんが二つの事件の第一発見者ということになる。彼がいなければ、少女が失踪した事実すら分からないままだったのだ。

「事件現場の机には七輪だけが置いてあった訳ではないんですよ。行方不明者捜索の紙も置かれてたんです。そこに、『茅島心那』が行方不明と書かれていました。つまり、両親の自殺、その娘の失踪の二つが同時に発覚したということになります」

こんなこと滅多にない。そのためか、一同は困惑の表情を浮かべている。よく見るとその中には「何かが引っ掛かって仕方ない」って顔をしている奴が一人いた。

「先輩、寝る間も惜しんで行方不明者捜索の紙まで書く程の人達が、娘の失踪の翌日に自殺なんかするのでしょうか? まだ、一日しか経ってないんですよ? おかしくないですか?」

その発言を聞いた瞬間、辺りがザワつく。ここにいる人達のほとんどが彼女の言うことに合点のいく様子が目にとれる。

「確かに…」

自然にこの言葉が出ていた。

「おい! 自殺ってさっき言ってたじゃないか!? しっかり、調べとけ! …ったく、だから今時の若者は嫌いなんだよ」

川上先輩だけはご立腹のようだ。彼は話があっちこっちに転がるのをひどく嫌う。

「まあまあ、落ち着いて」

話の分かる先輩はこんな感じに場を収めようとするのだが、どうもこの川上先輩はそいうのが苦手らしい。悪い先輩ではないのだが、好きにはなれない。

「なら、この件は捜索継続だな」

このひと声をあげたのは刑事部長の大沢勝治。彼の言葉で場が一度、静まり返る。

「曖昧な状態での捜索打ち切りはあってはならない。そんなんだから、冤罪が生まれるんだ。そして、それに悲しむ人が一次関数的に増えていく。ただそれだけだ。分かったか? 川上くん」

「す…すみません」

刑事部長の予想だにしない一喝によって今後の警察の動きが確定したのだった。流石、刑事部長。この言葉に尽きる。

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「横谷小春」は殺された いわうみ @Ka7ade

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