手がかり

第3話 最初の事件

 九月二十六日

 しゅうちゃんはコップに入った麦茶を俺に出した後、何枚かの紙を机いっぱいに広げた。

「ほれ、これ見てみ?」

その紙には例の事件達がまとめられているようだ。

「こんなのどこで?」

どれもすべて、パソコンのキーボードで丁寧に整理されている。だいぶ作成に時間がかかってそうな代物であった。

「俺が上司に頼んで、お蔵入りになった奴らをかき集めてきたんだ」

「それ大丈夫なのか?」

「大丈夫! お前は心配すんな。すべて俺が責任をとる」

頼もしい限りなのだが、不正に加担しているなら、いい気持ちはしない。だが、本人が大丈夫と言ってるなら大丈夫なのだろう。

「取り敢えずさ、目通してみてよ」 

俺は言われるがままに、それらの隅から隅までをよく確認する。


第一の事件

行方不明日

二◯◯八年九月十五日

発見日

二◯◯九年六月八日

被害者

横谷小春 (当時十二歳)

事件概要

九月十五日十七時頃、小春ちゃんはひとりで塾

へ向かった。しかし、帰宅時間になっても小春

ちゃんが戻ることはなく、同日二十三時頃に家

族が警察へ通報。これから一年足らずして、散

歩中の主婦が横手橋下の茂み内にて小春ちゃん

の遺体を発見する。

死因

頭を強打した際に生じた脳挫傷。頭蓋に陥没骨

折あり。


第二の事件

行方不明日

二◯十一年九月十九日

発見日

二◯十三年一月十二日

被害者

小野麗奈 (当時九歳)

事件概要

九月十九日十五時頃、麗奈ちゃんは近所にある

友人宅へ遊びに行くといい自宅を出る。だが、

四時半の夕焼けチャイムが鳴っても麗奈ちゃん

が自宅に戻ることはなく、心配した母親は麗奈

ちゃんが向かったとされる友人宅を訪ねた。し

かし、麗奈ちゃんが友人宅を訪れていないこと

が判明し、母親が同日十七時頃に警察へ通報。

その後、一年半程の月日が流れ、登山中の男性

が「赤坂山」山中にて白骨遺体を発見した。

死因

不明


第三の事件

行方不明日

二◯十四年九月十四日

発見日

二◯十五年十二月十三日

被害者

天ヶ瀬ひかり (当時十歳)

事件概要

九月十四日十五時頃、家族とキャンプに来てい

たひかりちゃんは場内にある公衆トイレに向か

う。この際、家族の目が届く範囲にあるトイレ

であったため、付き添いはいなかった。しかし

三十分以上経ってもひかるちゃんがトイレから

戻らないため、母親がそのトイレへと向かう。

しかしながら、個室には誰一人として入ってお

らず、唯一多目的トイレの鍵だけが閉まってい

たため、母親が声をかけてみたものの応答はな

かったという。この後、一年ちょっとの月日が

流れ、ひかりちゃんの白骨遺体の一部が尾熊公

園にて発見される。その後、山中のあちこちに

散乱した残りの遺骨の捜索が続いたが、未だに

見つかっていないものもあり。

死因

高所より頭から転落した結果、頸椎損傷を生じ

たと考えられる。頭蓋に複雑骨折も見られた。


第四の事件

行方不明日

二◯十七年九月十八日

発見日

未だに行方不明

被害者

東直美 (当時八歳)

事件概要

九月十九日、直美ちゃんは家族とともに川遊び

に向かう。直美ちゃん一家が向かった河原では

キャンプやBBQもできるらしく、到着した時点

で数十組ほどのグループ、数台の車が目に入っ

た。ソロで来ている人もいた。そして、十八時

頃、そろそろ帰ろうかというところで、ひかり

ちゃんの姿が見えないことに両親は気がつく。

目を離したほんの数分程度の出来事であった。

両親は周りにいたグループに聞き込みを行うも

有力な手がかりは見つからず、ついに二十時半

頃、警察に通報。その後、約百人態勢でひかり

ちゃんの捜索を続けるが、発見には至らなかっ

た。日を追うごとに捜査員数は減少していき、

年始め一月一日にひかりちゃんの捜索は打ち切

られることとなった。


一つ足りない。今回の事件の書類が無い。ここには第一の事件〜第四の事件のものしか無いようだ。

「はい! これが今年起きたお前の学校の事件」

どうやら、もったいぶって出さなかっただけみたいだ。すかさず俺はそれにも目を通す。


行方不明日

二◯二◯年九月二十一日

発見日

未だに行方不明

被害者

茅島心那 (十一歳)

事件概要

どのような過程を経て、姿を消したのかはただいま捜査中。


こう並べてみると、違和感しか感じない。死因が分からないものもあるし、行方不明から発見に至るまで、どの事件も遺体が骨だけになる程の時間が空いている。やはり一番不思議なのは、全ての事件が三年毎に、そしてその年の敬老の日に発生している点である。

「でもやっぱこの事件だけ異質だよな」

しゅうちゃんは小春の事件について書かれた紙を一枚だけ手に取った。

「異質って、何が?」

俺からしたら何が異質であったのかの見当がつかなかったのである。

「ほら、頭蓋に陥没骨折って書いてるっしょ?」

「ああ…それがどうしたんだ? 外傷があったのは小春だけってわけではないしさ」

そう、天ヶ瀬ひかりだって外傷がある。そのため、俺はこの点において、異質なことなど何も無いと思ったのだ。

「陥没骨折って外からの強い衝撃によって骨に穴が開いたかのような骨折を言うんだよ。仮に小春が川に飛び降りて自殺を図ったとするじゃん。そしたらさ、穴というより、なんて言うんだろうな…もっと骨折範囲が広がる気もするだけど。伝わったか?」

しゅうちゃんの言いたいことのだいたいは理解した。まあ要するに、穴が開いた感じの骨折ではなく、もっと全体的に砕けたかのような骨折を生じるのではないかということなのだろう。

「なるほど。理解した。そう言われてみるとそんな気もする」

「だろ?!」

声のトーンが一段上がった。自分の考えた仮説が相手に伝わって相当嬉しいのだろう。

「つまりしゅうちゃんも小春は自殺したってわけではない。そういう考えなんだな」

「そりゃあもちのろんよ!」

しゅうちゃんと考えが一致していたことを今ここで知り、気分が高揚しているのが分かる。シンプルに俺もそれが嬉しかった。

「そういえば、お前仲良かったよな。小春とさ」

「うん」

俺は女友達で一番仲が良かった横谷小春の自殺の話を聞いて目が回る気分だった。「小春が自殺? そんなバカな。そんなはずはない」と自分に言い聞かせていた。しかし、現実はそう甘くはなかった。知らない内に警察の捜査も打ち切られ、クラスのみんなはいつもと同じ生活に戻っていった。そんな中、俺だけは彼女の消えたその日から時間が止まっているように感じたのだ。

「俺も、小春は自殺なんてしてないと思う。彼女にはお前という名の親友がいた。その事実が彼女の支えになっていたはずなんだよ」

「そうなんだよな…。あいつは絶対、自分で死を選ぶはずがない」

彼女が自分で死ぬはずがないのだ。そう、絶対に。

「お前のことを小春がよく話していたのを覚えてるよ。とても、楽しそうだった」

その言葉を聞いて、俺の胸からは悔しさが溢れ出てきた。




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