クママとミノル、旅に出る

第5話


 ミノルはエレンが指したノートに手を伸ばした。ぱらりとページをめくる。

 クママはぴょこぴょこと跳ねたり、ぐいっと首をのばしたりしてそれを覗き見た。

 ミノルはそんなクママに気づいて、

「あ、ごめんごめん」

 しゃがんで、クママにも見やすくなるようにノートの持ち方を変えた。

「それは、地図」

「森の奥、深いところだね」

「んー。こんなに深いところだと、もしも森の入り口で穴に落ちなくても、エレンは途中で困っちゃいそう」

 クママが言うと、

「あっはっはっ! い、いてててて」

 エレンが笑って、痛がった。

「もう……クママ? そんなこと言ったら失礼じゃない?」

「ご、ごめんごめん」

「いいや、クママは悪くないよ。本当のことさ。行くのも帰ってくるのも大変だろうって、分かっていたんだ。だからきっと、初めからクママにマキさんのところに行くように言えばよかったんだよね」

「じゃあ、どうして言ってくれなかったの?」

「それは――」

 エレンが照れ笑いを浮かべた。クママとミノルは、そんなエレンを見つめてきょとん。

「小さい頃は森でよく遊んでいたからかな。だから、またあそこへ行きたいと思ってさ」

「へぇ、そうなんだ。ってことは……エレンとマキさんは、小さいころから仲良しってことだよね? ぼくとミノルみたいに」

「さて、どうかなぁ」

「え? 仲良しじゃないの? てっきり森で一緒に遊んでいたのかと思っちゃった」

「犬猿の仲、ってやつじゃないかな。まぁ、正確には象猿の仲だけど」

 クママとミノルは、顔を見合わせた。言葉にはしないで、心の声で話し合う。

 ――マキさんって、猿なんだね。

 ――そういうことだよね?

「それに、マキさんのところへ行こうとしたら数日かかるから。その間、街のみんながクママのパンを食べられなくなったら、困るだろう?」

 ミノルはクママを見た。なんだか、悲しい顔をしているように見える。

 クママがミノルを見た。ハッとして、顔から〝悲しい〟を消した。今浮かんでいるのは、いつもの笑顔だ。

「エレン! みんなのことまで考えてくれてありがとう!」

「ああ、うん。だけど、結局迷惑をかけちゃった」

「ううん。エレンの気持ち、分かったよ! ぼく、マキさんのところへ行っている間もみんながパンを食べられるように、たくさんたくさん焼いてから出発することにするよ」

「それはいい! けれど、大変じゃないかい?」

「平気、平気! 任せてよ!」

「あたし、手伝う! 学校休んでもいいよ!」

「「それはダメ!」」

 クママとエレンがそろって言った。

「……ちぇっ」

 ミノルは唇を尖らせた。


 それから、クママとミノルはマキさんの家まで行く旅の準備をし始めた。

 いつもよりたくさんパンを焼くために、小麦粉やバター、果物や野菜を多めに注文。

 お休みする分と出された山盛りの宿題を泣きながらやったり、荷物をまとめたり。

「明日はパンをたくさん焼いて」

「みんなに渡して挨拶をして」

「いよいよマキさんの家へ出発だ!」

 ふたりはぱちん、とハイタッチ。


「いらっしゃいませ! おはようございます!」

 クママのパン屋さんが開店すると、街のみんながやってきた。

 たくさん用意したパンが飛ぶように売れて、無くなっていく。

「明日からお休みなんだったかしら?」

「はい! だから今日はたくさん焼いてあります!」

「そうなのね。それじゃあ、旅に出ている間分、いただいていっても構わないってことかしら?」

「はい! もちろんです!」

「焼きたてじゃないのは残念だけど……明日も明後日もクママのパンが食べられるだけで幸せってものよね」

 カピバラのローズさんが微笑んだ。

「そう言ってもらえてうれしいです! あ、お代は今日の分だけで結構ですからね」

「あら。ダメよ、そんなの。ちゃんともらって」

「いえ。ご迷惑をおかけするので」

「そう? それじゃあ、帰ってきたらお土産話を聞かせてね。そのあと、そのお話に対してたっぷりお礼をさせてもらうことにするわ」

「ええ……」

 それってつまり、これから数日分のパンのお代を後で払うってことなんじゃないのかな。ローズさんの心の内はわからないけれど、クママはそう考えた。これまでお店に来てくれたみんなからは、今日の分しかもらっていないし、明日からの分をもらう約束をしていない。ローズさんからだけもらうだなんて、そんなのインチキな気がする。

 どうやって断ろう――?

「そうさせてくれないなら、今日の分だけじゃなく、今日いただく分のお代、全額を今お支払するわ」

「んー……もうっ。ローズさんったら」

 クママは負けました、と言うかのように、両の手をひょいっと上げて笑った。

 ローズさんが譲らないなら、ぼくだって!

 ローズさんが払ってくれると約束してくれたお代に見合ったお土産話を、絶対に準備するんだから!

「わかりました。旅のお話をするとお約束します!」

「ふふふ。楽しみにしているわ。それじゃあ、気をつけて行ってらっしゃい」

「はい! 行ってきます!」


 お昼が過ぎて少ししたころ。クママはお店の看板を〝しばらくたびにでます〟に変えた。これは旅の準備を進めている時、ミノルが「看板どうする?」と言いだして、これは大変! と、急いで作ったものだ。急いで作ったからかな。ピカピカの看板に書かれた文字は、成形し損ねたパンみたいに歪でかわいい。その文字を見ていたら、

「なんだか、急にドキドキしてきちゃった」

 ひとりごつ。

 あたりをキョロキョロ。ミノルはまだ来ない。学校はもう終わっているはず。だからきっと、今は荷物の確認をしているんじゃないかな。

「ぼ、ぼくも準備……は、着替えを入れることくらいしか残っていないんだった。……本当に?」

 不安になってきた。

「か、確認しようっと!」

 クママは急いで家に戻ると、準備しておいたリュックサックをひっくり返した。

「パン、オッケー。タオル、オッケー。おやつもオッケー。お気に入りの毛布もオッケー」

 これがないと眠れないからね。

「あとは、着替えと……あっ! 水筒! 水筒の中に水を入れるの、すっかり忘れてた! あれ、水筒? 水筒、どこにやったっけ?」

 家の中をドタバタと駆けまわる。

「あ、あった! よかったぁ」

 トポポポポと水筒に水を注ぎ入れる。いつもならもう少し落ち着いているような気がするのに。どうして今日に限ってこんなにドタバタしちゃうんだろう。

『クママー!』



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