失われた歴史
賢者ロッソが導く部屋はこれまた大広間であり、見上げる程高い石碑が等間隔で置かれている場所であった。
屋内にも関わらず巨大なものが存在するという事にルリ聖殿の全容の凄まじさをエルクリッド達は感じ言葉を失い、その間にこちらへと賢者ロッソは先に進みある石碑の前へと誘う。
「ここにある石碑はエタリラのあらゆる歴史を記録し、触れればそれを読み取ることができる。エルフの事に関してはこの石碑が刻み込んでいる」
同じ色の石碑が立ち並ぶ中の一つに賢者ロッソが目を向け、エルクリッドが前に出て石碑に触れようとする。と、ある事に気がついて手を引きロッソの方に向いて問いかけた。
「あの……この石碑、欠けてませんか?」
同じ事はノヴァ達も感じたものである。エルフの記録があるという石碑は上半分が綺麗に折られたか切られたように消えており、他の石碑がしっかりと原型を留め状態が良いからこそ不自然さが際立つ。
ひとまずエルクリッドは改めて石碑に触れると、一気に脳裏に情報が流れ込みその勢いに思わず手を引く。
そのまま触れ続けていては膨大すぎる記憶に耐えきれなくなる。だがそれでも知らねばと思い再び手を伸ばし、流れ込む記憶を読み取っていく。
静かに暮らす一族、穏やかに暮らし外界と隔絶された生活を営む。
それは誰もがよく知るエルフの姿であり、知りたい事ではないとエルクリッドが念じるとさらに記録は流れある場面へと変わる。
燃える集落。武器を突き立てられている人間達を引きずり、生き残りも髪を引っ張り一箇所へ集めていくのはエルフ達であった。
その眼差しは汚いものへ向けるような、生命を生命と思わないような眼差し。殺す事も厭わぬ、殺戮者の眼差し。
場面が転換して何処かの古い施設に悲鳴が響き血が飛ぶ。そこでエルクリッドは手を引いて肩で息をしながら戦慄する光景が脳裏に焼きつき、そっとリオに支えられながらも深呼吸を繰り返す。
「今の、は……すごく、嫌なもの……」
途中で見るのをやめたにも関わらず残る光景がある。生きたまま施術をされ異形へと変わり行く人間や動物達、魔物の身体を繋ぎ合わせ何らかの術で癒着させて一体とする、異形へと変わる人間達を見てもエルフ達は顔色一つ変えずにいた。
地獄門の施設でも同じ事がされていたのだろうと思うとただただ寒気がする。そしてそれがエルフという種族の失われた姿であるならば、何故彼らはそこから変わったのかと疑問が浮かぶ。
それについては石碑へと誘った賢者ロッソが自ら語り始めてくれた。エルフという種族の歴史、そこに潜むものを。
「エルフとは火種、創世記よりこの世界の生命を育む者達であった。今エタリラにいる全ての生命はエルフが創り出したものがほとんど……十分に生命が彩りを得た頃から彼らは今の暮らしに至り、その技術の殆どを失った」
生命を育む者。それがあのおぞましい光景なのかと思いつつも、しかしそれが側面的なものとエルクリッドは冷静に分析する。
話を聞くノヴァ達もエルフという種の知られざる側面を聞き入り、ついで、賢者ロッソはエルフの石碑を見上げながらある事を明かす。
「この石碑はご覧のように半分失われている。かつての王の時代……その記録を完全に抹消した為だ」
「誰がそんな事を……?」
「それについても聖殿の全ての記録から失われている。意図的なものというのは察せられるが、そこまでする程に恐ろしいものなのか……あるいは……」
失われた記録があり、その時代の王がかつて復活し世界を震撼させた。そして今もまた静かに復活しようとし、欠片たるエルクリッドは自分の手を見つめぐっと握る。
「ありがとうございます賢者ロッソ様。少しだけ……エルフの事を知れました」
エルクリッドがロッソへ礼を述べる隣でタラゼドも石碑に触れて記録を読み取り、ノヴァも手を触れようとするもそれはタラゼドが阻止してやめといた方が良いですよと優しく伝え、知り過ぎることも良くないと言い聞かせながらノヴァは一歩引く。
さて、と、ロッソは前置きをしつつエルクリッドらの方へ身体を向けると、今起きようとしている事について触れ始めた。
「ネビュラ・メサイアなる輩がかつての王を蘇らせ、エルフの秘術を何処かしらで会得しそれを用いて事を起こそうとしているのは我も感知している。だが、それについて干渉する事を賢者は許されてはいない……それがもたらすものが何であれ、な」
「どうして、ですか?」
「その役目は十二星召達の役目だからだ。何より、このエタリラという世界の動乱はどのようなものであっても世界に変化をもたらす、そこに善悪の境界はない」
淡々と話すロッソの言葉にノヴァはハッとさせられ、エルクリッド達もまた少し考えさせられる。
善悪の境界はない。自然災害がそうであるように、起きる物事でもたらされるものをどう捉えるかで変わると。
それを受けた上で、エルクリッドは目に光を灯し、改めて決意を口にする。
「それでも、あたしはネビュラを止めたい。あたし自身の事もあるけど……今から引き返して、何もしないなんてもうできませんから」
進む覚悟をもってここまで来た。辛く、痛みも伴う道を進み、驚くべき真実の数々は心身を刺し貫く。
だがそれは今までも経験してきたこと。エルクリッドだけではなく、シェダも、リオも、思いは同じ。
強い意思宿る眼差しを持つ者達の姿にわかっているなら良いとロッソは優しく口にし、微かに微笑みを浮かべた。
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