翻弄
静かに影から影へと泳ぐそれを予感したのは陣頭指揮をとっているアヤセであった。侵入防止の為の防御陣に反応はない、関係者以外が入る場合の探知魔法も反応がない、しかしそれがアヤセの警戒心を強めていく。
(既にザキラはここに来ている、となれば……)
直感が確証となり思考を推し進める。それが正しいとは言えない、だがアヤセは己のそれを信じタラゼドに声をかけ判断を下す。
「例の術式の準備と陣頭指揮をお願いします」
「ではザキラは既に?」
「ワタクシの勘では、もう彼女は来ています。しかし、それを客観的に示す事はできないのもまた事実です」
確かな感覚と客観的側面の相反するものがあるとはアヤセ自身が自覚があり、しかしタラゼドは不安の色を浮かべる彼女に行ってくださいと優しく声をかけ背中を押した。
「わたくしがよく知る友人は、自分の心に従って未来を切り拓きました。今、アヤセ様が直感した事に対し動くのであればわたくし達は全力でお支えしますよ」
「……お気遣い感謝いたします」
微笑みながら話すタラゼドに深く頭を下げたアヤセが小走り気味にその場を離れ、見送るタラゼドはすぐに次の手を打つ。
(既に潜入され探知されないという事は、先程の攻撃に魔法陣の阻害をするものが含まれていたということ。攻撃的なやり方をするのは予想外と言えますが、まだ、大丈夫ですね)
状況の分析をしながらタラゼドは両手を合わせ白い光を纏わせ、手を擦り合わせるようにして離すと光が拡散しカゲロウ神社の各所へと飛んでいき、強い光を放ち廊下同士の影をかき消していく。
タラゼドをはじめとする護衛の任務にあたる者達は、ザキラの狙うサラマンダーの牙がカゲロウ神社の何処にあるかまでは把握してはいない。
そしてそれはザキラも同じと言えるものの、彼女が盗みの専門家である事が油断を許さなかった。
ーー
トリスタンが撤退した事でリオは再び警戒態勢となり、引き続きローズも召喚した状態でゆっくり持ち場へ戻りながら未だ興奮状態の水棲魔物達が迫るのを捉え、すぐにカードを抜く。
「ローズ、お願いします」
わかりました、とローズが翼を広げふわっと神社の外へと出た、その刹那、ローズの影からぬるりと姿を現す撞木頭の黒いサメの姿をリオが気づき、次の瞬間に口を開けたサメの口から放たれた何かが身体に絡みつき勢いそのままに柱へ打ち付けられてしまう。
(これは蜘蛛の巣!? カードが、使えない……!)
叩きつけられた衝撃で手にしていたカードを落としただけでなく、粘着質で強靭な蜘蛛の巣がしっかりと身体を固定し身動ぎした程度では切れないとリオは悟る。すぐにローズも異変に気づいて振り返るがその時に既に遅し、真上をとった黒いサメ、影ワニのマリンがザキラを背中に捕まらせ、口の中に潜む大蜘蛛アリアドネのエメラルドが糸の塊をいくつも放ち翼と身体とを固定され、海面へと打ち付けられた。
「噂の戦乙女……美しいけれど、今はそのまま大人しくしてなさい」
ばしっと尾びれでローズを叩き落としながらマリンがカゲロウ神社の廊下に降り立ち、口の中から出てきたエメラルド共々一度カードへ戻しながらザキラは小さく息をつく。
魔物の煽動やトリスタンとヤーロンの攻撃を利用して防陣を崩しつつ侵入経路を確保し、そのままリオを無力化させて侵入を果たす。あまりの手際の良さに盗賊ザキラの恐ろしさを歯を食いしばりながらリオは実感し、見向きもせずに歩き出す彼女を見送るしかできない。
否、駆け抜けるような廊下を走る音にザキラ共々目を向け、その方向からやってくるエルクリッドと
「セレッタ!」
「皆まで言わずとも!」
すぐにエルクリッドの意思を察したセレッタが足下に水を集め作り出し、それを這わせてザキラへと向かわせる。
これにザキラは素早く後退しつつ右手首のカード入れからカードを引き抜き、同時に迫るエルクリッドが握り拳を振りかざし一気に間合いを詰めた。
「言ったでしょう、あたくし、戦いは嫌いなの」
構わず鉄拳を出すエルクリッドにそう言ってザキラは素早く右足を上げてエルクリッドの腕に絡ませ、刹那にぐるんとその場で身体を回すように動きエルクリッドを叩き伏せつつそのまま足で抑え込み、それを見たセレッタはすぐに這わせながら迫らせていた水を一旦止めざるを得なくなる。
「スペル発動、水面の子守唄」
囁くようにカードを発動しそれをザキラが置いた瞬間にエルクリッドは強い睡魔に襲われ、抗おうとするも心地よい波の音が頭の中に木霊しストンと眠りへと誘われる。
同時に意識が消えた事でセレッタも実体維持ができなくなってカードへ戻ってしまい、ふうとため息をついて悠々と去り行くザキラに翻弄された現実にリオは動けずに噛みしめるしかなかった。
NEXT……
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