30話

「じゃあ次は隣町のお寺ね。あそこの境内で幽霊が出たという噂よ」

「まあ、そこなら大丈夫かな。そんなに悪い霊はいないと思うし」

「弥生ちゃんが言うなら安心だね」

「でもまたやばそうなとこに弥生を連れていたい」

「え~!だめだよ!もう危ないとこ行っちゃだめ!」


 教室の隅で3人の小学生は次に行くオカルトスポットの予定を立てる。小学生の行動範囲で、金銭的な理由からも普段は近隣の同年代で噂になってる程度の場所を回る程度だ。


「木曜日は習い事あるから別の日にしてね」

「フルートだっけ、お嬢様なんだから」

「逢里ちゃんの方がお嬢様でしょう。お父さんお医者さんでしょ?全然お嬢様ぽくはないけど」

「なによ!将来はおとーさんみたいな立派なお医者さんになるんだから!」

「はいはい。弥生ちゃんどうしたの?もしかして教室にお化けいる?」

「え?あ、ううん、いないよ大丈夫」

「…秋津さんが気になる?」


 視線の先には、いつも一人で物静かにしているクラスメイト、秋津音色の姿があった。


「…え、えっと」

「秋津さん、可哀そうだよね。お家が結構大変らしいよ。お母さんがしょっちゅう彼氏と遊びに行ってるらしいとか、お父さんのDVがあるとか。噂だけど、本当なら可哀そうだよね」

「…うん」


 2人の様子を見て、リーダー格の少女は決断を下す。


「よし、次は秋津さんも一緒に連れて行こう!」

「いいじゃん!」

「来てくれるかな。それにクロエちゃんにも聞いてみないと」

「どうせ良いって言うでしょ。なんなら言わなくていい」

「よし!弥生ちゃん、GO!」

「ええ!?」

「弥生が言い出したんじゃない」

「そうそう」

「何にも言ってないよ!?」

「顔に書いてあった。秋津さんを誘いたい、一緒にいてあげたいって。」

「うう、いってきます」



「あ、秋津さん、よかったら、今度一緒に遊びに行かない?あ、遊びにって言っても、街に出かけるとか、そういうのじゃないんだけど…。とにかく一緒に来ない?」

「ナンパ下手くそすぎる」

「逢里ちゃんがやってよ!」




 ***




「久しぶりね結菜」

「ど…どちら様?」


 約4年ぶりの再会は、仲良しの女子高生同士のテンションとは程遠く、緊張感が張り詰めたものとなった。


「この逢里さまを忘れたとは言わせないわよ」


 逢里と名乗る女子高生はおもむろに右手で相手の左腕を掴む。


「知らない!人違いじゃない!?」

「目線が泳いでる。脈も速くなったし、体温が上がった。嘘つこうとしている人間は大体こういう反応を示すわ」


 振り解かれないよう、がっしりと掴まれる。


「力の差があるから振りほどけないわよ。私とアンタのじゃない、憑りついてる怪異の力の差よ。私に憑いているのは怪異というよりちょっとした神様みたいなものらしいから。アンタを蝕む邪気を祓ってやる」

「放して!放してったら!」

「無駄よ。良い子にしてなさい」

「…どうなってもしらないから。戻って来て!スキミング!!」

「それが憑いている怪異の名前?戻ってくる前にアンタを浄化してやる。」


 必死に抵抗するも、両腕を掴まれ向かい合わせになる。


「痛い!放して!」

「もう物理的な力はそんなに込めてないわよ。やっぱり邪悪な力に支配されてるのね。昔のアンタは、他人の噂話を、秘密を、悪用するような奴じゃなかったじゃん。違う?」

「は、はなして…」


 抵抗する力が弱まってきたとほぼ同時に、あたりの空気が冷たくなる。日が陰ってきたのとも違う、霊的なものが近くにいる時に感じる冷たさだった。


「…あれが『スキミング』?なるほど確かに情報通りイタチっぽい。Scheming Weaselというわけね。予想ではイイズナだったけど、見分けつかないし同じようなものか」

「見える…の?」

「イイズナとかは術者本人にしか見えないらしいけど、私は見えるみたいね。象さんの力はかなりのものね」


 イタチのような小さな獣は、飛んだり跳ねたりしながら少しずつ2人への距離を縮める。冷たい冷気が周りに立ち込める。


「へえ、ホントにイタチって狩りの時に踊るんだ。殺るき満々じゃん」

「…て」

「何て?悪いけどアイツを捕まえて、またあん時の儀式をやり直すんだから。そんで弥生を…」

「助けて」


 弱々しいながら、帆井逢里へ向かってはっきりと口にした。今度は目線を逸らさずに。


「逢里ちゃん、助けて!」

「…オッケー任せな!」


 小さな黄色い獣は冷たい空気の刃とともに2人へ飛び掛かる。




 ***




 私たちはクロエ先輩から別動隊のとっていた作戦を聞きながら、小さな獣が向かったであろう場所へ向かっていた。獣の臭いを覚えたフレスマリ達の『はい』『いいえ』とを頼りに、道を進む。


「じゃあ翠ちゃんから逢里さんへ連絡したんですか?」

「ええ。結菜から見て、極力関係性のない人物が行動をした方が、こちらの行動を読まれにくいと思って」

「いつも見ていたオカルトサイトの運営が、まさかその逢里さんだったとは驚きましたが、おかげでそのサイトを使ってメッセージを送りました。縦読みとかも使って、極力無関係を装って!」

「二手に分かれて結菜を探す作戦を伝えてたけど、実際は3つに分かれて、逢里は単独行動をとっていたのよ」

「クロエ先輩と翠ちゃんだけでいたんですか!?危ないですよ!」

「実際アタシ達は襲われるし、真夜ちゃんの言う通りだよ。クロエたんにしては無謀じゃない?」

「翠がたぶん大丈夫だからって」


 翠ちゃんは自信満々に続ける。


「幽霊の石水さんが言っていたという情報から、その子に憑いているのは『イイズナ』もしくは『管狐』と呼ばれる類のものと予想しました。実際、霊感のある人にも見えなかったことから、術者以外には見えないとされるそれらの特徴に合います」

「イタチ科って、臭いらしいわね。だからドッペルゲンガーやそのキツネモドキも幽霊についた匂いに反応していたのよ、きっと」

『え、私臭いますか…?』

「あと、とってもずる賢いです。だから逢里さんに憑いてる白い象は避けるんじゃないかと。聞くにすごい強い霊力があるようですし、なんたって白い象なんてほぼ神様仏様か、その使いじゃないですか!だから逢里さんと一緒に行動していると思われている私達の方には来ないと踏んで、初めから逢里さんには単独行動で結菜さんを追ってもらいました」

「アタシらは舐められたってことか」

「実際負けちゃったよ」

「ともかく、うまくいっていれば憑き物のいない状態で結菜さんと逢里さんが会えているはずです」


 怪異たちの案内のもと、私達はとある楽器屋の前に出た。そこには女子高生が2人いた。


「お、全員集合ね」


 帆井逢里さんは誇らしげに、指や手のひらの切り傷から血の滴る右手をこちらに掲げている。傷口はほぼふさがっているようだが、なんとも痛々しい。何かを握っているようにも見えるがやはり見えない。


「見えないけど、どうやらうまくいったようね」

「やっぱり見えないの?やっぱりイイズナっぽいわよ、翠の予想通り」


 オカルトサイト主に褒められまんざらでもなさそうな翠ちゃん。今まで霊感のないことひけめに感じ、何とか役に立ちたいと思っていたみたいだからうれしいのだろう。そんなの感じる必要ないのに。霊感のある私たちを普通に受け入れてくれてることがどれだけありがたいか。


「じゃあ同窓会兼ねてどこかよってこうよ。もちろん緑と真夜も一緒で。この辺詳しくないからさ、案内してよ結菜」


 逢里さん隣にいた人が、最後の一人、新座結菜さんだ。新座さんは逢里さんの提案に小さく頷いてから、私たちの方へ会釈した。




 ***




 ちょっとした女子会がお開きになり、皆それぞれの帰路に着いた。私と音色ちゃんは駅からの帰り道、冬の寒空の下並んで歩いていた。


「それでね、結菜さんも私が弥生さんに雰囲気似てるって言ったら、逢里さんは『全然違う。アンタ達の中の弥生は小学生で止まってるから。今の弥生はおっぱいあるから』だって!そりゃあこっちはないけどさ…。逢里さん美人さんで偏差値高くてちょっとカッコよかったのに、中身はセクハラおじかあ…」

「2人とも似てるよ。優しいところ」


 音色ちゃんは私の話を聞いてはいたが、どこか遠くを見ているような、そんな目だ。


「…音色ちゃん?」

「まあ皆いい子だったけど。結菜も石水さんから聞いていたのとは違う、昔と変わらない雰囲気だったし。フルートに怪異を詰めて逢里が預かっているし、もう平気だろうね」

「音色ちゃん、昔のこと思い出してる?頭痛とか、体調大丈夫なの?」

「結菜と会ったときちょっとあったけど、気を失ったり、倒れたりするようなほどじゃ全然なかった。今思えば、昔のことを思い出すたびに症状は弱くなってたと思う」

「そっか、よかった」

「そういえばこの辺だよね。アタシが初めて真夜ちゃんに声かけたの」


 私たちはとうに葉の落ちた桜並木にさしかかった。


「いつも帰りに通ってるよ」

「そうなんだけどさ、なんか思い出しちゃった」


 そう言って私を見る音色ちゃんの目は、嘘ではなかったろうけれど、他に本当に言いたいことがありそうだった。


「…大丈夫だよ!ここまで来たんだから、あと一息、全部うまくいくよ!」

「うん、そうだね」


 何が言いたいかくみ取れるほど、私はまだまだコミュ力が鍛えられていないので、とりあえず自分の言いたいと思ったことを言ったのだった。

 音色ちゃんの目は少し穏やかな表情になったので、間違いではなかったと思う。

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