29話

「本当に、新座結菜で間違いないのね?」

『ええ、自分で下調べもしました。間違いないです。まさか皆さんとお知り合いだったとは』

「アタシは全部は思い出せてないけど、クロエちゃんや逢里ちゃんが、かつてこっくりさんを一緒にやったのはその子だろうって。獣の怪異を連れているなら、アタシ達と同じ境遇にいるのなら、もうその子で決まりね」


 私たちは石水さんの依頼で、奇しくも探していた最後の一人である新座結菜さんに会いに、彼女の通う高校の近くに来ていた。メンバーは私と音色ちゃん、そしてクロエ先輩…ではなく。


『狸さんも来ていることですし、やはり縁を感じているのでしょうね』


 クロエ先輩へ化けたドッペルゲンガー、石水さんのいうところの狸の怪異もついてきていた。


「普段は高校の敷地内や、クロエ先輩の活動範囲にいるみたいなんだけど。」

『狐さんもですが、私のにおいを気にしてましたし、私に付いたあの獣のにおいが気になってるんじゃないでしょうか。』

「同じコックリさんで呼び出された仲間である可能性は高そうね」


 元々ドッペルゲンガーは戦力に入れていなかったから、来てくれたのは正直ありがたい。もし石水さんの言うように、新座結菜さんと一緒にいる怪異が危険な存在だとしたら。




 ***




『ということで、その女子高生と怪異を何とかしてほしいんです』

「そんなこと言って、アタシ達とその子をぶつけて、邪魔者を一掃してやろうなんてこと考えてるんじゃないでしょうね」


 音色ちゃんは石水さんに裏があるのではと詰め寄る。石水さんの話では、彼女の母校に通う女子高生に問題があるというのだ。小さな獣の怪異を連れていて、おそらくその獣の力を使い他人の秘密を暴いているのだとか。ただ秘密を暴くだけなら、コックリさんの延長でしかないだろう。問題は暴いた秘密を悪用して脅したり、他人へアドバイスするふりをして破滅へ追い込んだりしているというのだ。


「音色の言うような、あんたが何か企んでいるのではないにしろ、あんたの母校のことでしょう。自分でどうにかしたら?」

『どうにかできればよかったですけどね。試しにその獣に人影を嗾けて勝負を仕掛けたんですよ』

「…ああ、あの黒い影のことね」

『あっという間にやられちゃいまして』

「怨霊を祓ってくれるならいいんじゃない?」

『あれは邪悪ですよ!イカれたイタチ科のような獣でした!どうにかやっつけた方がいいですよ!』


 以前私や音色ちゃんに襲い掛かってきた黒い人影達をあっさり倒してしまったというのであれば、かなり強い怪異なのだろう。フレスマリが本調子でなかったにしろ、フレスマリと蒼美の2体の怪異で互角くらいだったのだから。


「ねえ音色ちゃん、その子に会ってみるだけでもいいから行ってみない?翠ちゃんの言うように何か惹かれ合っているのだとしたら、その子こそ、探していた子かもしれないよ?」

「そんな都合のいいこと…。ねえ、その子、新座結菜とか言う名前じゃないでしょうね」

『え、そうですけど』




 ***




「来ないわね。本当にこの道なの?」


 私と音色ちゃんが待ち受ける道にはいっこうにそれらしき人物は現れない。


『今日は部活がないのは調べがついているのですが。部活がない日はまっすぐ家に帰っているようなので、ここを通るはずなんですが』

「獣の怪異が強いっていうから言うこと聞いて戦力になるフレスマリや蒼美を連れてきて、戦力外の人間は別行動にしたけのは良いけど、こっちの怪異の気配が強くなって感づかれたんじゃ…。」

「確かに、ドッペルゲンガーもついてきたからね。石水さんの話が事実なら、その獣は精度の高いコックリさんなわけだし。」


 冬の寒空の中、冷たい風が吹き身を縮める。白い息が昇る。音色ちゃんもポケットに手を入れる。怪異たちは寒さとか感じないのだろう。普段は呼吸をしているような、していないようなそぶりはあるが寒くとも白い息は見えない。フレスマリなんかは、見た目だけなら耳も尻尾もふさふさで温かそうだ。生前と同じ制服姿の石水さんのは、冬服とはいえコートも着ずにいるものの平気そうだ。

 ドッペルゲンガーと言えば、見た目はクロエ先輩の制服姿をしているが石水さん同様コートも着ずにいる。寒さを感じないから、一度化けた姿から気温に応じて変化させる発想がないのだろう。私たちに合わせる発想とかもないのだろう…とドッペルゲンガーを見ていた時だった。


 ザクッ


 一瞬だった。ドッペルゲンガーはふくらはぎから血しぶきを飛ばし、膝をついた。同時に足元を風向きとは逆方向から冷たい風が通り過ぎるのを感じた。


「えっちょっと!?大丈夫!?」

「真夜ちゃん、蒼美を!蒼美を出して!フレスマリも出てきて!」


 私はバッグから連れてきていた蒼美を出す。蒼美はすでにイバラを伸ばして警戒している。フレスマリも臨戦態勢といった様子で、何かを目で追うように視線をせわしなく動かしている。


『そこです、そこ!二人とも見えてないんですか!?』


 石水さんは何もない虚無を必死に指を差している。視線を移すと、前方から冷たい突風に襲われる。バランスを崩し勢いよくしりもちをつく。


「真夜ちゃん!大丈夫!?」

「痛た…大丈夫、しりもち着いただけ」

「でも、手から血が!」


 言われて見ると右手の甲が血塗れで、袖にも切り裂かれたような跡がある。周りを見ると切り刻まれた蒼いイバラが散らばっている。


「だ、大丈夫みたい。ちょっと痛いけど、もう血は止まっているみたい。蒼美が庇ってくれたみたいだし」

『秋津さん!そっち狙われてますよ!』


 再び突風が吹く。フレスマリが風に向かって爪を立てるが、力負けし後方へ飛ばされる。


「痛っ!」


 音色ちゃんの膝から血が流れる。膝を抱えその場にしゃがみこむ。


「全然姿が見えない。攻撃からしたら鎌鼬みたいだけど…」

『だからイカれたイタチだって言ったじゃないですか!生身の人間には見えてないんですか!?霊感あっても!?…次は私の番ですか。ゆ、幽霊も切られると痛いんですかね…?』


 石水さんは見えない何かに身構え、しばらく感じたことのない痛みに恐怖する。そして…。


『あっ逃げた…。ふう、命拾いしました』

「とうに落としてしまったでしょうに」


 若干不謹慎とも思えるツッコミをしながら、別行動をしていたはずのクロエ先輩が現れる。


「あれクロエたん?翠ちゃんまで。別行動だったんじゃ?」

「敵を騙すにはなんとやらよ」

「相手は怪異で、しかも予想が正しければかなり厄介です。でもこの様子では上手くいったみたいですね」

「あとは、命にかかわるようなことになれば救急車を呼べる人がいないとね。まあ今回は命に別状はなさそうね。ほら手当てしてあげるから。さっき習ってきたのよ」




 ***




 その女子高生は普段とは違う道から下校していた。たまにはこういうのも、新たな発見があっていいものだ。


(こんなところに楽器屋さんあったんだ)


 フルート奏者である彼女は、リードを必要とする楽器を使う同級生の付き合い以外で楽器屋に足を運ぶことはあまりなかった。依然高い買い物をしたのも、小学生の時以来だ。あれは今使っているフルートを買った時だった。当時使っていたものに怪異が住み着いてから、それを吹く気にならず両親に頼み込んで買い替えてもらったのだ。今では怪異が住み着くものと、自分で吹く用のものの2本持ち歩いている。


(2本目もだいぶ使ってるから新しいのに買い換えたいけど、次は自分の稼ぎで買うよう言われちゃったしなあ…。帰ってきたらあの仔に何かいい案があるか聞いてみるか。)


 ガラス窓から楽器屋の中の様子を伺いながら、初代フルートに住み着く怪異の帰りを待つ。


(今頃、音色ちゃん達とバトルしてるんかな。あの仔かなり強いみたいだし、怖い思いすれば諦めてくれるでしょ。それに向こうの怪異を殺してしまえば、もう儀式はできなくなるかもだし。そうすればあの便利な仔をとられなくて済むもんね。)


「あんなことして、人が死ぬかもしれないわよ」


(そんなの、自業自得じゃない。この結菜の人生の邪魔をするなら、昔の友達がどうなろうったって…)


 その時目の前のガラスに邪悪な笑みが写り、思わず1歩引いた。女子高生自身の顔が、まるで怪異の類のように思えた。ガラスには笑みは消え、青ざめる自身が写っている。


「脅かしてしまって悪かったわ。久しぶりね結菜」


 ガラスに映っていたのはその女子高生だけではなかった。1歩引いたことで、左後ろにいた人物が目に入った。同年代の女子高生に見える。別の高校の制服だ。


「ど…どちら様?」


 振り向きながら『どうして』と言いかけ、何とか別の台詞を絞り出す。さっきのは自問自答してたのではない。目の前の彼女が発していたのだ。


「とぼけないで。この帆井逢里さまを忘れたとは言わせないわよ」

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