11話

 副会長はアタシの呼び出したコックリさんフレスマリを見上げる。間違いなく見えている。それに今、『思い出した』といった。


「お、思い出したって、副会長コレが見えるんですか?知ってるの?まさか…。」

「無理もないわね、あたしだいぶ変わったと思うし。でもあんたもだいぶ変わったわよ。昔、逢里アイリたちといた時と比べるとね。全然気が付かなかった。その化け物を見て、たった今思い出したんだもの。」

「じゃあ、この高校に通っている、あの時一緒にコックリさんをやった友達は副会長ってこと!?そうなのフレスマリ!?」


『はい』


 道理で全てのクラスに聞いて周っても見つからないわけだ。全てのクラスとは1年生の全てのクラスだったからだ。一緒にコックリさんの儀式をした中に上級生がいる可能性を考慮していなかった。


「化け物との関係はそこそこ良好といったところかしら。」


 副会長はフレスマリに恐怖も驚愕も、何も感じないのだろうか。相変わらず淡々としている。

 そんな副会長を見ていても、今だ自分は思い出せないでいる。副会長と友達であったという当時の記憶を。


「副会長思い出したって言ったよね。全部わかるの!?コックリさんを一緒にやったほかの子たちもわかるの!?『アイリ』って子がそうなの!?」

「落ち着きなさい。」

「アタシ記憶がないの!小学5年生より前の、コックリさんをやる前の!多分コックリさんをやったせいで記憶を取られたんだ。だから当時のこと知りたい!他の子が無事か確かめたくてそれでコイツも利用していろいろ聞いて周ったりして…。」

「そう。」


 アタシはまだ思い出せないせいで、感動の再会といった感覚はない。でも、当時のことを聞けばアタシも思い出すかもしれないし、何より情報が欲しい。当時コックリさんを一緒にやった友達が全員判明するかもしれない。当時の秋津音色アタシのことも教えてほしい。

 しかし、思い出したという副会長も再会に喜ぶそぶりは全くない。初対面の時と大差ないふるまいである。


「まずは何とかしてこの空間から脱出しましょう。思い出話はそれからゆっくりしたらいい。とりあえずもう一回さっきのトイレを見てくるわね。」


 副会長はスタスタと、この異界への入り口があったと思われるトイレへと向かった。

 こんなものなのだろうか。久しぶりに旧友と会えたというのにずいぶんそっけない。今のあの人は誰に対してもそうだから?それともアタシに会いたくなかった?やっぱりアタシが儀式を滅茶苦茶にしてしまったせいで、皆にも何か不幸が降りかかってしまった?


「あ、待って下さい副会長、アタシも行きます!」


 考え事をしている間にも歩を進める彼女を追いかける。


「確かに互いに1人でいるのはよくなかったわ。何が起こるかわからないものね。そのキツネモドキも何かに役立つかもしれないし。ああそれと…。」


 副会長は立ち止まりこちらに振り向いた。


「まだ同じ高校でであった初対面の生徒としても、ちゃんと名乗ってなかったわね。名前を聞けば思い出すかも。最近は名乗らなくても、名前覚えられてなくても副会長って呼ばれるから、それで済んでいたものよ。ちゃんと名乗るのをサボっていたわ。気が利かない先輩でごめんなさいね。」



信楽しがらきクロエです、よろしく。」



 ***



 結局、私と蝉川さんは音色ちゃんを見つけられず、行き違いになっていることを期待してまた生徒会室へ戻ることにした。しかし期待とは裏腹に生徒会の先輩がいるのみだ。


「おう、君たちか。秋津ならさっきここに来てたぞ。二人はいないこと伝えたら出てったけど、会えてないのか?」

「ええ!?いつの間に。携帯で連絡くらいしてくれればいいのに。ちなみに副会長さんはお戻りでない?」

「それが先生から信楽は帰ったって知らされてさあ。体調悪いって。のどが痛くて声でないとか。」

「そうでしたか、それは残念。朝の挨拶運動では元気そうでしたのに。」

「もう生徒会室閉めるぞ。」


 本当に、いつの間に帰ったのだろう。入れ違いにしたって、何の連絡もなしに彼女が帰ってしまったことに違和感があった。


「副会長さんにはまた今度の機会に聞いてみましょう。秋津さんも帰っちゃったのでしょうか。」

「連絡もせず帰らないと思うんだけどな。」


 先輩が生徒会室のカギ閉めている間ももやもやとし気分で、何気なく近くの女子トイレの方に目を向ける。

 その時、トイレから出てくる人影があった。


「音色ちゃん!」

「あ、秋津さん!どこにいたんですか、最初そこのトイレ見た時いなかったのに!また入ってたんですか!?」

「うん。」


 生徒会室の近くの女子トイレから、音色ちゃんが出てきたのだ。副会長さんといい、音色ちゃんも体調がよくないのだろうか。新生活が始まりしばらく経つし、明るく振舞っていても疲労がたまっているのかもしれない。


「じゃあ帰りましょう。副会長さんには会えなかったのでまた今度ドッペルゲンガーについて教えてもらいます。では先輩、申請書よろしくお願いします。」

「音色ちゃんも帰ろう。どうしたの、調子悪かったの?」


 蝉川さんが1階の下駄箱へ向かおうと階段に向かう。しかし音色ちゃんは微動だにもせず私を見つめていた。どうしたの、私の顔なんて何にも面白いことないでしょう。なんだかずいぶんニッコニコですが、そんなに愉快な顔面でしょうか。あなたは相変わらず整ってますなあ。

 すると音色ちゃんはおもむろに私の腕をつかみ再びトイレに入るではないか。あまりに唐突な、『不思議ちゃん』の不思議な行動に抵抗できず、なすすべなく洗面台の前に連れてこられてしまった。


「え、またトイレ?」

「うん。」

「えー、私は別にいいんだけど。外で待ってていい?」

「ううん。」


 まさかの拒否。さっきからどうも変だ。そんなにトイレ好きか?それにトイレに入ったきり別に用を足すでもなく私の方を見ているだけ。


「用がないなら帰ろうよ。」

「…。」

「それとも何かある?」

「うん。」


 今日の音色ちゃんは妙に頑固だ。これはてこでも動かないだろう。それになんだか、既視感というか、こういうやり取り最近多かったような。

 頑固者は今度は洗面台の鏡へ視線を一瞬移す。そして私の方へ視線を戻すと、一枚のメモ用紙を渡してきた。ずいぶんきれいな文字でメモが書かれていた。


「え、これ本当?いや、いいけど。でもその前に…。」




 ***




 2人の女子高生がトイレから出てきたのは5分だっただろうか、10分だっただろうか。待っている人間には永遠に感じた。そもそも待ってていいものか、このまま2人きりにした方がよいのか決めあぐねていた。


「あ、蝉川さんいた。ごめんね待ったよね。」

「いや、いいんです。むしろ帰っちゃった方がよかったですかね。」

「うん。」

「ちょっと!こ…音色ちゃん!」

「そうですよね~、いや、お邪魔無視ですみません。」

「だから違います!」


 他愛もないやり取りを済ませ、3人の女子高生は帰路に着いた。

 自転車通学の1人が先に分かれ、残り2人は分かれ道にて立ち止まる。


「それじゃあ、ここで待ってて。」

「…。」

「自分で提案してなんけど、確証はないの。でも、力になってくれると思う。」

「…。」


 女子高生は1人、不気味に口角を上げて見送るを背に、足早に自宅へ向かった。




 ***




「あ、真夜ちゃん!」


 トイレに戻り中を確認しているさなか、わずかだが洗面台の鏡から真夜ちゃんの声がした。アタシは必死に鏡に向かって呼びかける。


「急にどうしたのよ。」

「今友達の声が聞こえたんです。アタシを呼んでた。きっと近くにいる!」

「そう。アタシは何も。あんたの方が霊感が強い、ということなのかしら。あたしドッペルゲンガーが近くにる時の方が化け物がよく見えるの。でもそこのキツネモドキは見えてるのよね。自分が召喚した儀式にかかわっているからかしら。」


 冷静に分析する副会長・信楽クロエをよそに、鏡に近づき凝視する。するとそこにはアタシが写っていた。鏡だから当然なのだが明らかにおかしい。アタシは鏡を見ているはずなのに、鏡の中のアタシは真横を向いているのだ。視線の先には…。


「真夜ちゃん!アタシここにいるよ!真夜ちゃーん!こらー気づけー!陰キャ!ひんぬー!」


 鏡に映る友達の名を連呼するも、こちらの呼びかけに反応したのはの方だった。ゆっくりとこちらを向いたではないか。まさか鏡の中にアタシのドッペルゲンガーがいたとは。いや今鏡の中にいるのはアタシか。

 そのままドッペルゲンガーは視線を戻し、何やら2人でやり取りした後トイレを出て行ってしまった。追いかけようにも、鏡をすり抜けたりはできそうもなかった。


「ちょっと、そいつは偽物!置いていくなー!ねえフレスマリ、あんたは向こう行ける!?」

『いいえ』


 この前はイバラの異界には入り込めたが、鏡の異界は勝手が違うということだろうか。鏡を見つめているが表情は相変わらず長い前髪で見えない。

 それにしてもアタシのドッペルゲンガーまで現れるなんて、どうなっているんだ。ヤツが今回の犯人だろうか。


「ちなみに、さっきのアタシのドッペルゲンガー?が鏡の異界にあたしたちを連れ込んだのかしら。」

『いいえ』


 フレスマリ曰く冤罪らしい。ではこの鏡自体が犯人で間違いなさそうか。


「鏡が入り口であってる?」

『はい』

「鏡が怪異そのものってこと?」

『いいえ』


 鑑はあくまでも入り口で、真犯人がどこかにいるということのようだ。ここの鏡を現状通れないとなると、どこかにいるであろう真犯人を探し出すのがよいだろうか。


「あたしからもひとついいかしら。その音色のドッペルゲンガー、あたしのドッペルゲンガーと関係あったりするのかしら?」

『…。』

「この場合は黙秘かしら、それとも単に分からないということかしら。」


 今までの経験上フレスマリが答えないときは、分からないという意思表示だ。自身が分かること、教えられることには素直に返答する。ということはさっきのは副会長のドッペルゲンガーと同類、なんなら同一人物という可能性も…。


「なら、そもそもドッペルゲンガーという呼称は間違っていたのかもしれないわね。」

「人に自在に化けることのできる別の妖怪の類ってこと?でも、真夜ちゃんも全然気づいてなかったみたい。」

「その子も霊感が強いの?」

「あっ。」


 しまった。まだ本人に確認を取っていないのにほぼばらす形になってしまった。うまくごまかせる相手ではなさそうだ。


「あ、あの~本人は霊感あるの知られたくないから、今のは聞かなかったことに。」

「霊感ある人も、そこのキツネモドキみたいな化け物さえも、皆を化かせるような大物ということかしら。でもアイツは人に危害は与えることはこれまでなかったはずだから、お友達のことは心配しなくても大丈夫よ。」


 今確認したいのはそういうことではなく。いや真夜ちゃんが無事である可能性が高いならいいけど。


「アイツが首を突っ込んでいるなら、ここはおとなしく待っているのもありかもね。アイツ縄張り意識が強いのか、他の化け物を…。」


 このトイレで待っていろと。やれやれ、こちらのなんだかかみ合わない旧友と思しき先輩と、閉じた質問にしか返してくれない怪異と、オカルト美少女の3人でか。

 そんな気長に待っていていいのだろうか。人のことを言えた義理ではないが、怪異をあてにしていて大丈夫だろうかと思いつつ、急に話がと切れたのでどうしたのかと振り返る。


 しかしそこに副会長の姿はなかった。

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