霊感少女と付き合った結果…

アガラちゃん

第1話 霊感少女から告白された結果

柊蒼一ひいらぎそういちくん……ですか?」


 友達の飯田いいだとくだらない事を言い合っていたいつもの下校時。


 いつものルーティーンに無い事が起きた。


 緑のネクタイをしたブレザーの女子校生……俺と同じ、2年生の女子か。

 だがクラスは違う……黒髪のロング。やや吊り目気味のミステリアスな美貌の彼女に、俺は見覚えはなかった。


 ――そうですけど?


 思わず敬語が飛び出した。とりあえず知らない人には敬語。悲しい習性ではある。


 しかし、目の前の彼女が発する二の句はさらにありえない一言であった。


「わたしと――付き合って欲しいんです!」


 ――は?


 は?


 はあ?


 なんで?


 見ず知らずの俺に――いきなり? はあ?


 顔を赤らめる彼女の告白に対し、俺は戸惑うだけだった。


 隣の友人の飯田は――


「うおっ! マジか!! こんな美人から告白!? マジありえねーっ……ってかホントにコイツでいいのキミ!? もっといい男がいるって例えば俺とか!?」


 おいコラ。


「あの……どうで、しょうか?」


 …………


 ぶっちゃけ……飯田の言う通り、目の前の彼女はかなりの美人だ。


 俺みたいなのとはとても釣り合いが取れないレベルなんだが……これマジか? マジでイエスって言っていいのか……?


「あの……」


 困り顔の彼女。そんな様子も可愛くて……俺は。


 ――こちらこそ、よろしくお願いします。


 そう言った。


 いままで一度も女子と付き合ったことの無い非モテの願望を全て込めてそう言った。


 すると――彼女はクールな第一印象とは異なり、ぱあっと暖色系の豆電球のような、明るい笑顔を見せた。


「ほんと!? じゃあ今日から彼女と彼氏ってこと!? じゃ、じゃあ……わたし、式見海夕しきみみゆ、って言います……よろしく、ね?」


 緊張でこわばるぎこちない笑顔。


 俺も――ぎこちなく笑い、握手を交した。


 そう、わざわざ握手。


 ロマンチックの欠片も無い、ガチガチに緊張して強ばった末の愚行。


 正直やらかしたと思った。普通ならこの段階で相手は冷める。


 けれど彼女は――


「……ふふ」


 笑った。


 笑ってくれた。


 「ふつつか者だと思うけど、よろしくね、ソウくん」


 いきなりあだ名。


 なんだかこそばゆい感はあるけど……でもいい。


 目の前の、まるで借りてきた猫のようにソワソワしてる彼女は……本気で可愛かった。


 だからその時は本気で思ったんだ。ここが俺の人生の最高潮だと。


 こんな可愛い娘と付き合えるなんて夢のような話だと思った。


 そして


 彼女と付き合って三日後、俺は重大な決断を下すことになった。



◆◆◆



 ――別れよう。


「な、なんで!? どうして!? わたしなんかした!?」


 そう言う海夕に、俺はため息と共に理由を吐いた。


 ――お前からの告白をOKした初日、なにがあったか覚えてるか?


「え、ええと? 確かソウくんがご飯おごるって――ラーメン屋だったけど」


 そこはすまん。他に飯食えるとこ知らなかったし、10月なのに最近やたら寒いからつい――ってそんなことはどうでもいい。


 ――奥の席にさ、なんか“いる”とか言って、店に入るなり出ていこうとしただろ?


「ああ、あれね! びっくりしたよねー普通の霊とは違うのよ。最初は一人の死霊しりょうの影かと思ったら、次々人の顔の影が壁一面にブワーっと広がってさー」


 …………


 ――その次の日のこと覚えてるか? 学校終わりに一緒に帰ろうって時に。


「えーっと……あれのこと? 途中で道引き返そうって言った時のやつ? あれ本当に危ないヤツだったんだよ? 炎みたいにらめいているでっかい赤い顔が見えさ……

 あの辺よく自動車事故が起こるじゃん? たぶん……仲間を呼んでるんだろうね。あれが」


 …………


――昨日なにがあったか覚えてるよな? カラオケ屋に行こうって流れになった後でさ。


「ああ……うん。カラオケ屋の前にさ。いたんだよね。“鈴の女”がさ。(くるしいよね。くるおしいよね)っていいながらさ、鈴を鳴らすと……誰かの魂が釣られる。あいつ、弱ってる人を連れて行く奴だからさ。

 あの後、カラオケ屋で自殺未遂した人が出て事件になったでしょ? だからわたし――」


 ――もうウンザリなんだよ。


「えっ?」


 ――霊だのなんだのって馬鹿馬鹿しい――ユーレイとかいるわけねえだろ!


 これまで我慢してきた事を言った。ぶちまけてやった。


 そう。これが別れを決断した最大の理由。


 彼女は――式見海夕は、いわゆる霊感持ちとかいう人種だったのだ。


 対して俺は――そういうオカルト系は全く信じていない。むしろ真剣に信じたり語ったりしてる奴を心の底から軽蔑する。俺はそういうタイプだったのだ。


「え!? で、でも……それは初日にいったじゃん! それで、それでソウくんはそれでも良いって言ったし、自分は全く理解できないけどわたしの考えとかは否定しないよって、そう言ってくれたじゃん!!」


 確かに言った……オバケなんざ信じてないが、だからといって誰かが真剣に信じたり見たりしているものを馬鹿にするつもりも、否定することもしないと。

 

 だからお互い理解しようと。俺は見えないしだから信じられない人間だと。そして海夕は見えるし信じている人間だと、認める。お互いをそういうヤツなんだと理解して認めようと。


 そう言った。


 正直カッコつけてそう言った。俺めっちゃ大人っぽいじゃんとか思いつつ言った。


 そして……世の中にはカッコよく上手くいくことはそうそうない事も知った。知識として理解することと感触として理解することは雲泥うんでいの差があることも。


 ……制服のボタンがちがっていることを理解しつつ、それを一生そのままにしなければいけない。そんな気持ちの悪さを飲み込む度量どりょうは――俺にはなかった。


 ――ごめん。マジで。もう限界だから。


「え……わ、わたしが霊がいるー! とか言うのが悪かった!? じゃ、じゃあわたしこれからそういこと絶対言わない! から!」


 そう言い、海夕はフンっ! と鼻息を漏らし口をつぐんでついでに両手で口を押さえた。


 いやそういう事じゃないし……


 んで、口をつぐんだ代わりに目が周囲をキョロキョロしてるし……また周りの霊がどうとかか? ……目は口以上にものを言うって本当なんすね。勘弁してほしい。


 俺はため息を吐き、言った。


 ――そもそも俺達は相性良くなかったってことだよ。じゃあな。


 そうして立ち去ろうとする、俺の服の裾が力強く引っ張られる。確かめるまでもなく海夕だ。

 

「やーだやーーだーーっ!! わたし絶っ対っっ別れなーい!!」


 両手でブレザーの裾をつかんで引っ張ってくる。ぴりぴりと縫製ほうせいが千切れるような音も聞こえる。


 制服……破れたら親父に死ぬほどキレられるだろうなあ。高いし。下手したら買ってもらえず、この寒い中制服の薄い長袖シャツ一枚で過ごすはめになるのか。


 仕方ない。


 ――分かった。じゃあ、目を……閉じてくれないか?


「え!? な、なにいきなり! 今までのはフリでサプライズ的な何か!? プレゼントとか――ま、まさかキスとか!? こんな渡り廊下で人が見てる中で!? わたしの愛が試されているということ!? う、受けて立つ!!」


 なんか一人で盛り上がってるようだが。頬を赤らめて目を閉じた彼女を置いて、俺は構わず足早に立ち去った。


 ……ああ分かってるさ。最低な事をしてるってことは。


 でもいいさ。アイツが冷めればいい。嫌われればいい。


 オバケが見えて信じてるヤツと付き合えばいいんだ。そもそも俺とは生きてる世界が違うんだろうよ。



◆◆◆



 ――いやそもそも、オバケなんていねえよ。馬鹿馬鹿しい。


 購買で買ったショウガ焼き弁当を膝に乗せ、校内にある自販機で買った安くて甘ったるい炭酸飲料のタブを開ける。

  

 プシっと気持ちよく鳴らし、俺は泡があふれる前に三分の一ほどジュースを飲む。


 相変わらずうまい。甘いのは正義だ。そしてここはジュースや弁当を1人で楽しむにはもってこいの場所だ。


 校庭の端っこ。なんか樹齢じゅれいが長そうなデカい木とよくわからん碑文ひぶんとかが設置された場所。


 飯食ったら校庭にしゃしゃり出るサッカー部系陽キャも、とりあえず人目のない学校の片隅かたすみで浸ったりタバコを隠れて吸ったりしたいヤンキー系陽キャも訪れない、学校のほとんどの人間に忘れられたような場所。


 デケえ木の根に腰掛けながら、俺は弁当のフタを開けてばしを割る。


 ……小学校時代、市内の運動公園で遠足していたときを思い出す。あの時はビニールシートを引いて、飯田とかと飯食ったり、おかしを食べつつこっそり持ってきてた携帯ゲームで遊んだりしてたなあ。


 今はシートもなくワイルドにも木の根っこを椅子いす代わりにしてるわけだが。成長したのか? いや退化してないか? むしろこんな状況でもおいしいショウガ焼きを味わえるのは強くなった証だ。成長したとは言っていない。


 付け合わせのプチトマトとだし巻き卵は最後に取っておく。それが俺の流儀りゅうぎだ。


 俺は先にしょうが焼きを味わいつつ、甘々な炭酸飲料を口にし――


「んー、この辺はいい気があるよねー。ご飯食べるにはいい所かもー」


 驚きのあまり吹き出した。


 ――ゴホッ! お、お前! なんで俺がここにいるって分かった!?


 唐突とうとつに現れた海夕みゆにそう言うと、彼女は左手で自分の弁当箱を抱え、右手人差し指でポリポリ頬をかく。

 

「ええと……カン? 女の? カン? みたいな?」


 ああ、そういえば霊とかそういうの言わないとか誓ってたっけこの人。


 ――その辺の霊とかに教えてもらったとかか?


 そう言うと、海夕は理解者を得たりとパアっと明るい笑顔を浮かべた。


「おおーっ! ソウくんわたしのことわかってきてるじゃーん!!」


 海夕は肩に掛けてるお茶の水筒すいとうでカンパイしてきたが、俺はかまわずそっぽ向いてクソ甘い炭酸ジュースを飲む。背後で海夕がふくれっ面してるみたいだが無視だ。


 ――あのさ、一つ、聞いていいか?


「な、なに? 今日の予定なら空いてるし、なんだったらサボってもいいよ!  ヤンキー系陽キャみたいに!?」


 うん聞きたいのはそういうことじゃねえ。


 ――お前さ、なんで俺に告ったの?


「だってソウくんカッコよかったし」


 即答っ!? いやそうじゃない。そういうことじゃない。


 ――俺はユーレイとか信じてないし、信じてるヤツはやべーヤツって思ってる。お前もそれはわかってるだろ? なのになんで……俺なんだよ?


 俺がそう言うと――海夕はすこし考え、口を開く。


「ああ……そっか。言ってなかったよね。うん」


 そして、海夕は笑みを浮かべた。

 

「ソウくんは……わたしのヒーローなんだ」


 憧れをからめた、まっすぐな恋慕の笑みを。


日名字かなじ通りのさ、廃墟の家のうわさって知ってる? 中にある仏壇ぶつだんを見たら4日以内に死んじゃう、って噂のさ」


 ……そういえばそんな噂聞いたことあったな。飯田のアホが高校卒業したら記念に探索しようとか訳のわからん提案してたとこか。どうせどこぞのfortuberフォーチューバー感化かんかされたんだろうが、なんで卒業記念に心霊スポットめぐりしなきゃならねえんだか。


「……一度さ、下校途中、あそこの近くを通ったことがあってさ……近づいただけでマズい場所だってわかった。

 家の前、表札の下のヤツを見たの。真っ黒い人の影。手足をメチャクチャに動かしながら地べたでずっと身悶みもだえしてる感じのやつ」


 想像すると気味が悪いが……所詮それも何らかの見間違えか幻覚か、あるいは精神的な問題によるものだろう。ユーレイなんているわけがない。


「しかも、そいつさ……手足がありえない角度で曲がってて、関節がへしゃげた状態で動き回ってるのかと思ったんだけど……よく見たら違うの。

 体からいくつもの他人の手足が生えてきてるみたいで、生えるたびに痛がっているみたいに悶えてたんだよね……1人だけじゃないんだ。大勢の人間が1人を死んでも縛り上げているような……地縛霊じばくれいじゃなく、他縛霊たばくれい、って言ったらいいのかな? とにかく、怨念と怨念がからみ合って増幅ぞうふくし続けてる感じの、本当にヤバイ奴だったのよ」


 地縛霊ってそもそも何だ? と聞くと、その土地に因縁いんねんがあり成仏できない霊のことらしい。自分で聞いといて何だが、はあそうっすか、以上の感想は出てこない。


「その場はもと来た道を戻ってやり過ごせたんだけどさ……そいつ、毎日少しずつ移動してた。わたしが良く使うバスていの近く、わたしが通ってた通学路、なかなか青にならない学校近くの横断歩道……学校へ近寄ってる感じだった」


ストーカーかよ。


内心呆ないしんあきれつつも、海夕の話を聞く。


「下校する時、とうとう校門のところまで来ててさ。しかも明らかにわたしを狙ってる感じもしてて……まずい、今までみたいに逃げられないかもしれない。どうしよう――そんな時、来てくれたのがソウくんなんだよ!」


 は? 俺?


 俺なんかしたっけ……?


「わたしとすれ違った時、ちょうどあの廃墟はいきょの話をお友達としてるみたいでさ。『仏壇を見たら死ぬ? タタリ? そんなのあるわけねーだろ』ってソウくんが言った瞬間――消えたの! そいつが! バシュっと!!」


 はあ?


 なんだよそれ。どういうことだよ?


「たぶんだけどね……ソウくんが『オバケなんていない』って言うと、本当に目の前のオバケが消えちゃうんだ。そういう……能力? 不思議な力がソウくんにあるんだよ」


 はあ?


 ――なに言ってんだかよくわかんねー。現実と妄想こじらせてんじゃねえの?


「違うよ! 前言ったラーメン屋の顔の影も、交差点近くのでっかい顔の霊も、ソウくんが『どこにもいないよ』って言った瞬間に消えたんだよ!!

 カラオケ屋の“鈴の女”も! ソウくんがいないって言ったら消えて、連れてかれそうになってた人も助かったの! 自殺“未遂”で済んだのはソウくんの力のおかげなんだよ!!」


 両手をぶんぶん振って興奮する海夕とは対照的に、俺は意味不明な言動にだんだんと心臓の底が冷えていく感触を覚えた。


 ……わけわかんねえ。ゲームかアニメの話? それ?


「わたしはそれを間近で見て、ああやっぱり白馬の王子様ってこういう人の事を言うのかもとか思って運命を感じた次第でありました。以上です。別れないでください」


 ――うーんムリ。


「なんでよお~! 普通こういう過去の話とか聞いたらちょっと考え直したりとかそういう流れじゃないのー!? ああ、しかもいいなそのお弁当! わたしだし巻き卵って地球上で一番好きな食べ物なんだよねー! う~んダシがしょっぱ甘くておいしいー」


 ――どさくさに紛れてなに食ってんだお前っ!?


「ご、ごめん! なんか目に付いた瞬間、卵にトチ狂ってしまって……あの、代わりにわたしのお弁当から、おかず一個取っていいから……!」


 そう言い海夕が弁当箱を開けた時、俺はその中身に戦慄せんりつした。

 

 茶色い。ご飯以外のおかずが全て茶色いのだ。


 煮込んだタマネギ、豚肉、シイタケ、ゴボウ……なにこれ田舎のばーちゃんが出してきて、食欲そんなにそそられないのに食え食え迫ってくる系の夕飯かな?


「あ、ああ待って! サトイモは! サトイモはわたしの好きなやつだから! で、でもソウくんが欲しいならわたしっ……!」


 いやいらねえし。


 ――弁当しぶすぎだろ。牛丼肉じゃが以外でこんなに茶色いやつ初めて見たわ。


「ば……ばーちゃんのチョイスだから……わたしだってブロッコリーとか入ってる感じのオシャレな感じのやつ作って欲しいのに……」


 ――作ったのやっぱバーチャンかよ。


「うん。ウチ、ばーちゃんと2人で暮らしてるからさ」


 ……なんか家庭環境が複雑そうだな。こういうことは「なんで?」とか無神経に聞かないほうがいい。


 とか思ってると、海夕がニヤニヤしながら俺を見ていた。


 ――な、なんだよ?


「やっぱりねー。なにげに気づかいさんなんだよねーソウくんはさ。そういうとこいいなーってさ」


 ――わかんねーんだよ。だから、お前は。


「照れてる?」


 ――アホくさ。教室戻るわ。


「わーごめんなさい! いっしょに食べようよ~!」


 また制服のジャケットの縫製ほうせいが悲鳴を上げてきたので、俺はしぶしぶその場にとどまることにした。


「よし! ソウくんを引き留めるときは上着にぶら下がればいいって事だね!」


 ――次やったら問答無用でひっぺがして地面に転がすからな。


「ソウくんは弁当も飲み物も全部買ってるんだねー。……アルバイトするべきかなー、わたし。ソウくんと一緒に買って食べたりしたいなー」


 俺の警告を無視してるのか、そんな事をのんきに言う海夕。


 俺は、ため息交じりに言った。


 ――アルバイトもクソも別れるつってんだろ。


 どうせ「やだー!」とかいってわめくんだろう。そう思った。


 しかし――海夕は黙り込み、弁当へ伸ばしたはしの手を、止める。


「……迷惑、かな」


 ずきり。


 と、胸に痛みが走る。


 薄暗い木陰こかげの中で、目を伏せて、すまなそうにする、彼女の悲しい顔。


 いつも明るい感じでしてきているだけに……こたえた。


 しかし。


 ――ああ迷惑だね。別れるっつってんのに、食い下がられるのはな。


 しかし言った。心を鬼にして言った――ここで心を許したら元の木阿弥もくあみだ。悲しそうな彼女の美貌びぼうも、知ったことかと押し殺す。


「……だよね。ごめんね、ソウくん」


 ずきり。ずきり。


「…………わかった。別れるよ。ごめんね、ソウくん」


 彼女の悲しい決断に、悲しく目をせるその顔に、俺は胸をえぐられるような痛みを覚えた。


 だが耐えなければならない。この子を拒絶し続けなければならない。


 ……俺はユーレイなんて信じない。この子にふさわしい男にはなれない……


 ――連絡先も、toラインとかも消してくれ。今日からはもう……他人、だから。


 海夕はあの茶色い弁当に手をつけず、


 ずっと、箸をもったまま、沈黙している。


 …………


 限界、だった。


 掛けていい言葉もなく。


 言葉など……この冷たい断絶した空気にはなんの影響も与えられない。


 俺はそれをさとり、逃げの言葉をうそぶいた。


 ――お前、可愛いんだからさ。もっといい奴がきっと見つかるさ。

 

 ……これがマズかった。マズい事を言ったとこの時悟った。


「……可愛い?」


 ……あっ。


「少なくともソウくんは……わたしを可愛いって思ってるってことだよね?」


 ……やべ。


「なんだあ~! ソウくんもわたしのこと好きなんじゃ~ん! えっ!? 可愛いって!? もーじゃあデートしてあげよっか~? んふふっ!!」


 あんじょう調子に乗りやがった。


 フンフンと鼻息荒くしつつクネクネとポージングしつつ流し目をこっちによこす海夕を俺は全力で無視し続けた。


「もしかして、照れてる?」


 ――アホくさ。教室戻るわ。


「あああ待ってごめんなさい! じゃ、じゃあ最後にー! 一回でいいからデートしようよー!」

 

 ――は? なんで?


 素でそう言った。


「思い出が欲しいの! は、初めてできた彼氏だし? ちょっとくらいそういう恋人どうしがやるやつ、やってみたいじゃん……!」


 素でいってる感じだった。暗い木陰のなかでもわかるくらい、顔を赤らめながらそういう海夕に、


 俺はため息を一つ。


 ――それであきらめるならいいぞ。行こう。


 そう言うや否や、海夕は、霊感少女に似合わないパアっと明るい笑顔を浮かべた。


 「やったーっ!! あ、やばい! エステとか? 行かなきゃだコレ!!」


 ――オイ、これがラストチャンスだとか思ってないよな? 


「ままままさか! お、思い出づくりですよ! ソウデスヨ!? ええ!!」


 ――もういいよなんでも。でもこれで別れるからな。いいな?


「……はい」


 しゅん、と肩を落とす海夕。胸は痛むが復縁はしない。絶対に。


「じゃあ……どこ行くの? デートって自分で言っといてなんだけど特に行きたいとことこかなくって……」


 ――いや、俺もいきなりだし特に思いつかないっていうか……


「じゃあソウくんの家とか――」


 ――断固拒否する。


 海夕は「ちぇっ!」と舌打ちして残念がる。なんだろうな。なんでこいつはこんなに小学生みたいなリアクションするのかな。


「こんな時はあれかなー。KKSに聞くべきかなー?」


 KKS? チャットなんちゃらみたいな、AIのシリーズだろうか?


 とか思っていると、海夕は懐から紙を一枚取り出した。


 その紙にはひらがなの五十音が書かれており、上部に鳥居とりいのような絵、左右に「はい」「いいえ」の文字が見て取れた。


 これは……オカルト好きじゃない俺でもわかる。


「KKS、KKS―。この辺でよさげなデートスポットとか教えて~?」


 海夕がそう言うと、紙面しめんにある10円玉がゆっくりと動き出し――


 俺はその場でこっくりさんの紙を破いて丸めて捨てた。


「ああっ! どうして!?」


 ――気色悪いもんで決めんな! どこがAIだアホンダラ!!


「うう……ごめんよ、もうお帰りKKS……」


 つうか、さっき誰も触ってないのに、ひとりでに動いてなかったかあの10円玉?


 ……いやただの見間違えだ。紙を取り上げた時に10円玉が動いたのを見間違えただけだろう。超常現象なんてのはそんなものだ。科学全盛ぜんせいのこの時代、オカルトの原因なんざ科学的になんとでも説明はつくものだ。くだらねえ。


 ――場所は俺が探しとくから。明日には連絡する。今週の土曜に行こう。


「わ、エスコートされちゃう流れ……!? わかった楽しみにしてるー!」


 いやエスコートとかしねえけど。


 満面の笑みではしゃぐ海夕の気持ちが伝わったかのように、彼女が持っていた弁当のおかずもぴょんぴょんねる。はよ食え。

 

「そうだ! わたしね、ディスティニーランドみたいなアトラクションがあるとこ行きたいなって!! ふ、2人でさ!! あとご飯とかもさぁー……」


 そんな感じで要望をペラペラしゃべる海夕と、一向に手をつけられない彼女の弁当が気になりつつ、ショウガ焼き弁当の最後の一口を味わった。


 単なる思い出づくりのための最後のデート。


 それが……あの出来事の始まりとなるとは、この時は思ってもいなかった。

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