15盆踊り大会の夜
三川団地で毎年8月の第一土曜日に三川ニュータウン盆踊り大会は開催される。三川小学校の校庭が開放されて行われる大会は、夜店も並び住民たちからは毎年楽しみにされている。件の騒ぎで開催が危ぶまれていたが、ナオトの予想どうり夏休みの訪れとともに団地は落ち着きを取り戻し、今年も開催されることが決まった。お祭りに子供だけで行くことは前日から母親に告げてある。
「母さんも行きたかったけど、売り場の模様替えに付き合うから残業で遅くなるよ。マサルのこと頼むわ」
そう言うと小遣いとして五百円札を渡してくれた。ナオトはそれを受け取り自分の財布にしまう。
「あんたたち夕飯は夜店で済ませてちょうだい。あー、キョウコちゃんの浴衣姿見たかったなあ」
残念そうに母親は言った。去年のお祭りは家族3人だった。その時にうちも女の子が欲しかったと母親が言っていたのをナオトは思い出していた。
「マサルの浴衣があったんじゃないの?あれを着せていけば」
「もう小さくて丈が合わないよ。それにあいつが大人しく着ると思う?」
なるほど一理あるなとナオトは思った。それからしばらく自分も行きたかったと母親の愚痴は続いた。ナオトは5年生になって親と一緒にいるところを見られることに抵抗もあったので、内心ほっとしている。それに今回の盆踊り大会とは別の目的のためには好都合であった。マサルの方は知ってか知らずか、テレビに夢中になっている。こちらも好都合だなとナオトはほくそ笑んだ。
当日少し早めにキョウコと落ち合うことにしていた。マサルを連れキョウコの待つ4号棟に向かう。4号棟の入り口にはすでに京子が立っていた。朝顔が描かれた青い浴衣に黄色の帯が良く似合っている。ナオトたちに気づいたキョウコは浴衣の袖を片手で抑えこちらに手を振っている。それに気づいてマサルは走り出し勢いよく抱きついた。
「こんばんわ、マサルくん」
「何食べる?」
マサルは縁日のことで頭がいっぱいらしい。ナオトはマサルの首根っこをつまんでキョウコから引き離す。浴衣の裾を直しこちらを見ている。終業式の日に気まずい別れ方をして少し引きずっているようだった。
「山道を歩かないといけないのに、浴衣着てきたの?」
ナオトは盆踊りの後のことを言っている。少し言葉にトゲがあったが部員を守ることも部長の勤めだと言う境先生の言葉を思い出していた。
「似合うかしら?」
見当違いの返事はキョウコらしくなかったが、女の子とは自分の母親といい、そういうものなのだろうとナオトは思った。何も答えずにいると
「ちゃんと着替えも用意してあるわよ」
少し怒ったような表情を見せて、植え込みに置いてあった手提げ袋を差し示した。中には長ズボンと上着が入っている。
「よく似合うよ」
ナオトがそう言うと早く行こうとマサルが急かしてきた。まだ明るい8月の夕方、3人は歩き始めた。浴衣を褒められたキョウコは恥ずかしそうな表情をしていたが、ナオトには見えていなかった。
三川小学校の校門前にはすでに人だかりができていた。キョウコと同じクラスの女生徒も何名かきていた。キョウコはその中に混じりお互いの浴衣姿を讃え合っている。皆が色鮮やかな浴衣を纏っていたが、上品なキョウコの浴衣が一番映えて見えたのは、ナオトの正直な気持ちだった。と同時にミカのことも思い出している。ミカはまだ病院のベットで眠っていることを。
ポン、ポン、と乾いた音が鳴り響いた。盆踊り大会の開始を知らせる花火が上がったのだ。校門は開放されゾロゾロと人の波が校庭へと流れていく。ナオトはマサルと逸れないように手を繋いだ。キョウコとは少し距離が空いてしまったが、すぐに合流できるだろう。校庭中央には櫓が組まれ、紅白の横断幕や提灯が吊るされていた。櫓を中心に広くスペースが設けられ、それを囲むように夜店が立ち並んでいた。
スピーカーの電源が入り、耳障りな共鳴が響いた。運営が音響の調整にてこずっていたが、やがてハウリングは鳴り止んだ。主催者から開催のスピーチがあるようだ。
「本日はお日柄もよく例年通り三川ニュータウン盆踊り大会の開催を迎えることができました。開催にあたりまして毎年校庭の使用を快く認めてくださる三川小学校の関係者の方々、および運営に携わる町内会の皆様にお礼を申し上げます。それでは三川ニュータウン盆踊り大会を開催いたします」
再び花火が上がりスピーカーから音頭が流れ始めた。いつの間にか櫓の周りに控えていた婦人会の人たちが音楽に合わせて踊り始める。
人熱の中ようやくナオトたちはキョウコと合流することができた。子供たちで盆踊りに参加するものもいたが、大半は夜店での買い物が目当てで来ている。ひとまず何か食べようということになり、それぞれが食べたい物を選ぶことにした。ナオトとマサルは焼きそば、キョウコは浴衣が汚れるからと蕨餅を選んだ。
校舎側には休憩所としてテントが設営されていたが、人混みを避け校庭の隅にある、タイヤが地中に半分埋まった遊具の上で食事することに決めた。
ナオトはマサルの焼きそばから紅生姜を自分のトレーに移し替えている。キョウコは蕨餅のきな粉が落ちないように慎重に蓋を開いていた
「食事が済んだらすぐに沼に向かおうと思ってる。二人は準備はいい?」
蓋を開けるのに苦戦していたキョウコは手を止め
「いよいよ秘密の場所に行けるのね」
マサルの方は半分焼きそばをくわえたまま親指を立ててこちらを見ている。
「まだ日が長いけど十分注意が必要だ、そのための用意もしてあるから」
ナオトがそう言うと三度花火が上がり鳴り響いた。
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