4先生の思い
その日の夕食はコロッケと八宝菜だった。弟のマサルが配膳の手伝いをしている。ナオト達の母親は百貨店の惣菜売り場で働いていて、コロッケはそこで買ってきたものだ。八宝菜は4号棟に併設する中華料理店のものでうまいと評判だった。
「またコロッケか」
「贅沢ゆうな、大きくなれないぞ」
母親の論調に矛盾を感じながら、さすがに飽きてきたなとナオトも弟と同じ意見だった。ソースが出ていないことに気がついて冷蔵庫に取りに行った母親は、テーブルの真ん中にそれを置きながら言った。
「今日は図書館に行ったんでしょう。どうだったの」
山田家ではその日あったことを報告するのが決まりになっていた。
「サンドイッチがおいしかった。あとバスにのった」
ふむふむと聞く素振りをみせながらナオトに目をやる
「調べ物はだいたい済んだよ。昔この辺で洪水があったことがわかった」
母はマサルのコロッケにソースをかけてやりながら
「へえ…知らなかった。でもあんた、沼に行ったら絶対ダメよ、おまわりさんにも言われてるんだから。水木さんの娘さんも巻き込んで」
そう言うと口を結んだ表情を見せた。
「わかってるよ」
ナオトはそれから何か言おうとしてやめた。母親もそれ以上聞こうとせず話題はそれ以上広がらなかった。気まずい沈黙の後、好き嫌いの多いマサルにニンジンも食べないと大きくなれないぞと叱りつけた。器用に分けられていたニンジンは再び皿に戻されマサルは抗議したが無駄な抵抗だった。そんな二人を見ながらナオトは、食べ飽きたコロッケが黒く染まるまでソースをかけるのだった。
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翌日ナオトとマサルは朝食を済ませ学校に向かった。月曜日の全体朝礼の話題は大体想像がついた。途中キョウコと合流し昨日の話をしながら歩いていた。しばらく歩くと警察官が何やら子供達に話しかけている。それに気づいたマサルは一目散に走り出した。
「ケンちゃーん。ピストル見してー」
その警察官は三川ニュータウン交番勤務の白鳥ケンジ巡査だった。顔見知りの子供達からはケンちゃんと呼ばれ親しまれている。飛びつこうとするマサルを笑顔で迎える白鳥巡査。
「ピストルはちょっと困るなあ」
「白鳥巡査。ご苦労様です」
コラとマサルを叱り挨拶するナオト。白鳥巡査はミカの一件以降毎日生徒達の登下校を見守っている。
「おはようナオト。マサルは元気がいいね、水木さんおはよう」
「おはようございます。あの…細田さんの容態はどうですか」
「うーん。決まりで答えられないんだけど、心配しなくても大丈夫ですよ」
何度目かの同じ質問にその若い警官は真面目に答えていたが、子供達の真摯な態度に釣られ、最後だけ敬語になっているのが微笑ましかった。
校門の前では日替わりで先生たちが生徒たちを導いている。これは事件以前からの風習で今日はナオトの担任の境先生と教頭先生が立っていた。
「おはようナオト。調子はどう」
境先生は生徒を名前で呼ぶスタイルだったが、クラスの違うキョウコは水木さんと苗字で呼ばれていた。
「おはようございます先生。昨日は図書館で調べ物をしました」
キョウコは何か話そうとしているマサルの口を後ろから押さえ邪魔させないようにしている。
「なるほど、次の報告会が楽しみね。水木さんの方は」
書道部のことを聞いた質問だった。
「はい。貴重な情報を手に入れました。昨日の晩簡単にまとめてみました。後は清書してちゃんとしたレポートにまとめます」
予想と違う答えに境先生は可笑しくなり、同時にとても嬉しくなった。こんな時が教師をやってきて良かった思える瞬間だった。この子がナオトに良い影響を与えているのは間違いないだろう。
そんな気持ちをおくびにも出さず、それは楽しみですね、と答えた。
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「くれぐれも貯水池には近づいてはいけません」
朝礼では件の貯水池には絶対近づかないこと、登下校は寄り道せずにまっすぐ帰宅すること、細田さんの早期回復を祈って千羽鶴を折ることが校長先生の口から話された。朝礼の後各々の教室へ戻る途中、ナオトは階段の踊り場で乱暴に肩を掴まれた。振り向くとそこには同じクラスの和田タケシが立っていた。
「お前らこそこそやってんだってな、未確認えっとなんだっけ」
「未確認動物探索部」
「沼は俺たちの縄張りだからチョロチョロしてるとあれだぞ」
あれとは、制裁を加えるの意味だった。
「沼には近づかないよ。そもそも君たちがダメにしてくれたんじゃないか」
その言い方には、落胆と怒りが込められていた。
「ダメってなんだよ、2年生の時のこと言ってるのか」
「授業が始まるから離してくれ」
そう言うとナオトは肩を掴んでいた手を振りほどき階段を登って行った。タケシとは1年の時からずっと同じクラスだった。馬が合わず半目する仲だったが、それはあることが原因になっていた。教室へ向かう途中自分とタケシのような関係を難しい言葉で何て言うんだっけ、とぼんやり考えた。その言葉を思い出したのはその日の入浴中だった。
「仇敵か」
声は浴室に反響しすぐに静まった。
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