かもめはいない

どれくらいたったのだろうか。あれ以来蔽ヶ浦に行っていないし、何故かかもめも来ていない。

(海に行けばかもめがいるかもしれない。)

急にそう思った僕は着の身着のまま外へ飛び出し、海へ走った。


見上げるとあのかもめははるか向こう、海の上を旋回していた。

「!?」

足に鋭く刺さるような痛みを感じて足元を見るとくるぶしまで水につかっていた。

かもめは変わらず僕の届かないところを旋回している。

「お前も僕のことを……見下しているのか?」

あの女子達にも、かもめにも馬鹿にされて、自分でも自分のことを好きになれない。そうであるならこのまま海にーー

「おいっ。なにしてる。」

「かもめが、いなくて。」

「は?かもめ?ってそうじゃなくて早く出てこい。冬の海に入るなんて何考えてるんだよ」

「……。」

あいつは、なんでこんな所に来たのだろうか。

「おい、聞いてるか」

「…そっちこそ、何しに来たんだよ。」

「俺は、お前が…いや、何でもない。」

佑は僕を見て言いにくそうに口ごもった。

やっぱりこいつも…

「言いなよ。どうせお前も、僕のこと変な奴だとか思って馬鹿にしてるんだろ。女なのに男みたいな格好で、男みたいな口調で話すなんておかしいって思ってるんだろ。」


「は?そんなこと思ってないけど」

「別に気を使わなくていいよ。どうせもう、会うこともないから」

潮が満ちてきた。

さっきは止められたけど今度こそ波に飲まれて海の一部になってしまえば、もうあいつらに会うことも、自己嫌悪に苛まれることもない。

それは、幸せかもしれない。

「何言ってんだよ。っておい!」

変な奴だったけど。バカな奴だったけど。躊躇ためらわず悪意をぶつけてくるやつらに比べれば、佑は優しい奴だったのかもしれない。

なんて考える自分がおかしくて笑みがこぼれた。

「さよなら」

「ふざけんなっ」

このまま海に溶けて、消えてしまおうとしたとき。ぐいっと強く手を引かれ、海の中から引きずり出された。

「なんで、どうしてほっといてくれないんだよっ。お前だってこんな、男みたいな格好をして口調も男みたいでその上がさつな、そんな可愛くもなんともない……っ!?」

再び手を引かれ、気づけば佑の胸が目の前にあった。

「俺は、別にお前が可愛くないなんて思わない。お前が蔽ヶ浦に来る前に見た、かもめを眺めている姿も、唐突に微笑んださっきのお前も、その、かわいい…と思う」

「……」

「知ってるか?かもめは冬にだけ日本に来るんだよ。でもあいつは冬になる前からいたんだろ?あいつの居場所はここなんだよ。でも、お前はお前の居場所を間違えてるんだと俺は思う。あいつも、お前も、皆自分の居場所にいるのが1番いいはずなんだ」

「そうだとして、なんで僕を助けたんだよ」

「お前が…好きだから。おまえの居場所になりたい」

意味がわからない。でも、悪い気はしなかった。

「そうか…。男友達なんて初めてできたけど、これからよろしく」

「……はぁ」 

佑はきつく目をつぶり、ため息をついたかと思うと、口を開いた。

「よし、じゃあまた明日な。風邪引くなよ」

「うん。また明日」

ふと目に入った海は、冬の冷たさを主張するように荒れていたが、どこまでも見通せそうなほどすがすがしく透き通っていた。

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僕はカモメじゃない 水月 莉羅 @-rila-

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