第32話 イレーネの提案
ヴァルグは机上の水晶板に走る干渉縞をじっと見つめていた。
「……分かった。次の符号は、“望み”そのものを刻もう」
*
イレーネが口を開く。
「だが、どうしたものかしら。
先の大戦ならまだしも、今回は我が国から一方的に仕掛けているだけなのだわ。
平和を求める符号を送っても、“攻撃をやめればいいだけ”と返されるのではないかしら?」
その言葉に、ヴァルグは目を伏せた。
「……それはそうだな」
認めざるを得ない。
だが、ヴェルトリアの中で戦を止めようと訴えたところで、あまりに無勢だ。
王は理想を掲げていて、その決意は揺るぎない。
自分一人の声では、とても国を動かせない。
せめて――ソーマやアルディナの側からの働きかけがあれば。
そのとき初めて、こちらも立場を改めることができるのではないか。
虫のいい話ではあるのだが……
*
イレーネは椅子の背にもたれ、真っ直ぐにヴァルグを見据えた。
「ねえ……ヴァルグ。もう一度アルディナに戻らないか?」
ヴァルグは思わず顔を上げる。
「ヴェルトリアで身につけた“光の干渉回路”と、アルディナの“簡易な魔導回路”。
その二つを融合させ、新しい仕組みとして示すのだ。
それをアルディナの王に見せれば――共存の道を提案できるかもしれない」
イレーネの声は落ち着いていたが、その内容はあまりにも踏み込んでいた。
「それに、アルディナの魔導技師軽視も改善されたはずよ。
……それだけはヴェルトリアの成果かもしれないわ。犠牲は大きかったけれど」
ヴァルグは息をのむ。
「……それは……」
驚きと同時に、心の奥で強くうなずいている自分がいた。
確かにそれなら、一歩を踏み出せるかもしれない。
だがすぐに別の思いが胸をよぎる。
(イレーネは、アルディナから亡命してきた俺を拾い上げてくれた。
再びアルディナに戻るなど――彼女に申し訳なさすぎる)
さらに冷たい汗が背筋を伝う。
(いや、それ以上に……私の監督役でもあるイレーネの身が危険になるのではないか?
王に忠誠を誓う廷臣たちに知れれば、彼女自身が裏切り者と見なされかねない)
ヴァルグは口を閉ざし、視線を落とした。
思考の中で光と影がせめぎ合う。
やがて彼は低く絞り出すように言った。
「……だが、そんなことをすれば……あなたの身が危うくなるのではないですか?
王の耳に届けば、裏切りとみなされるかもしれない。
そんな恩をあだで返すことになってしまう……」
イレーネはその言葉を遮り、ふっと笑った。
「心配してくれるのは嬉しいけれど……面白い技術を見せてくれるのが、いちばんの恩返しよ」
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