第24話 クロックハートの導き

港町の騒動から数日後、ルクシアは港の静かな倉庫街にいた。空は淡いオレンジ色に染まり、夕日が海面に光の道を描いている。人々が慌ただしく日常を終えようとする中、ルクシアはひとり、クロックハートを指先で回していた。


「……ん?」


ふと手元の宝石がいつもより重く、そして軽く感じられることに気づいた。指先から淡い光が溢れると、近くの木箱がふわりと宙に浮かんだ。


「な、なにこれ……!?」


驚きと好奇心が入り混じった声が漏れる。ルクシアは恐る恐る手を伸ばし、箱をそっと浮かせたり落としたりしてみた。光が微かに変化し、彼女の意思と呼応するように動く。


「……重力……? 私が……動かしてるの……?」


頭の中が混乱しつつも、胸は期待で高鳴る。クロックハートの力が、またひとつ新しい可能性を見せてくれたのだ。


ルクシアは港の倉庫や停泊している船を利用して、重力操作の練習を始める。


まずは小さな木箱や樽を宙に浮かせる。軽く跳ね上げたり、手のひらに落としたりしながら、光の色が微妙に変化するのを確認する。次に大きな船の部品や荷物に挑戦するが、重さが増すと操作が不安定になり、何度もバランスを崩す。


「くっ……まだ……まだ……」


集中するあまり、息が荒くなる。光の粒子が指先から四方に飛び散り、港町の倉庫街に淡い光の軌跡を描いた。ルクシアは自分の手のひらに流れる不思議な感覚に、少し笑みを浮かべた。


「……でも、使いこなせればすごい力になる……」


その時、港町の広場に物音が響いた。盗賊の一団が現れ、商人たちの荷物を奪い始める。通りは騒然となり、人々が逃げ惑った。ルクシアは反射的に光を握り、手をかざす。


「……よし、やってみよう!」


指先のクロックハートが眩く光り、周囲の重力が変化する。木箱や樽が宙に浮かび、盗賊の足元を不安定にする。慌てた盗賊は転び、武器を落とす。ルクシアは一歩前に出て、重力の壁を作り敵の動きを封じた。


息を切らしながらも、心は高揚していた。


「……この力……私が思うままにできる……!」


だが、力の制御はまだ完璧ではない。浮かせた荷物が突然落ちてしまい、近くにいた荷馬車をかすめる。ルクシアは焦りながら光を弱め、事故を防ぐ。


「ご、ごめんなさい……! でも、仕方なかったの……!」


港町の人々は驚きと畏怖の混ざった視線で彼女を見る。ルクシアはその視線に耐えつつ、心の中で決意する。


「私は……英雄じゃない。トレジャーハンターとして、力を使うだけ……でも……」


戦闘が終わると、ルクシアは港町の高台に立ち、夕日に照らされた海を見つめる。光の粒子がクロックハートから微かに揺らめき、夜の港を幻想的に染め上げた。


「……もっと遠くへ行ける……もっと多くの宝を……」


期待と冒険心が胸を満たす。しかし、同時に責任の重さも感じる。力を誤れば人々を傷つける――その思いが胸を締めつける。


「でも、私なら……きっと……」


ルクシアは手元のクロックハートを握り締め、静かに誓った。新しい力を制御し、冒険者としての道を歩み続けると。


夜風が港を通り抜け、ルクシアの髪を揺らす。光る宝石が淡く瞬き、彼女の瞳に希望と可能性を映し出す。


「よし……明日も旅を続けよう……!」


ルクシアは深呼吸し、港町の夜景を胸に刻みながら、新たな冒険の準備を始めるのだった。




ルクシアは港町を離れ、街道を進んでいた。夕暮れの光が長い影を作り、木々のざわめきが静寂を引き立てる。風に乗って漂う草の香りと、遠くで鳴く鳥の声が、冒険の道行きを優しく包む――しかし、その平穏は長くは続かなかった。


「……ん?」


木立の間に不自然な影が揺れるのを感じた瞬間、鈍い金属音とともに空賊たちが姿を現した。木の枝を伝って現れる者、空から急降下してくる者、総勢五、六人。彼らの眼には強欲と悪意が光る。


「ちっ、またなの……!」


ルクシアは瞬間的に手元のクロックハートを握り、意識を集中させた。掌から微かに光が漏れ、空気がわずかにねじれる感覚が指先に伝わる。


「……重力!」


目の前の空賊の一人が飛びかかる。だがルクシアは手をかざし、掌の光に呼応させて周囲の重力を変化させる。空賊の体が宙に浮き、不自然に揺れる。叫び声とともに、地面に倒れ込む者も出る。


「な、なに……!?」


仲間たちは驚愕し、思わず武器を振りかざす。しかしルクシアの周囲には見えぬ壁ができ、空賊の足元の重力が不規則に変化する。バランスを崩した者は木の幹にぶつかり、さらに転倒。


「……まだ……練習不足だけど、いける!」


ルクシアは深呼吸し、重力を精密に操作する。浮かせた木箱を盾に見立て、空賊の攻撃を弾き返す。宙に浮かんだ小石や落ち葉が、光の粒子とともに軌道を描き、敵の目をくらます。


「ちっ……この子、ただのトレジャーハンターじゃないな!」


空賊たちは動揺しつつも、次々と攻撃を仕掛ける。ルクシアはその度に力を鳴らし、手元の光を自在に操る。時には重力を強めて敵を押し倒し、時には弱めて自分や周囲の障害物を飛ばす。


「……クロックハート、頼む……!」


宝石の光が一層強く輝き、ルクシアの意思に応じて重力が波のように広がる。空賊の動きは鈍くなり、ついには互いにぶつかり合う。


「……これで終わり!」


最後にルクシアは大きく手を振り、周囲の重力を一気に操作する。空賊たちは宙に浮かんだ後、地面に叩きつけられ、動けなくなる。息を荒くしながらも、ルクシアは勝利を噛みしめた。


「……ふう……。危なかった……でも、やっぱり使える……」


道中に落ちていた枝や小石を整理しながら、ルクシアは心の中で思った。港町での経験も、この街道での戦いも、すべて自分の力を確かめるための試練だと。


「……まだまだ、強くならなきゃ。宝を手に入れるだけじゃなく、自分を守れるくらいには……」


夕日の光が西の空に沈みかけ、ルクシアの影を長く伸ばす。クロックハートは微かに光を揺らし、彼女の手の中で輝きを増していた。


ルクシアは息を整え、再び街道を歩き出す。足元には倒れた空賊の影が残るが、振り返ることはしない。新たな力と共に、冒険はまだ始まったばかりだ。



ルクシアは街の門をくぐり、石畳の街路を歩く。日差しを浴びて熱くなった体と、戦いで張り詰めた神経をほぐすように、自然と足取りは温泉宿の方向へ向かっていた。


「ふぅ……やっと、ゆっくりできるね!」


宿の扉を押し開けると、木の香りと温かな湯気が迎える。フロントで宿の人に笑顔を見せながら、ルクシアは手続きを済ませ、自分の部屋へ荷物を置くと、迷わず浴場へ向かった。


湯船に浸かると、体中の筋肉が溶けるようにほぐれ、戦いの緊張が徐々に解けていく。クロックハートが指先で淡く光り、体の芯まで温かさが染み渡るようだった。


「はぁ……やっぱりお風呂って最高♡」


湯の中で、ルクシアは今回の旅路を思い返す。危険な遺跡、海獣との戦い、瞬間移動での不意の移動……全てが、自分を少しだけ強くした気がした。


「でも、まだまだ、これからだよね。もっと強くならなきゃ!」


ルクシアは小さく拳を握り、湯気に包まれた浴場で明るく笑った。体は疲れても、心は次の冒険に向かって熱く燃えていた。





ルクシアは温泉で体を休めた翌日、街の商店街を歩き回っていた。石畳に映る日差しが眩しく、活気ある声が街中に響く。


「よーし、今日は装備をしっかり整えちゃおうっと!」


まずは武器屋へ。店内には剣や弓、鎧や盾がずらりと並ぶ。ルクシアの目は輝き、指先でクロックハートを軽く光らせながら、手に取った短剣を振ってみる。


「うん、この軽さなら、戦いながらでもスピードを活かせそう」


次に衣料品店へ向かう。旅の装備もいいけれど、戦闘や長旅で動きやすい服を選びたい。ルクシアは柔らかい布地の冒険服を試着すると、鏡に映る自分を見てにっこり笑った。


「これなら格好も決まるし、動きやすいね! うん、これにしよう!」


最後に小物屋でポーチやベルト、冒険に必要な細々とした道具も購入する。


「よーし、これで準備万端 あとは冒険を進めるだけだね!」


ルクシアは満足げに肩を揺らしながら街を歩き、次の目的地へ向かう決意を胸に秘めた。



ルクシアは街道を駆け抜ける。朝の光が差し込み、風が髪を揺らす。次の町へ急ぐ理由は、情報収集と補給、それに冒険の刺激――何よりも、未知の発見を求めていた。


しかし、遠くから悲鳴が聞こえた。


「助けて……!」


声のする方へ駆け寄ると、一人の女性が空賊に取り囲まれ、刀や棍棒を振りかざされていた。空賊の中で一番背の高い男がにやりと笑いながら女性に迫る。


ルクシアは拳を握り、クロックハートを指先で光らせた。


「なにこれ……放っておけないじゃん!」


瞬間、ルクシアの周囲の重力が微かに歪み、空賊の足元がふらつく。地面にかかる力の変化に気づかず、空賊たちはバランスを崩し、後ろへ転がった。


「な、なに……!?」


驚く空賊たちに、ルクシアは短剣を取り出し、軽やかに跳びながら次々と制圧する。


「はいはい、こっちは痛くないけど、ちょっとビックリしてね♡」


女性は恐怖で震えていたが、ルクシアが近づくとほっと息を吐く。


「大丈夫、もう安全だよ! ……えっと、あなた、大丈夫?」


女性は小さく頷き、涙をぬぐった。


「ありがとう……本当に、助かったわ……!」


ルクシアは胸を張り、にっこり笑う。


「うん、正義感ってやっぱり気持ちいいね! さあ、次の町まで急がなきゃ」



女性は少しずつ落ち着きを取り戻し、答えた。


「私はリーナ、劇場でお芝居をしているの……」


ルクシアはにっこり笑った。


「へえ、舞台の人なのね そんなあなたを守るのも、トレジャーハンターの仕事だし!」


リーナは小さく頷き、感謝の笑みを浮かべる。


「ありがとう……本当に助かったわ……!」




ルクシアの指に光るクロックハートに、リーナの目が大きく見開かれた。


「そ、それは……クロックハート!!」


「えっ、知ってるの?」ルクシアは目を丸くした。


「うん……私の知り合いが、集めているのよ」


その言葉に、ルクシアの胸が高鳴る。目の前に、その人に会えるかもしれない手がかりがある――。


「会いたい……その人に、どうしても会いたい!」


リーナは微笑み、ルクシアの肩に手を置いた。


「じゃあ、一緒に会いに行きましょう。探しましょうよ」


ルクシアは頷き、二人は力を合わせて情報を探す決意を固めた。街道に足を踏み出す二人の影が、夕日に長く伸びる。


「よーし、トレジャーハンターはまだまだ止まらないわ」


こうして、新たな冒険の始まりが二人を待っていた――クロックハートをめぐる探索と、未知の出会いへの旅路が。

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