第18話 交わる意志のレバー

迷宮は予想以上に手強かった


クロックハート青はわずかに反応するが、光は遠く、通路は次々と変化していく。黄を頼りに進んでも、通路は何度も行き止まりを見せ、リナの感覚は狂わされる。

石の壁に手をつき、呼吸を整える。迷宮の冷たさは、体だけでなく心まで締め付けるようだった。息が白く染まり、足音は自分の鼓動と重なって響く。


「あは……でも、これも悪くないかも」


一人きりで迷宮をさまよう孤独感に、リナは微かに楽しさを覚えていた。だが、心の奥底では焦燥も湧き上がる。もしここで間違えれば、青も黄もあの奥の存在も、全部取り逃がすことになるかもしれない。

クロックハート黄を前に構え、奥から迫る気配に備える。通路の隙間に差し込む微かな光も、彼女の判断を惑わせる。迷宮はまるで生き物のように呼吸し、足を踏み入れるたびに形を変えていく。


「……ふふ、面白くなってきたような」


笑い声を小さく漏らしながらも、リナの動きは緊張で引き締まっていた。手探りで壁に沿い、角を曲がる。だが、曲がった先の通路は見覚えのない広間に変わっていた。天井からは古びた鎖が垂れ、床には小さな落とし穴が散らばる。

黄の反応はさらに強くなる。奥の気配は確かに近づいている。しかし、通路の曲がり角ごとに迷路は変化し、リナの目は慣れない暗がりの中で光を探す。息が荒くなり、指先に汗が滲む。


「……くっ、負けないもん…」


リナはクロックハートを握り直し、気配の方向へ進もうとする。しかし、迷宮は一筋縄ではいかない。壁の一部が沈み、床が波打つ。足を踏み外さぬよう、慎重に進むが、黄の反応も微妙に揺れ、青の反応は遠のく。

迷宮は完全にリナを翻弄していた。


孤独の中で、リナは自分の心と対話する。クロックハートを集める旅は一人で歩むものだと、重々承知していた。だが、今この瞬間の迷宮は、孤独の重さを肌で教えてくれる。恐怖と不安が微かに混ざり、胸を押し潰す。

それでも、リナは笑う。笑みの裏には、挑戦を楽しむ強さと、決して諦めない意志があった。


「……ふふ、もうちょっとのはず」


迷宮の壁は再び動き、通路はまるで生き物のようにうねる。リナは足を止めず、黄の光を頼りに進む。迷宮は試練であり、敵でもある。彼女はそれを楽しむ心を失わないよう、自分を鼓舞する。

壁の影からは微かに音が聞こえる。風か、それとも何かが近づいているのか。リナは身構え、黄を前に構えたまま、慎重に歩を進める。


「もう……絶対、逃さないんだから」


迷宮の奥深く、クロックハート青の光が一瞬、強く揺れた。リナはその光に導かれ、次の角を曲がる。しかし、迷宮はまたもや形を変え、彼女を迷わせる。だが、焦りはない。リナは知っていた。迷宮がどう動こうと、自分の意志とクロックハートの力で道は切り拓けると。


孤独の中で、一歩一歩、リナは進む。壁の冷たさ、通路の曲がり角、足元の床の振動。全てが彼女の感覚を研ぎ澄ます。黄の光は微かに震え、青の光は遠くで揺れている。迷宮の奥に待つ何かを、リナは確信する。

迷子になりながらも、リナの心は恐怖よりも好奇心に支配されていた。試練に立ち向かうその姿は、孤独でありながらも決して折れない意思に満ちていた。


リナは迷宮の中心に近づくにつれ、青の光がさらに強く反応するのを感じた。だが、壁や床は予測できない動きを続け、迷路の奥はまだ見えない。リナの笑みは、焦りと緊張を飲み込み、挑戦を楽しむ顔に変わる。


「ふふ、これくらい……まだまだ序の口よ」


地下迷宮の暗闇に、リナの独り言が響く。孤独と試練の迷宮で、彼女は完全に迷った。しかし、その迷子の先には、必ず青と黄のクロックハートが導く未来が待っている──。




リナが迷宮で完全に迷い、黄の光を頼りに壁沿いを進むころ、地下室の入り口では別の気配があった。


「ここが、セレナが言ってた入り口か……」

アッシュが低く呟く。声には緊張と期待が入り混じっていた。背後にはリアとミルダが続き、三人の視線は暗く広がる階段の奥に注がれている。


「ええ、この奥にまだ見つかっていないクロックハートがあるのね」

リアは手にしたクロックハートを軽く握り直し、奥に広がる闇を慎重に見据える。冷たい空気が肌に触れ、微かに湿った匂いが漂ってきた。

ミルダも頷き、剣を前に構えて警戒する。

「用心しないと……どんな罠が待っているか分からないわ」


地下室の入り口は、外から見ればただの古びた扉に過ぎなかった。しかし、その奥に何が待つかを三人は理解していた。迷宮と、クロックハート、そしてまだ知らぬ敵の気配。


「よし、行こう」

アッシュが階段を踏み出す。リアとミルダも続き、三人は慎重に地下室へと足を踏み入れた。


床は冷たく湿り、足音は反響して周囲に広がる。壁には古びた模様が刻まれ、時折、見覚えのない扉や隠し通路の影が視界に入る。

「……思ったより、広いわね」

リアは小さく息を吐き、周囲を警戒しながら歩を進める。ミルダも杖を少し前に突き出し、魔力の感覚を研ぎ澄ます。


三人の足音が地下室に響く。迷宮の奥で揺れる黄の光にはまだ気づかない。


地下室の奥深くで、リナは迷いながらも進み続けていた。黄の光が微かに揺れ、壁がねじれる迷宮の中で、彼女の小さな影はゆらゆらと揺れる。

「……ふふ、まだまだ負けないもん、てかもう限界かも」

リナは独り言を呟きながら、次の角へと足を踏み入れる。だが、心の奥では、誰かが近づいてくる気配に薄い緊張が走った。


地下室の入り口から入ったリアたちは、迷宮の形が変化していることにすぐ気づく。

「……この構造、迷うのも無理ないな」

アッシュが低く呟き、壁に手をつきながら進む。迷路のように入り組む通路の先、黄の光はまだ遠く、三人には見えない。


「焦らずに、慎重に行こう」

ミルダが呟き、リアも頷く。アッシュは剣を少し前に構え、目を鋭く光らせる。


三人は迷宮の入口を越え、クロックハートを探して奥へ進む。迷宮の暗闇に包まれながらも、彼らの心には決意が満ちていた。リナにはまだ会わず、気配だけを感じながら、未知の迷宮の奥へ──。



迷宮の奥を進むリナは、黄の光を頼りに、ひたすら壁沿いを歩いていた。しかし、通路は複雑に入り組み、角を曲がるたびに行き止まりや行き止まりに見せかけた抜け道が現れる。息が少し荒くなるが、リナは顔を輝かせながらも楽しそうに進む。


やがて、広い空間に出た。中央には小さな台座のような場所があり、その上にレバーが二つ設置されている。そして、その横には古い文字でこう書かれていた。


「二つの交りし意志、己が道を示さん」


リナは首をかしげる。

「……え、なにこれ? 意味わかんない……」


通路は先に続いておらず、迷宮の壁に囲まれた空間の中で、リナは立ち尽くす。黄の光が微かに揺れ、レバーに反射して淡く光る。


「うーん……どうすればいいのかな……?」

リナは何度もレバーを眺めるが、どうしても答えが出ない。ついには壁に手をつき、膝を少し曲げて考え込む。孤独感が胸を締めつけるが、リナはそれでも微笑む。


「……なるほどね、レバーを同時に引けってことか……」


自分の中で閃いた答えに、リナはにっこりと笑った。だが、同時に肩を落とす。


「……って、私、ぼっちだった……」




砂埃が舞う戦場で、リアはクロックハート朱を握り締めた。手首に沿って微かに光る針が、次の瞬間を告げる。小型の機械が無機質な光を放ちながら襲いかかる。


「くっ……また増えた!」


リアの声に応えるように、ミルダは短剣を握り、素早く前方へ踏み込む。刃が鋭く機械の装甲を削り、金属が軋む音が響く。アッシュは距離を取り、銃口を狙い定めて連射。光の弾丸が機械の関節に直撃し、一体が軋みながらよろめいた。


「リア、チャンス!」


アッシュの声にリアはうなずき、クロックハートの針を強く握る。針が振動し、光が鋭く光る。リアは体を前に倒し、回転するように針を飛ばす。機械の装甲を突き破り、一体が爆発音とともに崩れ落ちた。


残る機械は素早く反撃しようとする。ミルダが前に飛び込み、短剣で連続斬撃。アッシュは跳ねながら銃を撃ち続け、弾丸の軌跡が火花を散らす。リアはクロックハートから針を次々と放ち、機械の動きを封じながら、仲間と絶妙に連携して攻撃を重ねた。


砂煙の中で荒い呼吸を整えつつも、三人の瞳には決意が揺るがない。


「ここで終わらせる……!」


リアの声に呼応するように、クロックハートが最後の光を放つ。残る機械は軋みながら崩れ落ち、戦場に静寂が戻った。三人は互いの無事を確認し、息を整えながら次の戦いに備えた。



戦いの喧騒が遠くに消えたあと、三人は静かに立ちすくんでいた。前方には、ひっそりと並ぶ二つのレバー。そこには不思議な文字が刻まれ、淡い光を帯びて浮かんでいる。


「二つの交わりし意志、我が道を示さん──」


アッシュは眉を寄せ、その意味を必死に考え込んだ。言葉のひとつひとつが、頭の中で絡まり、答えを拒む。


リアは手の中のクロックハートを握り締め、レバーをじっと見つめる。針の光が微かに震え、心臓の鼓動と呼応するようだった。


「このレバーを、引けば……いいのかな……」


ミルダは短剣を抱えるように構え、慎重に周囲を警戒した。目には不安と疑念が宿る。


「それだけじゃ、何も起きない気がする……単純じゃないはず」


三人は言葉少なに立ち尽くし、風に揺れる砂埃の音だけが耳に残る。時間が止まったような、そんな静寂の中で、リアの目がふと光を帯びた。


「……あ!」


その声に、アッシュとミルダも顔を向ける。


「もしかしたら……同時に、引けってことじゃない?」


互いに視線を交わし、静かに頷く三人。言葉に出さずとも、呼吸を合わせ、心をひとつにしてレバーに手をかける。



三人がレバーを引いても、装置は微動だにしなかった。何故だろう——。思わず顔を見合わせるが、答えは得られない。


そのとき、左の壁の奥から声が響いた。聞き覚えのある声。


「なんでよもう!! 私は一人だから無理なの! こんな仕掛け作って……」


リアの胸が跳ねた。間違いない、あの声はリナのものだ。忘れるはずがない。


「リナなの……!」


リアは思わず呼びかけた。


「私よ、リアよ!」


壁の向こうから、リナの声が返る。


「なんであんた達が居るのよ!!」


リアはその声に戸惑いながらも、少しずつ理解した。リナは考えている。こいつらを利用すれば、この迷路を突破できる——そう判断したのだ。


「そうだ!!お姉ちゃん、ここは一時休戦しましょう。こっちにレバーがあるから、そっちと同時に引けば開くはず」


リナの提案に、リアは深く頷いた。


「分かったわ」


ミルダが腕を組み、鋭く言う。


「こういう仕掛けは、だいたいどちらが正解ってパターンよ。それでもいいの?」


リアは迷わず頷いた。


「ここで立ち止まっても仕方ないもの。


「交渉成立ね。外れても恨まないでねお姉ちゃん」


二人の息が静かに合わさる。壁越しの声と手の感触が、心を緊張で満たす。


「せーの……!」


リアとリナが同時にレバーを引いた瞬間、古びた装置が低く唸り、周囲に淡い光が広がった。迷路の壁がわずかに震え、先へと続く道が、ゆっくりとその姿を現す。

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