第10話 夢に現れた少年
三人が手にした箱の蓋をそっと開くと、そこから眩い青色の光が溢れ出した。まるでクロックハートを小さく閉じ込めたような、その輝きは、艦内の空気を震わせるほど強く、神秘的だった。
アッシュは思わず手を止め、目を丸くした。リアもまた、思わず息を呑む。二人の視線は光の結晶に釘付けになり、その場に立ち尽くすしかなかった。
「そうよ……これが旧世界の遺産。」
ミルダの声が静かに響く。淡々とした言葉のはずなのに、なぜか重みと喜びが混ざり、二人の胸にしっかりと届いた。
「……なんで教えてくれなかったんだ?」
アッシュが小さく呟く。
「聞かれなかったからよ。」
ミルダは肩の力を抜き、柔らかく微笑んだ。
その瞬間、二人は思わず笑ってしまった。光に包まれた三人の影が、静かに揺れ、遺産の青い光とともに艦内に溶け込んでいった。
ミルダは微笑みながら、静かに続けた。
「はぐらかしてごめんなさい……でも、この遺産は鍵なの。本当の遺産を目覚めさせるものよ。」
アッシュとリアは目を見合わせ、言葉を失った。青く光る結晶が、ただ美しいだけのものではなく、何か大きな力の入り口であることを直感で理解したのだ。
「クロックハート……それは、あなたたち一人ひとりが担う役割なの。」
ミルダの声に、静かな覚悟と確信が混じる。三人の胸に、まだ見ぬ未来の重みがじわりと伝わった。
リアは手元の光を見つめながら、小さく息をついた。
「……私、ちゃんとできるかな……」
アッシュはすぐそばで彼女の肩に手を置き、静かに答える。
「大丈夫だ。俺たちが一緒だ。」
光と影、そして希望の色――青い遺産の輝きが、ルミナスの艦内に静かに広がっていった。
青い光が揺らめく箱を前に、アッシュとリアの視線は交錯した。
「……これが、本当の遺産の鍵……?」
リアの声はかすかに震えていた。
ミルダはうなずきながら、箱の上に手をかざす。
「そう。クロックハートたちは、その鍵を扱うために生まれた存在なの。だから、あなたたちの力が必要なのよ。」
アッシュは拳を軽く握りしめ、静かに決意を固める。
「……俺たちにできること、やろう。」
しかしその瞬間、ルミナスの艦内に不穏な振動が走った。青い光に反応するかのように、警報音が鳴り響く。
「侵入者……?」
リアが慌てて周囲を見渡す。
ミルダは箱を抱え、冷静に指示する。
「急いでルミナスの艦内へ戻って!警備ドローンが感知したわ。ここにいては危険よ。」
三人は一瞬の判断で動き出す。光の束を握り、ルミナスの艦橋へと駆け上がる。
廊下を駆け抜ける足音、機械の警告音、青い光の微かな反射。緊張が全身を締め付ける。
ルミナスに飛び乗った三人は、ようやく安堵の息をついた。だが、リアの足元がふらりと揺れる。
「リア!」
アッシュが慌てて駆け寄る。
リアはゆっくりと膝をつき、青い光を見つめたまま微かに息をつく。
「……大丈夫、だと思う……」
だがその目には、光と影が入り混じった、まだ見ぬ力への畏怖と期待が宿っていた。
青い遺産の光が、ルミナス艦内を静かに照らす。これから始まる新たな戦い――そして冒険――の前触れとして。
青い光を抱えたまま、三人はルミナスを滑らせ、港町へと戻った。
海風が艦の帆を揺らし、港町の喧騒が遠くに聞こえる。だが、喜びに浸る余裕はなかった。
「リア……大丈夫か?」アッシュの声には、心配が滲んでいた。
リアは艦の甲板で膝を抱え、弱々しく体を揺らしている。手の震えがまだ収まらない。
「うん……少し、ふらつく……」
ミルダが箱を抱え、冷静に提案する。
「宿に戻って休ませるのがいいわ。無理は禁物よ。」
三人はそっと艦を降り、港町の宿へ向かう。
道すがら、アッシュはリアの肩に手を添え、優しく支えた。
青い光の遺産を抱えながらも、今は何よりも、仲間の安全が最優先だった。
宿に到着し、リアをベッドに横たえる。
「少し休めば、きっと……」アッシュはそうつぶやき、外の夜空を見上げた。
星の光に映える港町の灯りが、静かに三人を包む。
冒険はまだ始まったばかりだ。だが、今はただ、体を休める時間――。
宿の一室。リアをベッドに寝かせ、アッシュとミルダは静かにその場を離れた。
戸が閉まると、部屋にはリアの静かな寝息だけが響く。
まどろみの中、リアの意識に淡い光景が差し込む。
時代も場所も分からない――ただ一人の少年が、青く輝くクロックハートを手にしていた。
その手のひらで光はゆらめき、少年の目は決意に満ちている。
何かが動き、時空を超えて彼の想いがリアの夢の中に流れ込む。
少年は何かを探し、何かを守ろうとしている。
その気配は温かく、しかし同時に強烈な力を孕んでいた。
リアは夢の中でその光に触れようと手を伸ばす。
しかし、まだ完全には覚醒できず、光はかすかに揺れるだけで消えない。
少年の手の中でクロックハートは、淡く脈打つように光った。
彼の指先が一度、そして二度、微かに動くたびに光は波紋のように広がり、周囲の空気を震わせる。
「これが……力か……」
少年は小さく呟き、瞳を見開いた。
その瞳に映るのは、まだ誰も知らない世界、まだ守らねばならない未来の姿。
リアは夢の中で息を詰め、少年の行動を見守る。
光は時折、彼の心の鼓動と同調するかのように瞬き、リアの胸にも温かい振動を伝えた。
少年は迷いも恐怖も抱えつつ、しかし確固たる意思でクロックハートを掲げる。
「この力で、世界を――」
言葉はそこで途切れ、光はさらに強く、青く輝きながら部屋を満たした。
リアはその光に包まれ、胸の奥で何かが覚醒する感覚を覚える。
夢の中で、少年の姿は次第に霞み、光だけがリアの意識に残った。
その光が告げるのは、ただ一つ。
「クロックハートの役割を――果たせ。」
リアのまどろみは深く、しかし確実に、未来への導きを受け入れ始めていた。
朝の光が宿の窓から差し込む。
リアは毛布にくるまれたまま、かすかに息をしていた。
アッシュとミルダは、宿の廊下でそっと顔を見合わせる。
「……大丈夫かな」
アッシュの声は低く、少し震えていた。
ミルダは静かに頷き、そっとリアの寝室に戻る。
リアの額に手をかざすと、まだ熱はあるものの、呼吸は落ち着いている。
リアの瞳がゆっくりと開く。
青い光を思わせる光彩が、まどろみの名残として瞳に宿っている。
「……アッシュ……?」
微かに声を漏らすリア。
アッシュはそっと手を差し伸べる。
「大丈夫だ、リア。もう安全だよ。」
ミルダは微笑みながら、クロックハートの箱を慎重に近くに置く。
「夢の中で見たのね。少し早くクロックハートの力を感じたみたい。」
リアは目を見開き、箱に入った青い光を見つめる。
胸の奥で、夢の少年が触れた光の震えがまだ響いているのを感じながら、静かに息を整える。
「……私、やらなきゃ……」
リアの声には、目覚めと共に宿った決意の響きがあった。
アッシュとミルダはその言葉を受け止め、静かに頷いた。
旅はまだ続く。旧世界の遺産、そしてクロックハートの真の力へと――。
青い光――クロックハート――その秘密が、今、少しずつリアの意識に浸透していく。
ルミナスのコクピットで、アッシュは手元の箱を見つめながら呟いた。
「これでクロックハートは、朱と青の二つを手に入れたことになるな……」
リアも視線を箱に向け、目を細める。
「まだまだ、他にもあるってこと?」
ミルダがうなずき、柔らかく笑う。
「そうよ。旧世界の遺産は一つや二つじゃない。探せばまだまだ出てくるわ」
アッシュは拳を握り、操縦桿に力を込める。
「なら、俺たちは全部見つけるまで止まれないな」
ルミナスは静かに空を切り裂き、港町の上空を飛び抜けていく。
朱と青のクロックハートが放つ微かな光が、これから待つ冒険の予兆のように三人の胸を高鳴らせた。
リアは嬉しそうに笑みを浮かべ、目を輝かせながら話し始めた。
「空賊のこと、リーナのこと、クロックハートや旧世界の遺産……全部、わくわくすることばっかり!
冒険に出て良かった!」
アッシュはそんなリアを見つめ、自然と微笑む。楽しさが伝わってくる。
リアは少し悲しそうに語る
「私は、物心ついた時には親はいなくて……どうやら教会に捨てられていたみたい。それから整備士見習いとして働いていたの」
彼女の瞳には、辛さを乗り越えてきた強さが滲んでいる。
「でもね、アッシュが現れて……機体の整備を手伝ってくれるうちに、だんだん仲良くなったの」
ティアは少し照れくさそうに笑った。
ルミナスの中、三人の笑い声が静かに響き、冒険の高揚と共にそれぞれの過去や絆が静かに交差していた。
ホント、今日は疲れたな……。
リアはそう呟きながら、瞼が重くなるのを感じた。気が付けば、外はすっかり夜の闇に包まれていた。
「もう寝よう、ミルダ」とリアは小さく呟き、隣にいるミルダと共にベッドへと向かう。
柔らかな布団に身を沈め、今日の出来事を思い返す。冒険、遺産、クロックハート――刺激的で、胸の高鳴る一日だった。
一方、アッシュはひとり、自分の寝床に腰を下ろした。外の静けさが、疲れた体と心をゆっくりと包み込む。
目を閉じると、冒険の余韻が静かに心を揺らした。
外では夜風がルミナスの帆をそっと揺らす。静寂の中、三人はそれぞれの夢へと落ちていった。
アッシュは布団に横たわったものの、眠気は訪れなかった。
目の前に広がる闇の中で、心はざわついている。
リアの異変――突然倒れたあの瞬間のことが、頭から離れない。
あの青く眩い光を放つ旧世界の遺産――手に入れたはずなのに、何か他に大きな力を秘めているようで、胸の奥がざわつく。
静かな外の空気の中、アッシュは天井を見つめながら考え込む。
「まさか、あれが……ただの遺産なわけがない……本当にこのまま集め続けて大丈夫なのか?」
外から吹き込む夜風が、ルミナスの帆をそっと揺らす。
けれどアッシュの心は、安らぎを得るどころか、さらに次の冒険へと駆り立てられていた。
眠れぬまま、彼はじっと目を閉じることもせず、夜の静寂の中で思いを巡らせ続けた。
翌朝、港町に柔らかな光が差し込む頃、三人は目を覚ました。
リアはまだ少し疲れた様子だったが、昨夜の異変も落ち着いたらしい。
朝食を終えると、風呂で汗や埃を洗い流し、体をすっきりさせる。
食事のときの笑顔が、昨日の緊張をすべて忘れさせるかのようだった。
その後は、ルミナスの艦内で武器や道具の補充に取り掛かる。
剣の手入れ、弾薬の確認、そして旧世界の遺産に関わる装置の点検。
一つひとつ丁寧に扱いながら、アッシュもリアも、それぞれの思いを胸に準備を進めた。
外の陽光が差し込む艦内で、三人の動きは自然で、互いに言葉少なに集中していたが、どこか心地よい連帯感が漂っていた。
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