第8話 旧世界の眠り 謎の建物と防衛機構
まだ港町の朝は淡い靄に包まれていた。潮の匂いと遠くの波音が、ゆっくりと目覚めた世界を包み込んでいる。
リアは静かに瞼を開き、寝台の上で深く息を吸った。昨夜の作戦会議の余韻が、まだ胸の奥でくすぶっている。
宿の食堂には、すでにアッシュとミルダの姿があった。香ばしいパンの香りと温かいスープの湯気が漂い、三人は短い挨拶を交わすだけで食事を始める。言葉は少なくとも、それぞれの心は同じ方向を見ていた。
目的は――旧世界の遺産が眠る場所。
そして手がかりは、クロックハートが示した微かな反応。昨日、古びた書物を手に取った瞬間に放たれた、不思議な光。その方角を指し示すように、時計の針は揺らめいた。
「――行こう」
短く呟いたリアの声に、アッシュが頷き、ミルダが口元を引き締める。
港に停泊している「ルミナス」の帆は、朝の風を受けて柔らかく揺れていた。三人は足早に甲板へ上がり、それぞれの持ち場へと散っていく。ロープの締め具合を確かめる音、木材を叩く足音、海鳥の鳴き声が混ざり合い、出航の空気が濃くなっていく。
「クロックハート……頼むよ」
リアは胸元の銀色の時計をそっと握りしめた。その針は、まだ誰も知らぬ未来を指している。
やがて錨が引き上げられ、「ルミナス」は港を離れた。波を切り裂きながら、旧世界の影が眠るという未知の海域へ――。
雲間を切り裂くルミナスの機体は、陽光を反射して銀色に輝いた。羽ばたく風が機体を揺らし、プロペラの振動が操縦桿に伝わる。
「……あれ、見えるか?」
アッシュが前方の空域を指さす。雲の切れ間に、黒く歪んだ影が浮かんでいた。飛行船の残骸らしい。
ミルダが双眼鏡を手に取り、慎重に覗き込む。
「……空賊じゃない。誰かが急ごしらえで飛ばしていた船かも……」
リアは胸のクロックハートを握りしめた。針が微かに震え、今まで示していた目的地とは少しずれた方向を指している。
「……導きが変わったみたい……」
空気が一瞬、重く冷たくなる。遠くの雲の陰から、何か視線を送られているような――そんな錯覚が、三人を襲った。
アッシュは舌打ちをひとつし、操縦桿を強く握り直した。
「用心して進むぞ……何が飛んでくるかわからない
ルミナスのエンジンが唸りを上げ、三人は新たな航路に舵を切った。旧世界の遺産を示すクロックハートの導きは、まだ続いている――。
ルミナスは青空を切り裂くように進む。雲の中を抜けると、ふと風の抵抗が強くなり、機体が微かに揺れた。
「ん……風が……」
リアが操縦席で眉を寄せる。クロックハートが小さく光を放ち、振動を伴って指示を示す。
「この方向だ。行こう」
アッシュが言い、操縦桿をしっかり握る。
だが、その直後、背後から鋭い衝撃が響いた。小型の飛行ドローンのような物体がルミナスに接近し、警告灯が赤く点滅する。
「アッシュ、避けて!」
ミルダが叫ぶ。アッシュは機体を急旋回させ、ギリギリで衝突を避けた。
機体が揺れるたび、リアはクロックハートの導きを頼りに、攻撃を回避する。羽布が風にたわみ、プロペラの振動が腕に響く。
「くそ……何だ、これ……!」
アッシュの声に緊張が滲む。視界の隅に、小型ドローンが複数飛び交い、ルミナスを包囲しようとしていた。
リアはクロックハートを握りしめ、光を強める。小さな魔力が機体を守るように周囲に広がり、ドローンの一つを弾き飛ばした。
「まだ序章……この先、何が待っているかわからないね」
ミルダが口元を引き締め、操縦席の計器を見つめる。
ルミナスは揺れながらも、クロックハートの示す方向へ舵を切り、未知の遺産が眠る場所へと進んでいった。
ルミナスの機体は小型ドローンに包囲され、風を切る音とプロペラの振動が、心臓の鼓動のように響く。
「リア、右舷に増えてる!」
アッシュの声に、リアはすぐさま操縦桿を操作し、ルミナスを急旋回させる。青い空の中で、光の翼が揺れる。
「よし、クロックハート、光を集中して!」
リアが握るクロックハートから、強い光が放たれた。ドローンのうち数機がその光に弾かれるように爆ぜ、空中で金属片が散った。
「まだだ、くるぞ!」
ミルダが計器を睨み、次の接近を予測する。目の前にもう一群のドローンが浮かび上がる。
アッシュは銃を構え、巧みな射撃で次々と標的を撃ち落とす。風圧と振動に体を揺らされながらも、集中力を切らさない。
「このまま進めば、遺産の場所まで……!」
リアは必死に舵を取り、クロックハートの光でルートを照らす。飛行機の翼が風に煽られ、羽布がビリビリと音を立てる。
緊迫の中、アッシュの必殺弾が放たれた。光の弾丸はドローンの群れを貫き、一気に包囲網を破壊する。小型の機体が爆炎を上げて空に消えた。
「やった……!」
ミルダが安堵の息をつく。ルミナスは揺れながらも安定を取り戻し、クロックハートが示す方角へ、青空を切り裂いて進む。
だが、三人の背中には、まだ見えぬ強敵の気配が漂っていた。空賊の残党なのか、旧世界の防衛機構なのか――。
未来への航路は、光と風と、そして勇気で切り開かれていく。
ルミナスは青空を滑るように進む。クロックハートが放つ光は、書物が示した方向を正確に照らし出していた。
「もうすぐ……」
リアの声はわずかに震える。手に汗を握り、操縦桿をぎゅっと握りしめる。
「光の反応が強くなってる。近いぞ!」
ミルダが計器を凝視し、興奮と緊張が入り混じった声を上げる。
だが、その瞬間、空の先に異様な光景が広がった。巨大な浮遊岩――まるで空中に置かれた古代の要塞の残骸のようなものが、航路をふさぐように浮かんでいた。岩の表面には、古びた機械の歯車や配線のようなものが絡まり、まるで生き物のように微かに光っている。
「え……これ、避けられるか?」
アッシュの声が緊張で低く震える。銃を構えた手にも力が入る。
「リア、上昇して! 一気に突き抜けるんだ!」
ミルダが指示を飛ばす。リアは機体を引き上げ、ルミナスは揺れながらも岩の隙間を狙って滑る。
しかし、岩の間から無数の小型ドローンのような機械が現れ、襲いかかってきた。光を反射する金属の羽が、まばゆい光を放つ。
「くそ……またか!」
アッシュが銃を乱射する。次々と弾丸が小型機を撃ち抜き、爆炎が空を焦がす。
「クロックハート、光で道を作って!」
リアが必死に指示する。心臓の鼓動が耳まで響く中、クロックハートの光が強く放たれ、浮遊岩の隙間がくっきりと浮かび上がった。
三人は一瞬の判断でルミナスを進める。風が頬を打ち、機体は揺れ、エンジンの唸りが耳を突き抜ける。だが、全力で光を頼りに進むルミナスの先に、旧世界の遺産――謎の建造物の影が見え始めた。
到着は、もうすぐ――。
ルミナスを安全な場所に停め、三人は建物の入口に立った。外観は風化した石と金属で構成され、かつての技術の痕跡が微かに残っている。
「ここ……本当に旧世界の遺産が眠る場所なのか?」
アッシュが低くつぶやき、背中の銃を確認する。
「わからない。でも、クロックハートの反応はここだって言ってる」
リアは手にしたクロックハートをじっと見つめ、微かに光る文字を追った。
「行こう。用心しながら進むぞ」
ミルダが前に立ち、慎重に足を踏み入れる。
建物内部はひんやりと湿っており、古びた機械の香りと埃の匂いが混ざる。光が届きにくく、三人の影が長く伸びる。壁には古代文字や記号が刻まれ、わずかに光を反射して不気味な輝きを放つ。
「……静かすぎる」
リアが息を潜め、耳を澄ます。微かな機械の稼働音が、どこからか聞こえてくる。
「警戒を怠るな。トラップや残留防衛機構があるかもしれない」
アッシュが前方を警戒し、慎重に足を進める。
三人は互いの間隔を保ち、慎重に廊下を進む。クロックハートの光が時折、壁や床に反応して微かに揺れる。進むたびに古代の機械音や、時折聞こえる金属の軋む音が緊張感を増幅させる。
「……この先に、何かある」
ミルダが指差す先に、巨大な扉が姿を現した。扉には複雑な歯車と光る回路のような装飾が施され、古代の技術と魔法が融合したかのように見える。
「ここを越えれば、旧世界の遺産……かもしれない」
リアが息を整え、クロックハートの光を扉に向けて放つ。
三人は覚悟を決め、深く息を吸い込むと、扉の奥へと一歩踏み出した。
扉の前に立ち、三人は互いに視線を交わす。息を潜め、手に握る武器やクロックハートの光を確かめながら、慎重に扉を押した。
ギギ……という重厚な音とともに扉がゆっくりと開く。中は広大な空間で、天井は高く、壁や床には古代文字や回路状の模様が輝く。微かに機械が動く音が反響し、空間全体に不気味な緊張感を漂わせていた。
「……すごい……」
リアが思わず息を漏らす。クロックハートの光が反応し、空間の中心に向かって微かに震える。
「気を抜くな。何があってもおかしくない」
アッシュが低くつぶやき、手を銃に添える。目は周囲の影を逃さないように泳いでいた。
「クロックハート……この先にあるのね」
リアが微かに震える手でクロックハートを掲げると、光が空間の奥深くでひときわ強く輝いた。その光に導かれるように、三人は慎重に歩を進める。
床に散らばる埃を踏む音、壁を伝う微かな振動、そして古代機械の低い唸り声。すべてが、旧世界の遺産が長い年月の眠りから覚めようとしている証だった。
「……もう少しだ」
ミルダが息を整え、前方を指差す。そこには、巨大な石造の台座があり、中央に謎の物体が安置されていた。
三人の心臓は高鳴り、緊張で体が硬直する。
台座の物体は微かに光を放ち、周囲の空気がかすかに振動している。まるで、遺産自身が目覚めつつあるかのようだ。
「……これが、旧世界の遺産……?」
リアが息を詰め、目を見開く。クロックハートの光が物体に向かって一直線に走る。
その瞬間、空間全体に低い轟音が響き渡った。古代の機構が作動し、石造の床や壁の模様が光り始める。三人は思わず身を固くする。
「来たか……」
アッシュが構えを取り、リアとミルダに目配せする。
未知の力が目の前に立ち現れた。三人は覚悟を決め、旧世界の遺産の真実に挑む一歩を踏み出した。
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