第4話 灰色の旅立ち

整備桟橋に着いた飛行船の甲板では、リアたちがアッシュを迎えに行く準備を進めていた。錆びた金属の匂いと、灰色の霧に包まれた冷たい風が、戦場の余韻を漂わせている。


「ここから先は、気をつけろよ」


リアは仲間たちに声をかけながら、慎重に装備を整えた。


その時、劇場で出会った娘が近づいてきた。


「えっと……遅れましたが私は、リーナ。助けてくれて、本当にありがとう……」


小さな声で名を名乗り、深くお辞儀をする。灰色の霧の中で、彼女の瞳は真剣で、どこか守られるべき強さを感じさせた。


リアは優しく微笑み、手を差し伸べた。


「リーナはここに残るといい。危険はまだ続くけど、私たちは必ず戻るよ」


その言葉には、仲間を信じる力と、戦場の厳しさを理解した覚悟が込められていた。


リーナは一瞬迷ったが、やがてうなずき、残ることを決めた。

リアは振り返り、再び整備桟橋に目を向ける。灰色の空と錆びた金属の間に、これから始まる新たな戦いの影がちらついていた。



霧の向こうから、アッシュの姿が見えた。飛行船の甲板に降り立つと、まだ灰に覆われた衣服と焦げた匂いが彼の戦闘の痕を物語っていた。


「アッシュ!」

リアが駆け寄る。アッシュも力なく笑みを返す。

「……心配かけたな」

「無事でよかった」

仲間たちも次々と集まり、緊張の中に少しだけ安堵の空気が流れる。


整備桟橋の片隅では、リーナが手を振りながら見送る。

「行って……気をつけて」


アッシュは一瞬その視線に答えようとしたが、リアに促され、仲間たちと共に船内へ歩みを進めた。


甲板でひと息つくと、船内の会議室に移動し、戦況の整理と次の作戦について話し合いが始まる。


「次は空賊船の残党を追う必要がある。だが、無理はしない」


リアの言葉に、皆がうなずき、アッシュも拳を軽く握る。心臓の奥に、まだ戦いの緊張が残っていたが、仲間たちと共に前を向く決意が湧いてきた。


窓の外、灰色の霧の中に錆びた桟橋と遠くの街並みがかすんで見える。

その光景を見つめながら、アッシュは小さく息をつき、そして静かに心の中で呟いた。

「さあ、行こう――俺たちの戦いは、まだ終わっていない今度はこちらか仕掛けるぞ!!」



整備桟橋の揺れる甲板で、リア、アッシュ、そしてミルダは飛行機に乗り込んだ。エンジンの振動が手元に伝わり、錆びた金属と油の匂いが混ざった独特の空気が満ちる。


「準備はいいか?」

リアが操縦席に座りながら、ふと後ろを振り返る。アッシュは拳を握り、覚悟を固めるように深く息を吸った。ミルダもまた、手元の計器を確かめつつ、戦闘態勢に入っている。


エンジンが唸りを上げ、飛行機は桟橋を離れた。灰色の霧の中を滑るように進む翼先に、遠く空賊船の残党の影がちらつく。


「追うぞ――これ以上やらせはしない」


リアの声に応えるように、アッシュは拳を握り直し、ミルダは計器を操作しながら航路を調整する。


空は灰色に染まり、霧が翼をかすめる。だが、三人の視線は確かに前方の敵を捉えていた。

迫る空賊船の残党に向かい、飛行機は速度を上げ、鋼鉄と風を切る音だけが周囲に響いた。


戦いの終わりはまだ見えない。しかし、リア、アッシュ、ミルダ――三人の決意は、灰色の空を切り裂き、敵を追う翼の上でひとつに重なっていた。


灰色の霧を切り裂き、飛行機は空賊船の残党に近づいていく。錆びついた帆船のような船体が、霧の中で影のように浮かび上がる。


「来たな……!」


リアが舵を握り、鋭く声を上げる。飛行機は宙を滑るように旋回し、残党の船体に並走した。


アッシュは機体の横に立ち、銃を構える。灰色の空を背景に、彼の目は敵を捉えて離さない。


「ここからだ!」


ミルダが機体の後方に展開していた小型の砲を狙い定め、照準を合わせる。機械の振動が指先に伝わり、心臓の鼓動が早まる。


最初の砲撃が飛んだ。鉄の弾丸が空気を裂き、空賊船の船体を叩く。衝撃で飛び散る木片と火花が、霧に赤い点を作る。


敵も応戦する。空賊船の砲弾が飛行機をかすめ、機体がわずかに揺れる。アッシュは素早く体を伏せ、連続して反撃する。


「くらえ、『閃光弾』!」


アッシュの叫びと共に、光を帯びた弾丸が空賊船に突き刺さり、装甲を貫いた。火花が散り、船体が軋む音が空にこだまする。


霧に隠れる残党を追い、飛行機は旋回と加速を繰り返す。リアの冷静な操縦と、アッシュの迅速な射撃、ミルダの精密砲撃――三者の連携が、灰色の空の中で確かな力となっていた。


「まだ終わらせない……!」

アッシュの拳が震える。灰色の空路で交わる鋼鉄と火花、風の音と砲声。そのすべてが、彼らの戦意をより鮮明に燃え上がらせていた。



灰色の霧を切り裂き、飛行機は残党船に近づく。飛行機の翼先に漂う霧が、敵の影を一瞬だけ露わにする。


「まだ逃げられると思うなよ!」

アッシュが叫び、銃を握りしめる。砲身から火花が散り、飛び散る霧の粒が光に反射した。


「旋回! 右斜めに!」

リアが操縦席で叫ぶ。飛行機が軋むように旋回し、敵船の側面を狙う。


「了解、リア!」

ミルダが後方の小型砲を操作し、狙いを定める。「今だ、撃つ!」


砲撃が飛ぶ。空賊船の装甲に弾丸が叩きつけられ、木片と火花が舞った。敵の船員たちも応戦し、砲弾が飛行機をかすめて振動が手に伝わる。


「危ない!」

アッシュが素早く身を伏せる。横目でリアを見る。

「リア、次は俺が行く!」

「わかった、アッシュ! あとでミルダは援護を!」

「任せて!」ミルダの声も力強い。


アッシュは機体の側面に立ち、狙いを定めた。

「くらえ、『閃光弾』!」

光を帯びた弾丸が飛び、敵船の装甲を突き破った。火花が飛び散り、敵船が軋む。


「やるじゃない、アッシュ!」

リアが微笑む間もなく、次の砲弾が迫る。飛行機が揺れ、灰色の霧に火花が散る。


「ミルダ、援護はまだか!」

「今だ、撃つ!」

小型砲から連続して弾丸が飛び、敵の動きを封じる。アッシュは再び銃を構え、残党の動きを正確に狙う。


「ここで終わらせるぞ!」

アッシュの声にリアが頷く。

「じゃあ、最後の一撃ね!」

飛行機が加速し、敵船の側面に並走する。ミルダの砲撃とアッシュの狙撃が重なり、敵船は轟音と共に崩れ、霧の中に消えていった。


空が再び灰色に戻る。飛行機の振動だけが残り、三人は互いの顔を見合わせて息を整えた。


「ふう……やっと落ち着いたな」

リアが微笑み、操縦席から顔を上げる。

「全員無事か?」

アッシュは力なく拳を握り直す。

「ええ、なんとか」

ミルダも肩をすくめながら答える。


「次はどこへ向かう?」

リアが尋ねる。アッシュは視線を前方に向け、霧の向こうを見据えた。



灰色の霧が晴れ、飛行機は整備桟橋に戻った。


飛行機の振動がやっと収まり、三人は息を整える。


「……もう少し休めるかと思ったのに」

アッシュが小さくため息をつく。


桟橋の端に立つリーナが、手を軽く振った。劇場で出会ったあの少女だ。


「アッシュさん……本当に、ありがとうございました」

リーナの声は少し震えているが、しっかりと礼を言う。


「いや……俺達がやらなきゃ、あんな連中に好き勝手させるかよ」

アッシュは視線を逸らす。


リアが操縦席から降り、アッシュの肩に手を置いた。

「今回は助かったけど、これ以上民間人を巻き込めないわ」


「ええ……私も、ここでお別れです。折角外に出たので


色んなところを見てみようと思います。」

リーナが頷く。


「気をつけて、一人旅は危険だから」

アッシュが言葉を選びながら、リーナの目を見つめる。


「はい……アッシュさんも、無理しないでくださいね」

リーナの笑顔は温かくも、少し切なさを含んでいた。


アッシュは深く頷き、飛行機へ戻る。リアとミルダもそれに続く。


「もう行くよ」


リアが操縦席に座り、エンジンを唸らせる。


「……ああ、次の空へ」

アッシュは拳を握り、決意を胸にする。


飛行機が滑走路を離れ、灰色の霧を切り裂くように空へ舞い上がる。


桟橋に立つリーナは、手を振りながら小さく呟いた。

「どうか……無事でいて」


灰色の空路を、三人の飛行機は再び加速する。背後には、彼らを見送る小さな影と、戦いの余韻が静かに残った。



丁度その頃別の場所では


灰色の霧の中、空賊船の残骸に立つその男――空賊の頭は、硬い顔をさらに歪めた。


「何をやっていた……! あの三人を取り逃がすとは!」


部下たちは震え、口を開けることすらできない。


「……たかが一人の小僧にこんな目に遭わされるとはな」

男は拳を握りしめ、歯を食いしばる。灰色の霧が歯車の軋むような音に混ざり、怒気を増幅させる。


「俺様の命令を軽んじるとは……覚えておけ、次に同じことがあれば容赦はしない!」

部下の一人が顔を伏せる。

「す、すみません……次は必ず……!」


男は冷たい目で部下たちを見回す。

「次だ……次こそ逃さぬように。奴らはまだ、俺の計画の邪魔をするつもりだ」


吐き捨てるように言うその声に、部下たちはますます震えた。


灰色の空を見上げる男の瞳に、アッシュたちの飛行機が遠ざかる姿が重なる。

「逃げたか……いいだろう、次は……次こそな……」

拳を握り直し、怒りと復讐心を胸に秘め、男は残党を整え始めた。



一方その頃


灰色の霧がまだ残る整備桟橋。リアたちの飛行機が空へ舞い上がったあと、リーナはしばらくその姿を見送った。

小さく息をつき、手を胸に当てる。


「……無事でいてくれますように」


桟橋の端で立ち尽くす彼女の視界には、空に消えていく飛行機と、遠くに浮かぶ灰色の雲だけがあった。


劇場での生活に戻る前に、リーナは旅立つ決意を固める。

「私も……リアさん達みたいに自分の力で、この世界を見なきゃ」


荷物をまとめ、劇場の扉をそっと閉める。舞台裏に残る小道具や衣装が、まるで今までの自分を見送るかのように揺れた。


リーナは街の人々に軽く礼をしながら歩く。誰も止めはしない。みんな、彼女の覚悟を知っているのだ。


「次は、どこへ行こう……」

小さな地図を広げ、指でなぞる。遠く離れた街、港町、山越えの村――未知の場所ばかりだ。


夜空を見上げ、遠くに消えたリアたちの飛行機を思い出す。

「……私も、あの空のように、強くなりたい」


胸に誓いを刻むと、リーナは足を進めた。灰色の霧を抜け、光を求めて、自分だけの旅が始まる。


背後に劇場の灯りが小さく揺れる。けれどリーナは振り返らない。

未来を信じて、歩みを止めず、彼女の旅は静かに、しかし確かに始まったのだ。

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