ベッドの隅で─余韻のページ─

浅野じゅんぺい

ベッドの隅で─余韻のページ─

ベッドの端に腰を下ろし、薄いブランケットを肩に掛けて本を開く。

夜は不思議なほど静かだった。秒針の音すら遠く、ただページをめくるたびに生まれる紙の擦れる音だけが、小さく部屋を満たしていく。


隣では彼女が眠っている。規則正しい寝息は穏やかで、安心をくれる。なのに胸の奥に、少しだけ寂しさが混じる。彼女は夢の世界へ旅立ち、俺だけがここで文字と向き合っているようで。



あと数ページで物語は終わる。

早く続きを知りたい気持ちと、終わりを迎えたくない気持ちが、ページの端をつまむ指をためらわせる。読書好きなら誰もが一度は味わう、あの甘いジレンマだ。


指先が震えて、マグカップを傾けそうになり、慌てて引っ込めた。自分の不器用さに、思わずひとり小さく笑う。


物語の中で恋人たちが交わす言葉が、胸に突き刺さる。羨ましさと切なさが同時に押し寄せる。俺も彼女の髪に触れてみたい。けれど、声をかければ眠りを壊してしまう。だから手は止まったまま。文字の世界と現実の世界の間で、心は揺れていた。


「終わってほしくない……」

小さく呟いた声は、夜の静けさにすぐ溶ける。ページの余白に、読み手の願いが吸い込まれていくように。


そのとき、彼女が寝返りを打った。布団の隙間から夜気が流れ込み、思わず手を伸ばす。触れた肩の温もりに、心臓が一瞬だけ速く跳ねた。文字の中の恋と、目の前の温度が重なり合う。



ページをめくる音が、また夜に溶けていく。

終わりが近いとわかっているのに、止まれない。物語も恋心も、まだ途中のまま手の中にある。


眠る彼女の呼吸と、文字の余白。その両方に、自分の存在が漂っている気がした。ぎこちなく恋をして、読んで、失敗して、それでもまたページを開く。全部が俺で、全部が人間らしい。


最後のページを閉じたとき、胸に広がる静かな余韻は消えなかった。

物語も恋も、まだ終わりではないのだろう。


ベッドの隅で目を閉じる。彼女の寝息と重なりながら、心がそっと動いているのを感じていた。







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ベッドの隅で─余韻のページ─ 浅野じゅんぺい @junpeynovel

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