第33話 友人
私は油太郎を隠すように、若旦那様と紫哭様の方を向いた。
「どうしたんですか、こんなところで。お一人ですか?」
「若旦那様にこちらを届けに。お弁当を入れ忘れてしまったみたいで」
「わざわざ八千さんが?すみません」
「いえ、暇でしたので。散歩がてら来ました」
「ありがとうございます」
「あっそうだ!紫哭、さっきの話し八千さんに頼んでもいいかな?」
後ろで店主と話し込む油太郎が気がかりだった。風呂敷を渡したらすぐに帰ろうと思ったのに・・・。若旦那様と紫哭様がなにやら話し出してしまった。
「あの、なにか?」
「今度、大名の孫娘様に着物を仕立てるんですが。遠方にお住まいで採寸ができなくて。似た体格の方を探しに大通りを歩いていたんですが・・・八千さんだと丁度体系が似ていてたすかるんですが」
「私でいいんですか?」
「そこまで正確な採寸じゃなくてもいいんですが、柄が特徴のあるもので着付けたときの見え方が難しいんです。なので小柄な女性を探しているんですが・・・」
「私でよろしければ・・・」
「本当ですか!?良かった~。ありがとうございます。助かります。ねっ、紫哭もいいだろう?」
「・・・ああ。いいんじゃねぇーか」
紫哭様は煙管を吹かしながら私を見ることはなかった。
「ではさっそく明日からお願いしてもいいですか」
「はい」
風呂敷を若旦那様に渡すと、二人は店の方へ戻って行った。紫哭様が風呂敷の中の重箱を開け、なにやらつまんでいる。二人の姿を見ていると本当に兄弟のようだった。生まれの歳も同じで、確か数か月ほど先に紫哭様がお生まれになった、と蕗子様から聞いた・・・。
「ふぅ~ん、あれがわかだんなって奴?」
「ゆっ油太郎っ!もう、驚かさないでよ」
「なんか想像してた奴より弱そうだな」
「優しい方なの」
「へぇ~やさしいってどんなの?」
小さくなった若旦那様が振り返り手を振っている。私も手を振り返すと、隣の油太郎も大きく手を振った。また尻尾が出てる・・・。でも、この距離なら尻尾は見えないし大丈夫よね。二人の姿が賑わう往来の人に紛れていった。
帰りにこんぺいとうを買い油太郎に渡した。小さな砂糖菓子は山のどの実よりも甘い。
「なぁやち、つまんなくなったらいつでも帰ってこいよ」
「またそんなこと言って」
「だって人と付き合うのは、すげー難しいって母ちゃんも言ってた。山の連中はいつだって帰ってこればいいって言ってる。今日はそれを言いに来たんだ」
「油太郎・・・」
目を閉じて、屋敷に来てからのことを思い返した。――私は、ここでやっていけるか。そう自分に問いかけた。
「ありがとう。でも・・・今は大丈夫よ。元気でやっているってみんなにも伝えて」
「そうか?ンじゃ今日のところは帰るか。また遊びにくるな」
「そのときはもう少し人術が上手くなってから来てね。また尻尾見えてるわよ」
「えっ!?ウソッ!!完璧だと思ったのになぁ~」
「前よりは上手になってるから、油太郎ならきっとできるようになるわ」
本当は手前の山まで送ってあげたいけれど、さすがにそうしていると屋敷に帰るのが遅れてしまう。町の外れにある神社で別れることにした。赤い鳥居の下で、くるくると走り回る油太郎の足が止まった。持っていた風車に息を吹きかける。それを見て微笑んでいると、油太郎は右手を私に差し出した。
「やるよ」
「えっでもそれは油太郎が貰ったものでしょう」
「これ見てオイラのことを思い出したら、少しは寂しくなくなるだろう」
「油太郎・・・。ふふふ、そうね。貰っておくわ」
赤い鳥居を潜ると油太郎が大きく手を振っている。ぴょんぴょんと飛び跳ねると、あっという間に子狐の姿に戻った。田園の中を走り抜けながら、時折振り返っては私を見てまた飛び跳ねていた。どうか無事に帰れますようにと、神社で手を合わせ私は屋敷へと帰った。
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