第25話 何気ない朝の日常
朝起きて階段を降りて行くと、隣の家のおちびちゃんのマルノネが、僕の後ろを付いて来ていた。
大きさ的に、ニンフと思っていた僕は、えっ!? と何度も見返す。
「マルノネちゃん、お父さん、お母さんにこっちへ来てるって知ってる?」
小さな彼女に視線を合わせ、僕は床にほとんど座りこむ。
「あっ、忘れた」
彼女は口に手を当て、慌てたように僕を見ている。
くるくるまわる表情が、なんだかとっても微笑ましい。
「じゃー、一度、おうちへ帰って聞いて来よう。いいかな?」
「行くー!」
手が、大きくあがり、彼女はジャンプ。
そして僕を、連れて玄関の方へ向かっていく。
ニンフは見かけは子どもに近いけど、やはり本物の人間の子どもとは違うかもしれない。
元気の塊って感じるのは、個人差の内なのかな?
そして今は幼いマルノネも、僕のように、ニンフを追い越して大人になる。
そう考えてしまうと、そんな気持ちの隙間を埋めるように、つないでいない手で家の壁をなでて歩いてしまう。
胸の中にある、寂しさを紛らわすように。
けど、大丈夫なのかもしれない。
玄関の扉を開けて、外の風景を見る。
雑草の生えた空き地では、アレックスとダークエルフさんが打ち合う、木の剣の重みのある音が響いていた。
ニンフは? と、辺りを探すと、畑のコスモスたちに埋もれながら座り込んでいる。
こんな日々が、僕たちが居なくなっても続けばいいと、僕は思った。
今はぎごちない笑いで、精一杯だけど……。
しかし、僕がマルノネを連れて、アレックスのもとへ行く途中――。
「ストップ! ストップ!」
僕たちと一瞬、目が合ったアレックスが、後ろへとさがりそう大声をあげた。
ダークエルフさんの剣は、ブ――――ン! と、音をあげるようにして、半円を描いて止まる。
そして彼女は、僕らを見るアレックスを見て、僕らの方へ振り返る。
「マーストン! マルノネがいる時は近づく前に、声をかけてくれ!」
「あっ! そうですね、すみません。ニンフと同じで感覚でマルノネと歩いてました」
木で出来た剣が、アレックスの何気ない動作で、ザクっと地面へ突き刺さる。
その柄に、少しだけ体重を乗せて、彼は立っている。
「「おはよう」」
「おはよー」
「だからか、なかなか一緒の姿がさまになっている。しかし本物の子供はパワフルで、凄いぞぉー」
「うーん、幼い頃からニンフと一緒だったからでしょうか。それにしても小さい子でも、パワフルまでとは……なんだか想像もつかないですよ」
「マルノネは結構大人しいからな、孤児院の手伝いのクエストとか、今度受けてみるか?」
「えっ……あぁ、それはまたの機会に」
とても、彼は楽しそうに話し、そんな姿を見ると心地よさとか安心感というものを感じる。
たぶん僕は、祖父や両親を見る、ミャレモ村の人々と同じ眼差しで、彼を見ているだろう。
それがいい事とか、悪いことではなく……、いや、とてもいい事かもしれない。
頼れる仲間を得たって意味なんだから。
僕とアレックスが話している間に、マルノネはダークエルフさんを連れて、ニンフの居る畑の方へ歩いて行ってしまっている。
そして畑へ辿り着いたマルノネは、ニンフによってブラウンの柔らかな髪をコスモスと一緒に編み込まれていく。
「ところで、ブルーノさんご夫妻は?」
「ブルーノさんは鶏小屋へ行くのを見たが……、そういえば居たなーちいちゃいのが後をついて」
「うーん、付いて来てたことに、気がついてなかった、かもしれませんね……」
そう言って、にらの様に真っすぐ伸びる、牧草の畑の奥にある鶏小屋を見た。
ブルーノは今も、鶏小屋の中にいるのかもしれない。
けれど……、鶏小屋の中では、結構、気性の荒いにわとりも放し飼いにされていて……入りたくない。
「……ちょっとマルノネを連れて、ブルーノ
「あぁ、逃げられないようにしろよ」
――逃げられないように? なんだか場違いな言葉に、疑問が浮かぶ。
しかし、行けばわかるだろうと、マルノネちゃんのいる、畑へと向った。
ちょっと見てない間に、コスモスの王冠やら、首飾りがみんなを飾り付けていた。
「マルノネちゃん、一度おうちへ行こうか?」
僕はそう言っただけだった、本当に。
けれども……彼女はみるみるうちに、大粒の涙を流す。
「いや――!」
顔が天にむけながら、大きく「あぁぁ――」っと声をあげて泣きだし、逃げた……。
「逃げちゃった……」
「あぁ……」
マルノネちゃんは、奥の牧草の方へと一直線に走っていく。
――思った以上に、足が早いなぁ……。
僕は思わずその様子を見送りながら、途方にくれた。
「向こうはまぁ、安全だから大丈夫だろう」
アレックスは、僕の肩に手をかけて、ゆっくりとだが、彼女を追っていく。
そして草の香りに気づくと、ニンフが僕の隣りで、僕を見つめてたっている。
「ニンフ、ブルーノさんの家へ、一緒について行ってくれませんか?」
彼女は小さくうなずいて、僕の隣を歩く。
「ニンフ、そのコスモスは、昨日植えたやつだよね」
彼女は少し自慢気な笑顔になる。
子どもの頃はせっかく植えたのだから、育てればいいのに、と、思いもした。
けれど、火を起こすにも、マッチを使い、雑草を引き抜く僕らは、草木を熟知しているだろう彼女に、草木を育てる喜びや、花の命の大切さを語るのは、おこがましいのかもしれない。
けれど、植物の命、次に動物や人間の命の重さと段階を踏んで、説明すれば伝わり易い気がする。
幼い頃からいる僕の幼馴染みは、人格者だった祖父の計らいで、初等部まで村の学校へ行って居たが、今ではどれくらい人としての、常識を身に付けたのだろうか?
中等部からは、姿も現さなかったから、好きだったわけではないだろう。
しばらくの間、彼女の後頭部を見つめていた僕に、彼女は気づく。
そして彼女は、僕の袖をひっぱり、彼女の前に座らせるのだった。
◇◇
トントン
ブルーノさんの家のノッカーを使うと、ミズエラさんがすぐに扉を開けて現れる。
「あら、おはよう、マーストンに、ニンフちゃん二人ともかわいいわね」
「おはようございます、えっと……ニンフがつけてくれたので」
ニンフの髪を見つめていた僕に、髪に飾られたコスモスをいくつか引き抜き。
うーんと、選びぬいた色は白。それを、僕は耳の上に引っかけていた。
そしてそれは僕の耳で、白く可憐に花を咲かせているだろう。
レイソンのパーティーに居た頃なら、何かを言って来るだろう彼を想像して、たぶんなかった出来事だが、アレックスならまぁ言わないでくれるだろうと今は思える。
「ミズエラさん、娘さん今、僕らの所で遊んでいますが、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃない!?」
「えっ!? あっ今、あそこに」
僕が指さすと同時に、彼女は扉から飛び出す。
「あっ、ありがとう、マーストン」
「いえ」
慌てている彼女について行く。
そして彼女は振りかえって「子ども用の玄関が開いてたから、ブルーノが散歩へ連れて行ったと思っていたの! 助かったわ、本当に!」
マルノネちゃんの前に、ミズエラさんが立ち、抱きしめる。
「マルノネ、お外に勝手に出ちゃ駄目だって言ったでしょう?」
「パパ、出ちゃったから……」
「えっ? もしかして玄関開けられるの?」
「うん! 開けられる!」
ミズエラさんの腕の中で、元気に答える。
「うちの扉も1人で開けれるみたいで、マルノネちゃん1人で居ましたよ」
「えぇー!? マルノネ、1人で開けれるのはお姉さんになって偉いけど、勝手に開けちゃだめなんだってば!?」
「わかった?」
「はい!」
「じゃー帰ろうか」
「い……」
そしてふたたび、くしゃっと、泣く前の顔に……。
「朝ごはんに、林檎とヨーグルトあるよ♪」
「帰るぅ~」
「ありがとうございました」
「バイバイ」
お母さんに抱っこされ、こちらを向き手を振っている。
そんなマルノネちゃんを見送る。
そんなふたりに挨拶する、ニンフとアレックス。
しかし、そんなアレックスの髪にも僕と同じ白色のコスモスが可憐に咲いていた。
――アレックスの赤色の髪にも、白色は映えるからなぁ。
でも、お揃い、色違いでも、ちょっと嫌かもしれない。
そしてやって来た彼は――。
「マーストン……おれは赤がいいって言ったのに、ニンフが首を縦に振ってくれなかったんだ……」
そう、気持ちをこぼしていた。
続く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます