第2話 闇の妖精の討伐! 後編

 ギルド手配書の依頼を受け、闇の妖精討伐へ『妖精の迷い森』へ来ていたマーストンを含む正義の鉄槌のパーティーメンバー。


 あと一歩のところで、闇妖精の老婆の使う何らかの攻撃のせいで、武器での攻撃を得意とする前衛たちは、方向感覚を狂わせられて、混乱してしまっていた。


 「穿うがて、土の牙よ!」

 ケイトの詠唱と共に、地面から荒く削り取られた岩々が、老婆の上に降り注ぐ。


 だが、あと一歩で老婆へと届くそれは――、老人が居た方角から飛んできた炎に横殴りにぶつかられ、砕かれ瓦礫と化をした。

 

 しかし唖然と、立ち尽くす時間はなかった。

 

「キャー熱い!? 何々!?」

「うぁぁ――!?」


 辺りに散らばった炎と岩の破片が、老婆に絡めとられ、惑わされていたレイソン兄妹へと降り注いでいた!


 兄妹の、断末魔のような悲鳴が辺りに響く。

 辺りにとてもおぞましい匂いが立ち込め始め、風の加護を受けているとはいえ、レイソンは鉄の鎧だ、たまったものではないだろう。


「水の精霊の癒しの力を!」

 すぐさま回復魔法を唱える。空気が輝き、水の光の粒が、優しく、少しずつ、浸食するように彼らを包みこむ。


 

 ……そして、ふたたびレイソンは動き出した。

 その姿を見て、マーストンとケイトの二人の顔に、やっと少し光が宿る。


 しかし闇の妖精は死んだわけではない。


 緊張で固くなっていた体をほぐす様に、小さくではあるが深呼吸をすると、マーストンは出来るだけ、肩の力を抜くよう努めた。

 

「もっと! もっとだマーストン。もっと回復をくれ!」

「えっ……」


「こんな中途半端な回復じゃあ、あの妖精どもの、息の根を止めることは出来ない! お前はわかってはいない、少しに油断と剣の鈍りで、人は死ぬ!」


「ですが、僕の魔力にも限りがあります。彼らの戦術を、見極めてからでもいいでしょう!」


「それまでに死んだらどうする!?」

 

「私にもお願い、マーストン!」

「マーストン、彼はリーダーで、今は彼のことを聞くべきだわ」


 二人の全身を覆った炎のせいか、兄妹は正気を取り戻した。


 そして反撃のチャンスを狙い、形勢逆転を狙おうとマーストンに回復魔法を要求するが、召喚師である彼の顔色は冴えない。


 ――『魔力の管理はこちらに任せる約束だったじゃないですか……』


 その言葉を飲み込み、苛立ちをこらえるように、マーストンは奥歯を噛み締める。 


 同郷の彼らの、結束力はやはり固く、それは仕方ないことだった。


「水の精霊の癒しの力を!」

 今度の水の光は、先ほどより落ちている。慌てて、ウェストポーチからの試験管型の容器に入った、魔力回復用の飲料水を飲む。


 魔力回復のための飲料水にも限りがあるし、そんなに連続して飲む物でもない。


 第一回復を行えるマーストン自身も、正式なヒーラーの能力はなく、魔力の回復を錬金術師の飲料水に大きく頼った状態だった。


 回復をかけても、かけなくても、危険な賭け。


「消えろ!」

 

 僅かの間に、レイソンは地面に深く、剣を突き立てていた。どうやら、方向を惑わせる老婆の方は、息の根を止められたようだ。


 だが、次の瞬間、妖精の体は光となり、ゆっくりとある場所を目指し飛んでいく。


 そこにはクリシア、そして妖精の老人が居る!


 老人の方へと向かう光に、ケイトの魔法の岩石の塊が、ドドドドドと、音と土煙をたてて降り注ぐ。


 その間を縫うように巧みに、光は、岩石の攻撃をふら~ふら~と避けて通り抜けてしまった。


「なんでぇ~~~」

 ケイトの悲鳴にも似た声が、辺りに響いた


 クリシア、彼女も追い立てるように、生き残りの妖精の片割れに迫る。


 だが、老人の放つ炎も彼女に迫るので、一進一退を繰り返し、後一歩の状態だった。


 けれど、魔法を数多く詠唱されていく中で、その攻撃を完全には避けきれず、彼女の傷は増えるばかりだった。


「撤退をしましょう!」


 そうマーストンは提案した。


 その時には、老人の体の中に、光は吸収された後だった。

 

 しかしすぐに動けないようで、進退を決める最後の猶予。


 マーストン以外、錬金術師の薬を持っている者が居ないのは、経験済み。

 危険と度合いから戦いの行方を決めなければならない彼からしたら、今の一時は最後の救いの糸の様に見えていた。


「吸収したからと言って、2人分強くなるとは思えない。今ならやれる!」


 レイソンの瞳が、彼の気持ちの荒ぶりで煌めいている。


 それを見て、マーストンは一瞬、彼を見て怯んだ。マーストンから見たレイソンの瞳の煌めきは、戦闘向かう戦士の荒ぶった気持ちの現れにも、マーストンへの怒りのあらわれのようにも見えたのかも知れない。


 そしてその予想が当たっているかの様に、マーストンを表す彼の形は、深い闇の闇に囚われたように光を失くす。


 その事に優しい彼女は気づいたが、だが、彼女はそれに目を背けた。だから、マーストンはその事を知ることはない。


「けれど、また惑わせられたらアウトですよ!」

 

「今までの経験上、迷わす力がある可能性は限りなく低い! マーストン、回復だ!」


「でも!」


「早くしろ!」


 彼女たちは何も言わなかった。多分、この状況で判断がつかないのだ。


「本当に貴方は、愚かだ……」

 

 そう言ってマーストンは詠唱した。そして彼の魔力は底をつき、心は空っぽになる。そうすれば召喚師は眠りについてしまう。


 そしてマーストンは意識を手を離すこととなった。


          ◇◇◇


「倒せた――!」

「やりましたね」


 このパーティーリーダーレイソンの思惑通り、光を吸収した妖精の力は回復し、傷も癒えた。しかし惑わせる力を欠いた、妖精は魔法を使うただの魔物と一緒だった。


 しかも牙も、固い甲羅もない分、とても楽な部類だ。B級パーティーの称号を受けている、彼らの敵ではなかった。


 レイソンは、足元で眠りこけている。緑の背広を着て、黄色よりのブラウンの髪の青年を見下ろしていた。


「マーストンは、ここへ置いて行こう。こいつに危険が迫れば、ニンフが起こすだろう」

 

「へっーいいよ。マーストンは、本格的なヒーラーじゃないから、いまいちなんだよねー」


「でも、マーストン回復はしっかりしてたじゃないですか!」

 

「だが、倒すためにも、逃げるために体力も必要だろ? そのための判断は、究極の状態ではリーダーに従うべきだ。迷っている間に、策はついえる可能性さえあった」

 

「それは……。では、加護だけさせてください。それがギルドの求める人道的な配慮ですよね」


「いいが、街に変えるまでに、危険な場所なんかないぞ」

「そうですね」

 そう言ってケイトは、目をつぶる。


「ケイト優しーい。ヒーラー目指せば良かったのにー」

「教会へ行き、教えを乞えるほど適正がなかったので……」


「私もー」


 彼れらはマーストンに加護を与えるとすぐに、馬車の隠してある場所を目指して歩き出す。


 そして起き出した梟が、ホッホォーーッと、夜が来たことを告げ鳴く頃。


 美しい金髪の町娘が、一人残されたマーストンのもとへと近づく。


 彼を静かに見下ろしていた。

  

     ◇◇◇


 そして……意識を手放していた、マーストンは、彼と2年間冒険を共にしていた【正義の鉄槌】のメンバーの、別れの言葉を知るよしもなかった。

 

 


      続く




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