回復不足の世界で、精霊ニンフの苦い薬草を食べて冒険しています!

もち雪

始まりの町【スイジース】

第1話 闇の妖精の討伐! 前編

「まだか、いつになったら……」

「もうすぐですよ」


 夏の終わりの時期、彼らは暗闇の森を歩いていた。

 正午を回っていないはずだが、厚い木々の枝と葉の重なりが、外界からの光を閉ざしている。


 光が通らない森の中で、辺りを照らす光る石が、彼らのポケットや鞄で揺れている。

 それでも先の見通す事の難しい森を、4人の冒険者がひとかたまりになって歩いていた。


 その時、不意にドサッという重い音が耳に届く。


 その音で彼らはその歩みを止め、胸元の光る石を取り出し、慌てて辺りを見回せば、隣を歩いていた魔法使いのローブが、背の低い樹の枝の隙間からわずかに見えた。


「ケイト?」

 マーストンは彼女の名前を呼び、彼女のまわりを確認しながら近づいていく。


 ――彼女は本当に眠っているだけか?


 ケイトの顔に手をかざし、彼女の息を確かめる。


 温かい寝息が手に触れ、「寝ている……」と安堵の吐息と共に、言葉を漏らした。

 

 そして彼は、ギルド受付嬢カレンの言葉を思い出す。

     

     ◇◇◇


「【正義の鉄槌】の皆さんがお持ちになった、ギルドクエストの手配書は、『妖精の迷い森に住む、闇の妖精退治』で間違いないでしょうか?」


 カレンは見本的なスマイルを浮かべ、マーストンのパーティーメンバーへと問いかけた。


「ああ、よろしく頼む」


「クエスト申請、ありがとうございます! 今回の闇の妖精は旅人を眠らせ、金品を奪う際、旅人を眠らせるタイプですので、その対策などをお忘れなく。 睡眠妨害用の飴などもございますが、いかがでしょうか?」


「それを貰おう」

「ありがとうございます」


 マーストンたちより少し年上のレイソンの言葉に、カレンは微笑み、マーストンたちの次のギルドクエストが決まったのだった。

 。

 

    ◇◇◇


 歩いていた時間は、まださほどたっていない。口の中の飴は形を保ち、鼻をおもわずつまみたくなるほどの、苦さをたもっている。


 だが、彼はそのまま地面へと倒れ込み、固く目を閉じた。


 森の静けさは、耳鳴りの様に響き、小さな音で、心臓が飛び出しそうになるほど、ドキドキと音をたてて余計、彼を焦らせることになる。


 冒険者を始めて、2年間あった。だが、魔物を待つ、この瞬間だけは慣れる事はない。


 緊張して飴を舐めていても、喉が渇いてくる。


 そんなピーンと張った緊張の中で、バサバサッという鳥の羽音、カーカーと鳴くカラスの鳴き声も、魔物の出す咆哮の様に聞こえてくる。


 その時、ガサゴソっと、茂みをかき分ける音がした。


 パーティーメンバーではない誰か、ひきづる様な、変調きたした歩の進み方で、それは、ゆっくりと、だが、確実にこちらに向かってやって来ている。


 

 つっーーと額から、汗が落ちた。


 ――ガサガサと木々のぶつかり合う、その音はまだ100メートルほど遠くで聞こえているだろうか?


 ――パキ、ザッザッザッという音に混じる、パキッ、という小枝を踏み割る音で、ふたたび心臓が飛び跳ねた。毎回、心臓に悪い……。


 先制攻撃で有利な立場を取りたい。


 けれども……、レイソン、クリシア兄妹の持つ剣の切っ先が、闇の妖精に余裕をもって届く距離には、まだ早い。


 ――ゆっくり、早く来い……。


 その時、間近で、ざざっと誰かが動き出すような衣擦れの音と、地面をける音が響いた。


 ――まだ、早すぎる!? いったい誰が!? 


 そう考えると同時に、手の震えが一旦止まった。マーストンも飛び起き、魔法の詠唱を行う。


 レイソンとクリシアの兄妹が、魔法の範囲から出てしまう前に、早く!


「風の精霊の加護を」

 緑の風がパーティーメンバーの周りを、駆け抜けるように走った。それによってレイソンのスピードも、少しだけ上がる。


「レイソン、そこまでです。加護は万能ではありません! 距離をとって!」


 しかし彼は妖精の前へと、不用意に進み出ていく。その距離で、不意打ちで魔物の懐へと飛び込むつもりか?


「ははは、罠にかかったな、人を害する妖精どもめ!」

 

「ちょっ、おにいちゃん早い! もっと引きっけてからって言ったじゃん」

「今さらなんだ! 目の前のことに集中しろ!」

 

 盾と剣を持つレイソンと、そして彼の妹のクリシアの待つ、切っ先が鋭いレイピアの全体が光輝く。


 そして兄妹の向かう先には、今回の討伐対象の闇の妖精。


 身長は子供ほどの大きさだが、人々を迷わせ、眠らせる力は、時間が経過すると共にこちら側が不利になるだろう。


 だからと言って、闇雲に飛び出しても、ましてや言い争っている冒険者が勝てるはずがない。


 マーストンは右手の人差し指で、自然と鼻筋を触る。

 彼も、計画なら今ごろケイトを起こす事になっている。しかしヒーラー役をも担う彼は、目を離す事に躊躇していた。


「レイソン、クリシア何やってる……」

「う、うん……」

「ケイト!?」


 彼女の黒魔法なら、今の状態を抜け出る事ができるかもしれない。


 一か八かの賭けで兄妹から目を離すと、マーストンはケイトの横へと座る。


 胸のポケットに忍ばせていた蝋紙から、薬草の葉を取り出し、ケイトの鼻をつまむと、おもわず口を開けた舌の上へと、薬草を置きくわえさせる。


「ぁ――! 苦いなんなんですか、これ!?」

「苦い薬草、作戦始まっているよ!」

 

 いつも大人しいケイトが、飛び起きて叫んだ。マーストンが進行状況を知らせている今も、運がいいことに兄妹は危機的状況に陥ってはいない。


 水筒から口から溢れるほど水を飲むケイトに、皆が舐めているのと同じ飴を缶ごと、彼女前へと差し出した。


「次はこれ、すぐ、舐めて」


「おぉケイト、起きたか! しっかり働けよ!」

「妹の話くらい聞いてよ――!」

「敵の前でか? 後で聞いてやる、行くぞ!」

 

 戦力が増え、マーストンは今一度、戦況を確認する。

 彼から見た時、前方の左と、右から、闇の妖精に挟みこまれていた。


 どちらを先に倒すべきか、そんな作戦も決まらないまま、レイソンが鎧をガチャガチャとならし、剣を取り出すと闇の妖精の老人へと、一太刀浴びせようとしていた。


 いつもの様に、後衛へ臨機応変を求められる。そんな戦闘の仕方に、マーストンはいつもながら眩暈がしそうだった。


 今日、【正義の鉄槌】の苦手なトリッキーな攻撃をメインとするような敵だ。


 自分の未熟さからくる以上の、得体の知れない不安が、目の前の闇の妖精をより、彼に不気味なものに見せていた。


 その時、右前方に立つ老人が、不意にその目の前まで指を掲げる。


「口が開いた! 詠唱を始めるかもしれません!?」


 マーストンがそう言い終らない内に、老人の指は高い空へと、引っ張られる様に高く掲げられた。

 

 次の瞬間、頭1つ分の炎が、ゴォーーーー!!と、レイソン目掛けて飛んで行く!


「詠唱を必要としないのかよ!?」


 ギリギリので、盾で、自身を庇ったレイソンは、今日、初めて目の前の敵の脅威を感じとったようだ。彼は、盾を手に庇った姿勢のまま、身動きもせずその妖精を見つめる。

 

 しかし次の炎が着弾する前に、彼は動いた。


 彼は盾を前に、炎へと突っ込んで行く。次、次と炎は盾へと当たり、飛散して弾けた。


「をおぉぉぉ――――!!!!」

 

 次の瞬間、彼の、盾、鎧が、炎を纏いながら、老人へ勢いをあげてぶつかっていた。


 そして音もなく、それは枯れた萎びた老木のように、軽々と盾によって、高い木々の枝と葉の中へ吹っ飛ばされ、木々のバキバキと折れる音が響く。


 もしかしたら……その中に、あの枯れ木の様な老人の部位を、粉砕した音も混じっていたかもしれない。


 そして最後にそれは、木の太い幹の正面にぶつかり、ズルズル木の表面を削る様に地上へと崩れ落ちていく。



「やったか!?」



 そう言いながら、レイソンは剣を取りだす。

 剣は闇の血を求めるように、禍々しい輝きで、レイソンの手の内におさまっている。


 闇の老人が崩れ落ちている木へ向かう彼は、不用意に見えて思わず「レイソン!」そう、マーストンは彼の名を呼んだ。


「うん?」

「気をつけて……」

「お前が臆病なのはいい、だが、俺のやる気を削ぐな」


 そう言われ、マーストンはふたたび黙った。


 ーーレイソンは戦うモチベーションを保ち戦うタイプだ。生き残れるならそれでいい。


 彼らの視線の先の老人は沈黙したままだ。


 それならばと、クリシアへと視線を移す途中、種火の様な小さな炎が、列をなす金魚のように、老人のいる方向へと向かっている!?


「レイソン、炎が!!」

「だから!」

 そう振り向いた彼の横を、急に種火たちは速度をあげて、転がる老人の体の中へと飛び込んでいく!


 

「ギャハハハハハハ」



 耳が痛いほどのその狂喜の笑い声が、一瞬の怯みで無防備になった彼らに突き刺さる。


 ソレは壊れたおもちゃのように顔を持ち上げ、口の端が大きく上がると、濁った瞳はマーストンたちの事を見ていた。


 しかし正確には誰のことも捉えていない。その瞳に闇が宿り、そして存在そのものが闇のようだった。


「……さすがに、闇妖精、簡単に倒されてはくれないですね」


「マーストン、そんな呑気なこと言ってないで!」


「そんなことはありませんよ。実は全身の震えが……」

 そう言うと、彼女は絶句したのか、もう何も言うことはなかった。


 ケイトはひまわり色の瞳で、マーソトンを見て、深い緑色の彼の背広の袖を引っ張りながら、彼女はレイソン兄妹の方を順番に指をさした。 


 いつの間にだろう……?


 あの兄妹は妖精の計略に引っかかっているのか、今は見当違いの場所に、剣を振り下ろしている。


 もし二人の場所が近ければ、大変な事になってただろう。

 さすがにマーストンも、眉間に深く皺を刻み、渦中の兄妹を見つめた。


「畜生!? なんで、とどめがさせないんだ!?」

「どうしょう、おにちゃん!?」

 

 レイソンは苛立ち、クリシアは兄に向って助けを求めている。


「どうもあの老婆の方が、妖精が迷わせの森の原因のようです」

「それは見ればわかります!」

 

「それなら、早く、あの老女を攻撃して! でも……、もし攻撃が当たらないのなら……、すぐに攻撃を停止して」


「わかったわ!」


 そう言うとケイトは、胸に手を置き深く深呼吸をした。


「貴方まで方向感覚を狂わせられてしまったら、魔法により死者が出ます。くれぐれも気を付けて……」


「でも、レイソンたちはそのままでいいの?」


「彼が、僕の言うことを、聞いてくれるでしょうか?」


「あ…………、ok、あの老婆を攻撃するね」


 魔法のために必要な精神統一を済ませたケイトは、そう話を切りあげた。


 レイソン兄妹と同郷だという、彼女の理解力は高い。それだけにレイソンと、マーストンの確執かくしつという問題を、今回も放り投げてしまったようだ。

 

 もどかしいという気持ちからか、マーストンの背中に冷や汗が流れ落ちる。


 ――つまらない意地の張り合いで、死んでしまったら笑えないな……。

 そう思いながら、マーストンは戦況の変化を今はただ見守っている。

 

    続く

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