第一話
特に面白味のない高校一年生の夏休みが終わり、長い長い二学期が始まった。二学期の大型イベントと言えば十月の体育祭ぐらいのもので、それ以外は何もない。部活をやっている人もインターハイ&三年生の引退ラッシュが終わり少し落ち着いた様子。学校全体としても少し気だるげな空気が漂っているように感じる。
そんな中俺はというと、例にもれず呆けた顔で授業を受けていた。実力テストもなんとか乗り越えたし、しばらくはゆっくりしていられる。最悪授業中に寝ちゃっても放課後にしっかり勉強すればまだ間に合う。そんなことを考えていた。だいたい授業内容も悪い。場合の数なんて、どうぞ寝てくださいみたいな内容だし、世界史も横文字ばっかりで目が滑る。それに暑い。暑すぎる。登校下校時がしんどすぎる。もうとりあえず学校に来て起きていればOKみたいな感じになっている。
そしてこんな呆けた生活をしているとミスをしてしまう。明日提出のプリントを学校の机に忘れてしまった。面倒くさいが、取りに戻るしかない。
学校が施錠するのは二十時。今ならまだ間に合う。家から徒歩十分の駅に乗り込み、特急で三十分。ここまでは良い。問題はここから二十分間歩かないといけないことだ。なぜここにバスを通さなかったのか。市の役人に問い詰めたい。学校に着くころには汗だくだくだ。
下駄箱で靴を履き替えようとすると、人の気配がした。ペタペタという上履きの音。流石にこの時間まで教室棟に残っている人はいないと思っていたので少しびっくり。もしかすると俺と同じようなマヌケかもしれない。どんな奴だろう思いその音のなる方を覗くと、クラスメイトの御前涼花がいた。後ろ姿だが、あの黒髪ミディアムとちんまい体格は彼女に違いない。だが不思議なのはでっかい脚立を持っていたこと。彼女はこちらに気づくことなく、そのまま階段を上り二階に上がっていってしまった。
何かが引っかかった。
彼女が何をしようとしているのか。想像は何とでも出来る。天井に何かを取りつけたかったとか、高いところから絵を描きたかったとか。でも何か違和感があった。
気になったので付いていくことにした。追いかけるようにして、しかし静かに階段を上がる。二階にはいなかった。ということは。そのまま三階に上がる。踊り場から顔を覗かせると彼女がいた。脚立に上り、教室の上の窓を開け、そこから中に入ろうとしていた。脚立がガタガタと揺れていた。
「何してるんですか!」
思わず大声を出してしまう。それも仕方がない。脚立の一番上に立つのは危険行為。ましてやそこから窓に移ろうなんて言語道断。
急いで走り出し脚立を支える。
「あ、大嶽くん」
「あ、じゃないですよ。早く降りてください」
でも、と言い訳しようとしたが、何も思いつかなかったのようだ。大人しく降りて来た。心なしかがっかりしているように見える。
「何してたんですか?」
「見たらわかるでしょう。この教室に入ろうとしてた」
いやそれはわかってるんですよ。何で入ろうとしていたかを聞いているんです。
「大嶽くんはさ、この教室使ったことある?」
御前さんが入ろうとしていた教室。一年九組の横にある空き教室だ。その隣の空き教室なら英語の授業で映画を見た時に使ったことはあるが、こっちはない。
「だよね。私も使ったことない」
「それで入りたくなったと」
「そう」
なんだそりゃ。
「でも不思議じゃない? この奥の空き教室は使うのに、こっちの近い方は使わないんだよ」
何か理由があるのかも、と呟いて黙り込む御前さん。以前から何を考えているのかわからない人だと思っていたが、こんな突拍子もないことをする人だったとは。
「理由はわかりました。でもあれは危ないですよ。怪我します」
「うん。そうだね。大嶽くんの言う通り」
大人しく引き下がった。
「次はもうちょっと安全な方法で挑戦する」
全然反省していなかった。なんなら再チャレンジしようとしている。諦めが悪いなこの人。
「おい。何してるのー?」
声をかけられる。管理人だった。時計を確認するともう十九時半。そろそろ施錠の時間だ。
すぐに帰ります、と管理人に告げ、脚立と御前さんを一旦校舎の外に追い出す。そして脚立を中庭の倉庫に立て掛け、急いで正門から出た。
「じゃあ。また明日ね」
駅とは反対の方に歩いていく御前さん。まるでさっきのことなど何も気にしてないような、いつも通りの彼女だった。なんというか、色々と心配して損したような。俺も帰ろう。なんか疲れた。
その後、本来の目的を思い出したのは家に帰ってからだった。
翌日、早めに登校すると本を読んでいる御前さんがいた。まだ朝練が始まる前だぞ。
「御前さん。いつもこんなに早いんですか」
「うん。早起きは三文の徳」
うっ。いつもギリギリまで寝ている俺には刺さる言葉だ。
「珍しいね。大嶽くんがこんな時間に来るの」
「数学の宿題、やってなくて」
机からプリントを取り出す。名前しか書かれていない。
「もしかして昨日あの時間に学校にいたの、それを取りに来てたの?」
恥ずかしいがその通りだ。わざわざ取りに来てそのまま帰ったマヌケです。
「可哀そう」
誰のせいだと思っているんだ。あんたが余計なことをしなければ目標は無事達成されていたんだ。とは思ったものの、首を突っ込んだのは俺の方だったか。
「はい」
いつの間にか御前さんがすぐ後ろに立っていた。手に持ったプリントをピラピラとたなびかせている。
「これ、写していいよ」
「いいのか?」
「今なら誰も見てないし、昨日助けてもらったし」
ありがたい。プリントを受け取ると早速写しにかかる。綺麗な字だし、簡潔にまとめられているからやりやすい。作業はあっという間に終わった。内容を見る限り結構難しそうな問題だったので、御前さんの助けがなければ完成しなかっただろう。
感謝の言葉を伝え、プリントを返却。御前さんは、どういたしまして、とだけ言うと再び読書に戻った。
授業が始まっても、やはり気になるのは御前さんのことだ。
もとより何かと目立つ人ではあった。身長はクラスの中では一番低くいし、いつも一人で本を読んでいる。恥ずかしがり屋なのかと思いきや、授業中に手を挙げることも結構あるし、話しかければ普通に答えてくれる。文化祭の時も率先して動いていた印象がある。ただ友達はいないのか、昼休みはいつも一人だ。最初の方は近くの女子と机をくっつけて弁当を食べていたが、何度か席替えをするうちにそれもなくなった。じゃあ部活の方はどうなんだというとまさかの美術部。あの部員が一人しかいないことで有名な美術部である。よって部活でもぼっち。
でもそれでいいのではないのだろうか。御前さんは青春とか恋愛に興味がないようだし。中には明らかにそういうことにコンプレックスを抱いている人もいるが、彼女からはそういうものを感じない。俺とは違ってね。
そっと斜め後ろの御前さんを見る。姿勢を正して真面目に授業を受けていた。やる気がなさそうな顔をしているが、これがデフォルト。というかこれ以外の顔を見たことがない。
「なあ、バスケ部入ってくれよ~」
昼休みに杉田が俺に懇願する。今月で三回目だ。
「断る」
「えー。部員みんな欲しがってるよお前のこと」
「それはサッカー部もだよ」
サンドイッチを頬張りながら田中も参戦してくる。
「その身体、誰でも欲しくなるよ」
かといって運動が出来るかは別の問題だ。変に期待されても困るし、入る予定はない。
「何言ってるんだ。お前が中学のころブイブイ言わせてたの、知ってるぜ」
「あれはもう過去の話だ」
今の俺じゃあもうお前らについていけないよ。
「そんなんだから荒木に嫌われるんだよ」
田中がボソッとそう言った。
荒木とは体育教官の最年長であり、サッカー部の顧問だ。俺たちの学年の副主任でもある。いわゆる昭和の体育会系で、好きな言葉はやる気と根性。流石に暴力は振るわないものの罵詈雑言は普通に吐くというとんでもない奴。女子から非常に嫌われている。いや訂正。男子からも嫌われている。あんな奴に教わらないといけないサッカー部員が不憫である。
そういうわけでいまいち体育の授業に乗り気じゃない俺とは相性が悪い。別にさぼっているわけでもないし、実技だって割と出来ていた方だ。保健のテストも八十点取った。なのに内申に十段階中の四つけやがった。舐めやがって。
「とにかくさ、体験入部だけでもしてくれよ。うちのバスケ部はそんなにマジじゃないし、ちゃんと日曜日は休めるから」
「だからそういう問題じゃないって。もうバスケはやらないって決めたの」
「じゃあサッカー部は――」
「サッカーもやらん!」
肩をすくめる二人。諦めた……、わけでもないよな。
俺のことを欲しがっている部活はたくさんある。バスケ部は当然としてバレーにサッカー野球剣道などなど。四月はもう毎日のように勧誘が来た。それもそのはず。高一にして身長一八五センチのフィジカルモンスター。俺より背の高い高校生はほぼいないだろう。これは逸材だ!
だが諦めてくれ。当の本人にやる気がないのだから。
その日の放課後。
夕練がない奴と駄弁った後、カバンを整理する。明日からは土日。昨日のように宿題を忘れるわけにはいかない。教科一つ一つを確認し、ちゃんとカバンに入れたら、さあ帰ろう。今日はゆっくりと過ごしたい。
教室を出てふと中庭を見下ろすとカップルがベンチでいちゃいちゃしていた。爆発しろとは思わない。自分で勝ち取った青春だ。たっぷりと味わえよ。
なんて思いながら歩きだそうと思った時、気づいてしまった。中庭の園芸用の倉庫。そこに昨日立て掛けた脚立がない。
なんてことだ。
急いで三階に駆け上がる。だが誰もいなかった。なんだ、思い違いか。
いや待てよ。御前さんは諦めていないはず。昨日のあの態度を見る限りは再チャレンジをするはずだ。そんな気がする。そして御前さんが興味を持っていたのは全く使われていない空き教室。俺にはもう一か所心当たりがあった。
くるっとUターンして廊下の端まで走る。そして左を向くとあるのが、特別棟だ。家庭科室や音楽室がある五階建ての棟。その四階に例の部屋がある。理科室とエレベーターの間にある小部屋だ。
俺の予想は見事に当たっていた。
「御前さん、またですか」
「あ、大嶽くん」
「あ、じゃないんですよ」
また脚立に上り、上の窓から部屋に入ろうとしていた。
「なにやってるんですか」
「違う。今日は確認していただけ」
そういうと御前さんは窓を開けようとした。しかしガタガタと揺れるだけだった。
「この教室は上からは入れないみたい。あっちはここが開いたんだけどね」
普通はこの部屋のように上の窓は中から鍵がかかっているのが正解。そういう意味では昨日の空き教室がおかしいのだろう。
「ダメだね。他の手を考えないと」
いやいや。どんだけ入りたいんだよ。
「とりあえず、降りましょう」
御前さんはじっと俺の顔を見下ろした後、こくりとうなづいた。ここは素直に従うのか。なんだかよくわからん。
「あの、そもそも勝手に教室に入ろうとしないでください」
「なんで」
「怒られますよ」
「私のこと心配してくれてるの?」
首をかしげる御前さん。俺は親切心で注意してるだけだよ。
「ちょっと違いますが、一旦はそういうことにしておきます」
「そう」
そのまま御前さんは動かなくなってしまった。俺の忠告など聞いていなかったのか、じっと空き教室を見て作戦を立てている。付き合ってられん。
脚立を回収し、中庭に持っていく。そしてまた倉庫に立て掛けた。もしかしたらまた取りに来るかもしれないが、もう知らん。忠告はした。怪我するなり怒られたりしてから後悔すればいいさ。俺はもう帰る。
じゃ、また月曜日にな。
家に着くなりカバンを放り投げ、ベッドに突っ伏す。念願の金曜日だ。ゆっくりと過ごそう。
とりあえずスマホを開きソシャゲのデイリー消化。期間限定のイベントもやっているが、明日やればいいか。ああそういえば今日はプロ野球があるじゃないか。親父ももうすぐ帰ってくるし、久しぶりに一緒に観戦するか。
リビングに降りると珍しく姉貴がいた。アイスクリームをかじりながらテレビを見ている。
「あら。帰ってたの」
「姉貴こそ今日は早いじゃん。金曜は彼氏とデートじゃなかったの?」
「あー。もう別れた」
またかよ。相変わらず早いな。まあどうせすぐ次が見つかるんだろうけど。
姉貴はモテる。弟の俺が言うのは何だが、美人だしスタイルもいい。おまけにスポーツ万能。そしてなにより優しい。普通姉と弟というのは仲が悪いものらしいが、うちはそんなことなかった。小さいころから世話になってきたし、俺もそのありがたさを理解していた。親の教育の賜物だろうか。
俺も冷凍庫からアイスを取り出すと姉貴の横に座った。
「なんで別れたの?」
「なんか~、あたしと付き合ったことを自慢しまくってたらしくて、それで友達にも迷惑かかっちゃってね。あたしのことが好きだったんじゃなくて、あたしと付き合える自分が好きだったみたい」
なんかその理由二年前ぐらいにも聞いたな。
「最初はいい人だと思っていたんだけれどね。あんたはそんな風にはなるなよ」
姉貴曰く、過干渉・嫉妬・依存する男はダメ、だそうだ。そこに自慢しいが追加された。いやホント勉強になる。
その夜は姉貴とスマホで麻雀をした後、野球観戦をして終わった。
明日はどうしようか。とりあえず宿題を終わらして、その後はゲームでもするか。田中誘ってカラオケ行ってもいいな。テスト終わったら行きたいって言ってたし。
そんなことを考えながら眠りについた。
翌日。宿題を終わらせて、さあゲームでもしようと考えたが、いまいちやる気が起きない。外に遊びに行く気も起きなかった。
理由は明確だった。御前さんのことだ。あの人なら今日も登校し、また空き教室侵入チャレンジをしていてもおかしくない。そういう人だ。
なんで俺が心配しなきゃならんのだ。別に無視してもいいのに、もし御前さんに何かあったら、もしそれで取り返しのつかないことになってしまったらと考えてしまう。こんな状態ではのんびりすることも出来ない。だんだん腹が立ってきた。
ああもう、しょうがない。
俺は部屋着を脱ぎ捨て、クローゼットから制服を取り出した。とりあえず学校に行くだけだ。それでなにもなかったら買い物にでも行こう。そう、学校はあくまでもついでだ。
「あら、学校に行くの?」
「忘れ物した」
「またぁ。もーちゃんと確認しなさいよ」
母さんの小言を無視し、俺は家を出た。
学校に着くなりまず中庭を確認する。脚立は、昨日と同じ位置にある。吹奏楽部の女子がトランペットを吹いている以外変わった点はない。次に空き教室の確認。計二か所。こちらも問題なし。一応全ての教室も確認した。御前さんはどこにもいなかった。
ほらな。心配しすぎなんだよ俺は。
心がすっきりしたので、今日は思う存分遊び倒そう。まあ一旦ゲーセンに行くか。そう考えながら正門までの道を歩いていると、前から御前さんがやって来た。俺は膝から崩れ落ちた。
やっぱり来てるじゃん!
流石の御前さんも気まずかったのか、突っ立ったままただ俺のことを見ていた。しばらくの沈黙。先に口を開いたのは俺だった。
「全然懲りてないんですね」
「違う、よ」
御前さんは慌てて弁明する。
「今日は普通に部活で来ただけ。コンクール近いし。それに今日は吹部が至る所にいるから変なことは出来ない」
こちらから目をそらし、口をちょっと尖らせている。こういう顔もするのか。
「大嶽くんは、まさか、また心配で来たとか?」
ここまで来たらもう言い訳はできない。
「その通りです」
「はぁ」
反応に困る御前さん。再びの沈黙。今度は御前さんが口を開いた。
「じゃあついてくる?」
職員室に美術室の鍵を貰いに来た。先生は俺が一緒にいることに少し驚いている。御前さんは特に気にしていない様子。鍵を受け取るとそのままスタスタと特別棟に向かって行った。
特別棟五階。音楽準備室の隣に美術室はある。教室の前の方には机がずらりと並んでいるものの、後ろの方はがらんとしている。御前さんはそこに陣取ると、イーゼルに向き合い始めた。
「ゆっくりしていって」
窓際の机に荷物を置き、椅子にどしんと座った。辺りを見回すと美術室らしく彫刻や不思議な置物が置いてあった。壁には絵画が掛けられており、中には入賞と書かれたリボンが付いているものもある。ここの美術室に入ったのは初めてだが、やっぱり小学校中学校と変わらないものなんだな。唯一違う点はここが五階にあること。窓から外を眺めればこの辺りを一望できる。近くに見える青い山稜と遠くに見える海。そしてその間を繋ぐ街並み。なかなかの景色だ。これで一枚絵が描ける。
しばらくボーっとしていると、机からコトンと音がした。
「これ、冷たいよ」
オレンジジュースだ。缶の表面に水滴が付いていることからもよく冷えていることが分かる。
「ありがとう」
でもこれ、まさか一階の自販機から買って来たのか?
「横の倉庫に冷蔵庫があるの。お菓子も入ってるから好きに食べていいよ」
外を見ると陸上部が坂道ダッシュをしていた。暑そうだ。一方こちらはクーラーがガンガンに効いた部屋でジュースとお菓子ときた。快適すぎる。御前さんも筆を置き、チョコを食べながらスマホをいじっている。休憩タイムに入ったみたいだ。
てかどんな絵を描いているんだろう。立ち上がり御前さんの横を通り過ぎる。一瞬目が合ったが何も言うことなくチョコを頬張った。別に見られてもいいのか。だったらちょっと拝見させてもらいますよ。
キャンバスには花瓶が描かれていた。イーゼルの向こうにあるあの花瓶を写しているのだろう。しかし、うーん。これは上手いんだろうか。油絵にしては明暗がなさすぎるというか、立体感がないというか。色も全然違うし。写実主義というよりはゴッホ的なスタイルだ。こうなると俺の芸術センスでは判断できない。まあでも御前さんといえば御前さんらしい。
「なんか、誰かの絵柄を真似していたりするのか?」
「特に意識していない」
「メッセージがあったり?」
「いや。ただ写しているだけ」
まあまだ完成していないし、御前さんの世界を表現しているのだろう。引き続き頑張ってくれ。
チョコを食べ終わった御前さんは再びイーゼルの前に座った。筆を手に取り首をかしげながらペタペタと色を塗っていく。絵は置いておいて、様になるな。物憂げな少女がキャンパスに向かうこの構図は。
運動部の練習を眺めたり、無心に絵を描いている御前さんを観察しているといつの間にか十八時になっていた。そろそろ帰らないと夕飯に間に合わない。御前さんもキリがよかったのか、道具を片付け始めた。
職員室に鍵を返した後、並んで正門まで歩く。会話はなかった。でもこれだけは言っておきたいことがある。しかし御前さんに先を越されてしまった。
「大丈夫。明日は学校来ないから」
「本当ですか」
「うん。約束する」
「出来れば、『もう二度と危険なことをしない』ということについても約束してほしいのですが」
「それは無理」
軽くいなされてしまった。
「でも明日のことは約束する。だから大嶽くんもゆっくりしてね」
とりあえず明日は遊び倒せそうだ。それは確定した。よかったよかった。
さて正門を越えてしまうとここからは別々になる。その前にもう一つだけ聞いておきたいことがあった。
「なんでそんなに空き教室が気になるんですか?」
それにあんなことしなくたって、先生に鍵を貰いに行けば済む話でしょうに。どうしてもっていうのなら俺がお願いしに行ってもいいですよ。
「それは無理だろうね」
どうして?
「先生はあの部屋に入れないよ」
何故そう断言できる。
御前さんは立ち止った。
「聞きたい?」
上目づかいでこちらを見てくる。目に髪がかかっている。少し気味が悪かった。だがここで引くわけにはいかない。説明してくれ。俺が納得できるような理由をな。
御前さんは語り始めた。
「まず前提として、この学校のありとあらゆる鍵は四つの場所に保管されている。職員室とB棟の階段横と管理人室、そして事務室。そのうち職員室とB棟の方は何度か確認したけど、この学校に存在する三つの空き教室の鍵はなかった。管理人さんにも聞いてみたけど、その鍵は預かっていないんだって。つまり、この学校の誰もあの教室を開けることは出来ない」
話し終えると、さあ何か質問は、とでも言いたげな目線を送ってくる。いいさ乗ってやろう。聞きたいことは山ほどある。
「事務室の鍵はどうなんだ」
「あそこの鍵は緊急時以外使わないことになっている」
「三つ目の空き教室は?」
「B棟二階。地学教室の横」
「本当に誰も開けれないのか」
「今持っている情報を整理する限りは」
「考えすぎじゃないのか?」
「うん。そうかもね」
だから確かめてみないと。御前さんは歩き始めた。
ちょっと待ってくれよ。
「まさか、この学校には秘密があるとか、そんなこと思ってるんですか?」
振り返った御前さんは微笑んでいた。とは言ってもデフォルトの顔から3mmほど口角が上がっていただけだが。それでも御前さんなりの微笑みであることはわかった。
そしてこう言い放った。
「この学校には秘密がある」
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