第2話
修道院の廊下を、悲鳴と足音が埋め尽くしていた。
修道女たちは手当たり次第に散り散りに逃げ、誰一人として列をなすこともできない。
燭台が倒れ、炎が床を舐める。
ジャンヌはリゼとセラの手を必死に握りしめていた。
三人は暗い廊下を駆け抜ける。
だが、角を曲がろうとした瞬間、押し寄せた人波に弾かれ、手が離れた。
「――セラ! リゼ!」
声は喧噪に呑まれ、二人の背中は小さくなっていく
廊下から窓を覗くと、その先は赤く染まっていた。
村の方から立ち上る炎が、夜空を焦がしている。
まるで村を囲うように、火の壁が広がっていた。
「こっちへ」
背後から声がした。振り返れば修道長が立っている。
揺れる炎に照らされた横顔は、冷たいものを感じさせる。
ジャンナは手を引かれるまま礼拝堂に入る。
堂の中央には神像が立っている。
修道長はジャンナを像の後ろに連れてくると、床に敷かれたカーペットを持ち上げた。
カーペットの裏には木板があり、修道長は迷わずに手をかけた。
厚い木板が軋みを上げて持ち上がり、その下に黒い口が開いた。
「いいですか。ここは狭いですが、あなたが隠れるくらいの大きさはあります。声を出さないで隠れていなさい」
修道長が鬼気迫る顔で、ジャンナの顔を見つめている。
「修道長はどうするのですか!」
修道長はジャンナの顔を見、やさしい笑顔で答えず、
彼女を暗闇に押し込み、木板を閉じた。
暗い空間は、砂と誇りのにおいが立ち込め、ジャンナの鼻を強く刺激する。
外から靴音が迫る。
彼女は声をこらえ、一等一挙手に注意をはらう。一切の音が外に漏れないように。
暗闇だと思っていた空間は、上からうっすらと光が差し込んでいる。
ジャンナが首を45度上げると、礼拝堂の扉が見える。
(神像の下・・・)
神のみもとで、ジャンヌは手を組み、祈りをささげる。
自分が見つからないように―――
修道長や二人の姉妹が無事に逃げ切れるように―――
この騒乱が早く終わるように――
すぐに礼拝堂の扉は勢いよく開けられ、荒々しい足音が響く。
金属の擦れる音、木板がきしみ、細かい粒がパラパラと落ちてくる。
「おっいるじゃねぇか」
「少し年は取ってるけど、たまにはいいか」
男たちは修道長を取り囲み、その腕をつかんで床に放り投げた。
「あなたたち、やめなさい!神の御前ですよ」
修道長は声を荒げる。
「「はははは!!」」
男たちは肩を揺らして粗悪に笑う。
「最高に興奮するじゃねぇか」
男たちは修道長の衣を引きちぎり、その体に股をかけ、彼女の体を愉しむ。
修道長は暴れ、抵抗している。
けれど、頭を何度も、何度も、床にたたきつけられ、声が薄くなっていく。
修道長に覆いかぶさり男の揺れる影、炎に照らされ映し出される血、口をふさがれて声にもならない声が礼拝堂に響く。
「おお、やってるなぁ」
新たな足音が礼拝堂に入ってくる。
「こんな機会なかなかないからな」
泣き声と共に修道女たちが引き立てられ、白い衣が映る。
「そんな・・・修道長!!」
「神よ・・・!」
修道女の祈りと悲鳴は、絶叫と嗚咽に代わり、嗤いに飲み込まれていく。
神に身をささげた彼女たちの白い服は、男たちの拳と剣により赤く染まる。
目の前にころころと歯が転がり落ち、剣がジャンナの目の前にまで迫る。
剣に切断された首と頭の断面からだらりと血が流れ込み、ジャンナはそれを頭からかぶる。
いつからか祈りの手をほどき、息も薄く、彼女は瞬きもせずにその光景を見つめていた。
地獄のような光景は、修道女の首と引き換えに終わりを迎えた。
「ところで何人ほど逃がした」
「男が一人、女が三人の合計4人です」
「それならいい」
修道女たちの首だけを持ち、男たちは礼拝堂から出て行った。
静寂。
先ほどの光景が嘘のように、そこには静寂が広がり、血と鉄の匂いだけが充満している。
どれほどの時間が過ぎただろうか。
ジャンヌは木板を押し上げた。
礼拝堂には誰もいなかった。
床に広がった赤黒い痕跡と、崩れ落ちた白衣だけが残っていた。
足取りは重い。
村の道へ出ると、炎の名残に照らされたものが目に入った。
棒の先に並べられた生首。
バルト、モルス、ドーラ、修道長……そのほかにも知った顔ばかりだった。
「あ……あぁ……あぁぁ……」
膝が砕け、声が漏れた。
嗚咽が途切れず、息を奪っていく。
(どうして……どうして、お助けくださらないのですか)
絶望。憎悪。怒り。
それらをすべてに捧げる。
「どうしてぇぇ――!」
叫びと同時に、彼女の周囲に七本の光の柱が立ち上がった。
柱の中からひとつの影が現れ、彼女の前に立つ。
ジャンヌは涙に濡れた顔を上げ、影を見た。
「あなたは……神なのですか」
影は何も答えず、ただ背後を指さしていた。
「その先に……なにが……」
沈黙。
ただ指先だけが、同じ方向を示している。
「……いけば、わかるのですね」
ジャンヌは立ち上がった。
涙の跡を頬に残したまま、影の指す方へ歩き出した。
灰の聖女 野良ネコ @note00
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