第12話「はみ出し者たち」
眼帯の女が唇を歪める。
その目は、ただの遊びではない――狂気を孕んでいた。
「やだなぁ、いきなり蹴るなんて――ひどい子」
ティアリが放った蹴りを、眼帯の女は瞬時に回避する。
その身はまるで風のように、ひらりと舞い躱す。
ただの戦闘技術ではない。ぞっとするほど洗練された動きだった。
「初めましてお嬢さん、ヴァネッサというの。よろしくね♡」
そう言ってスカートの裾をつまみ、優雅に一礼する。
そして子供たちへと視線を這わせた。
「あら、あんなに泣いちゃって……興奮しちゃうわ♡」
その声は甘く、ねっとりと耳に絡みつく。
嫌悪を通り越して、ティアリの胸をかき乱す響きだった。
(……きっと、この女にとって“痛み”も“涙”も、ただの娯楽に過ぎない)
「……気持ち悪い。黙って頂けますか?」
ティアリは冷徹に言い放ち、ナイフを構え直す。
背後から聞こえる子供たちのすすり泣きが、彼女の闘志をさらに研ぎ澄ました。
「泣かないで。絶対に近づけさせないから」
低く踏み込み、ヴァネッサへ突進。その拍子に銀の仮面が風に煽られ床に落ちた。
だが、女は笑みを浮かべたまま首を傾げる。
「ふふっ、いいじゃない。その目……まるで死にたがってるみたい。――ねえ、楽しませてよ?」
次の瞬間、ヴァネッサの姿が消えた。
足音も気配もない。ただ空気だけが、異様に重く沈む。
「っ……!」
耳元をかすめる鋭い風切り音。
糸がものすごい速さで振り下ろされる。
ティアリはギリギリで身を翻し、回避。だがすぐさま足元へ絡みつこうと糸が伸びた。
舌打ちしながら飛び退くティアリ。
(……魔法か。糸を切らないと長引く)
「足癖が悪いお嬢さんね」
糸を自在に操るヴァネッサの動きは、舞のように軽やか。
足元にまとわりつく糸は、まるで意思を宿していた。
――次は決める。
ティアリはナイフを一閃、ヴァネッサへ投げ放つ。
それは囮。すでに地を蹴り、低く間合いを詰めていた。
刹那、銀の刃がヴァネッサの胸元に迫る――
「……甘いわよ」
カシャン、と金属音。
細糸がナイフごと腕を絡め取り、動きを封じた。
「しまっ――!」
「うふふ、捕まえた♡」
細い糸がじわりと食い込み、皮膚が赤く裂ける。
このままでは――
ザシュッ!!
閃光が走り、ヴァネッサの肩を裂く。
糸が切れ、ティアリは跳ね退いた。
「……っ、なに?」
黒い上着を翻し、逆光の中に一人の男が立っていた。
オレンジ色の髪が炎のように揺れる。
「どう?今の、けっこうヒーローっぽかったでしょ?」
仮面が落ち、長剣を担いだアドニスが不敵に笑う。
「アドニスさん……!」
「……アドニス?どこかで聞いた名前ね」
ヴァネッサが小首を傾げ、艶めいた視線を送る。
「ごめんねー、遅くなっちゃった」
「まあいいか。それにしても……色男ね♡」
「そりゃどうも。よく言われますー」
軽口の裏で、アドニスの瞳は鋭い。地を蹴り、一気に剣を振るう。
ザシュッ!
「いいわ、遊んであげる――!」
ヴァネッサの瞳が妖しく光り、唇が艶めかしく紡ぐ。
「
詠唱が終わると同時に白銀の糸が一斉に蠢き、アドニスを絡め取る。
「これでお終いかしら?色男だったから、もう少し遊んであげても良かったかしらね」
「……
次の瞬間――糸はボウッと炎に包まれた。
「なっ……!」
轟音とともに炎が弾け飛び、その中から一人の影が歩み出る。
髪を乱しながら、アドニスが剣を肩に担いで現れた。
刃に紅蓮の魔力が絡みつき、脈打つように輝きを放つ。
一振りごとに火花が散り、空気さえ震わせるほどに。
「……ずいぶん情熱的なアプローチだなあ」
口元には余裕の笑み。だが、その瞳だけは研ぎ澄まされた鋼のように冷たい。
ティアリは思わず息をのむ。
(剣に魔法を…… 魔法剣士……?!)
「でもごめんね、俺もう少し優しい子がタイプなんだ」
ニヒルに笑った次の瞬間、アドニスが剣を振り抜く。
紅蓮の斬撃が炎の波となり、ヴァネッサの糸を焼き裂きながら一直線に駆け抜けた。
「ッぐぅ!」
ヴァネッサが膝をつき、肩を裂かれる。
すかさずティアリも切り込むが、再び糸が防ぐ。
「やっぱり……私のナイフじゃ届かない……!」
悔しげに唇を噛むティアリ。
だが懐に忍ばせた黒い球体に指が触れ、目が光った――
一方、ヴァネッサは肩を押さえながら呟く。
「……アドニス。そう、思い出したわ」
「……何を思い出したっていうのかな?」
「あなた、公爵家の妾の子ね。かつて、この密売所に売られかけてた」
「……だったら、なんだ」
アドニスの笑みが消え、瞳が鋭く光る。
「あなたも私と同じ。親から疎まれ、捨てられかけた――ただの『はみ出し者』」
挑発的な笑みを浮かべるヴァネッサ。だが背後から――
「……だったとしても、アドニスさんは今、貴方と違い、ご立派に騎士団として戦っておられます」
ティアリの声。
黒い球体が放られ、ぷしゅーっと黒煙が立ち込めた。
「なによ……これ……!」
「ティアちゃんの毒もくもくマシーンだよ」
「ハァ?!何よそれ……!」
煙に咳き込み、動きが鈍ったヴァネッサ。
そこへ炎を纏った剣が突き破る。
「……っ!!」
糸の防御も炎に焼き切られ、ヴァネッサは崩れ落ちた。
「……いやあ、ずいぶん面倒な相手だったねぇ」
アドニスが息をつきながら呟く。
「……あの、ヴァネッサが言ってたことはね……」
言いかける彼に、ティアリは微笑み、唇へ指を添えた。
「言いたくない秘密の一つや二つくらい……誰にでもあるでしょう?」
その言葉にアドニスは肩の力を抜き、苦笑した。
「……うわー、俺ティアちゃんに惚れそう」
「お戯れはお控えくださいませ」
いつもの調子に戻る二人。夜風が戦いの熱を冷ましていく。
「さて、ライラ様の所へ向かいましょうか」
「……その前に肩の傷、治してからだよ」
静かな夜を歩き出す二人を、涼やかな風が包み込んでいた。
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