第4話 神様のいない世界で、休日

地下都市「ノア」の「夕焼け」は、天井に仕込まれた光学パネルが作る人工の空。

駅前モールの一角にあるカラオケボックスのネオンサインが、淡いオレンジ色の街並みに映えていた。

防護服姿の警備兵が入口で目を光らせる一方、中に入れば外の緊張感が嘘みたいにポップな音楽が流れてくる――

戦時下の世界でも、若者たちの遊びは大して変わらない。


縁はポケットに手を突っ込みながら、モールの中を歩く二人をぼんやり眺めた。


「……ほんとにカラオケなんて行くのか?」

「せっかくだしね。訓練ばかりじゃ息が詰まるよ」

にこりと笑う蒼依は、白いパーカーにジーンズ姿。制服の時よりも柔らかい雰囲気だ。

一方のなゝはフードを目深に被り、スマホをいじりながら歩いている。

「別に付き合わなくてもよかったのに。縁が勝手についてきたんでしょ」

「……言ったな」縁はむっとした顔で肩をすくめる。


初の部隊訓練を終えたあと、ひとまず3人で親睦会をしないかという話になった。

結局、蒼依の提案で地下都市のモールにあるカラオケ店を訪れることに。

戦闘の緊張感がまだ体に残っているせいか、縁は浮かれきれず、足取りも少し重い。

意外なのは、あれだけ面倒くさがりのなゝが乗り気だということだ。


カラオケ店に入るやいなや、止める間もなくなゝが駆け出していく。

「うわ……!ほんとにあるんだ、こういうの!」

なゝはスマホを片手に、きょろきょろと周囲を見渡している。

縁と蒼依が少し意外そうに視線を向けた。

「もしかして……カラオケ、初めて?」

蒼依が微笑むと、なゝは素直に頷く。

「そう!ずっと研究所にこもってばっかだったし、外で遊ぶとかなかったもん」

「……そうか」

かく言う縁も同世代とこうやって遊ぶのはほとんど経験がなかった。中学時代は師匠との修行に明け暮れ、友達と過ごす時間はほぼ皆無だったのだ。

縁が「苦労してんな」と呟くと、なゝは軽く肩をすくめて「別に!」と答えた。

なゝとはそりが合わないところもあるが、こういう面では似たもの同士だと縁は感じた。


――――


案内された個室は防音パネルに囲まれた広い部屋で、カラフルなLEDライトが天井で瞬いている。

「うっわー!めっちゃ広い!」

なゝはソファに飛び乗るように座り、リモコンを奪い取ると、ぱちぱちとボタンを押し始めた。

その様子は、普段の冷めた態度とは別人のようだ。

「……お前、ほんとに初めてなんだな」

「だって楽しそうじゃん!ほら、早く飲み物頼もうよ!」

縁は思わず苦笑し、蒼依は楽しげにメニューを開く。


――――


最初に歌ったのは蒼依だった。

軽やかな声が響き、まるで空気が澄むような感覚になる。

「すげー……普通にうまい」縁が素直に言うと、蒼依は照れたように笑った。


次に縁。

「はあ……マジで俺も歌うの?」

「当たり前じゃん!」なゝがリモコンで予約したのはアップテンポな曲。

観念した縁がマイクを掴むと、その勢いある声に思わず二人は笑顔をこぼした。



そしてなゝの番。

「じゃ、私も……!」

彼女は立ち上がると、楽しそうに歌い始めた。

歌声は少し幼さが残るけれど、感情豊かで聞いていて心が弾む。

「曽根崎さん、楽しそうだね」蒼依が目を細める。

「だって楽しいもん!」

なゝは頬を赤らめながら笑い、マイクを抱えたままソファに倒れ込んだ。


――――


「満足した!」

なゝが満面の笑みで腕を伸ばした。

既にとっぷりと日が暮れ繁華街のネオンが輝いている。

かれこれ5時間は歌い続けていたはずだ。


「それはよござんした……」

縁は掠れた声で呟く。

蒼依は涼しい顔で、どこか余裕すら感じさせる。喉の使い方の違いだろうか、縁は少し羨ましく思った。


なゝがふと振り返る。その顔はいつもの面倒くさそうな表情に戻っていたが、電灯に照らされた頬はほんのり赤い。

「……また、遊びに連れてってよ」


縁は少し目を細め、無言で頷いた。

――なんだか、ちょっと恥ずかしい。

普段は師匠としか関わらなかった自分が、こんな風に気軽に笑い合える仲間と過ごしていることに、不思議な温かさを感じた。


蒼依はにこりと笑い、手を軽く挙げる。

「もちろんだよ。次は縁くんのリクエストも聞かせてね」


縁は顔をそむけ、照れ隠しに肩をすくめた。

「……別に、俺はどうでもいいけど」

「どうでもいいが一番困るんですけどー」

「はあ?」

2人はまた小競り合いを始め、追いかけっこの末に蒼依の周りをぐるぐると回る。

蒼依はまあまあと言いながら微笑んだ。


カラオケの音と笑い声に包まれた地下都市の一角で、戦場とはまったく別の、穏やかで小さな幸福が三人を優しく包んでいた。

神に抗う力とは無関係に、今この瞬間、彼らが確かに生きている証だった。

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