第3話 神様のいない世界で、訓練

訓練場は広大なドーム型の施設である。能力テストで使用されたように実際の戦場を模した無数のホログラムが敵として出現する。

縁はスナイパーライフルを軽く調整しながら、周囲を見渡す。

今日は部隊を組んでから初めての実戦訓練である。メンバーは縁を入れて3人。志鳥は案の定というか訓練の日になっても来なかった。

その上、隣に立つ二人の能力については、ほとんど知らないままだ。なんの作戦も立てられていないため不安がつのる。


そんな縁の表情を察したのか、なゝと雑談をしていた蒼依が振り向いてにこりと微笑む。

「穂村くん、まずは僕の力から見せるね」


蒼依が手を軽くかざすと、縁の目の前にいる仮想敵が、ふわりと動きが鈍る。

「……え?」

縁が首をかしげると、蒼依が穏やかに説明した。

「暗示をかけることができるんだ。少しだけ、動きを制限してみた」

光の粒子がうごめくホログラムは、彼の指示に従うかのようにふらつき、攻撃のタイミングがずれる。


縁は唸る。

(……なるほど、これなら狙いやすくなる)

暗示がなぜホログラムに有効なのかは分からない。それだけ現実に忠実にエミュレーションしてあると信じたい。


なゝは椅子にもたれたまま、腕を組み、半ば呆れた顔で時計をいじる。

「……私もやるの?仕方ないなあ」

ホログラムの動きが一瞬、完全に止まった。攻撃の残像も宙に留まり、縁の目にはまるでスローモーションの世界のように映る。


「……すごい……」

縁は思わず息を呑む。

「この状態なら、狙撃も正確に決められる」


縁がなゝを見ると、彼女はあくびまじりに言う。

「まあ、狙うタイミングくらい合わせられるでしょ。せいぜい頑張って」


蒼依はさらに補足する。

「穂村くん、僕の暗示と、曽根崎さんの時間操作を組み合わせると、連携がすごく楽になると思うよ。どんな敵でも狙う時間を作れるはず」


縁は自分の頭の中で計算を始める。

(――なるほど。攻撃のタイミングを2人の補助に合わせる……これは、想像以上に強力だ)


ふと自分の能力を伝えていなかったことに気づく。

「俺の能力は……」

「知ってるからいい。ユーメー人さん」

なゝが手をひらひらとさせながら遮る。

「それより『神狩りの弟子』らしいところ見せてよ」

相変わらず挑発的な態度。

縁は「ああ」と短く返事をし、そんな2人に蒼依はにこにこと笑顔を浮かべる。


スタンバイを知らせるブザーがなり、部隊それぞれが配置に着いた。

縁の不安は消え、ただ2人との連携に思考を巡らせる。


訓練開始のアナウンスが鳴った。

訓練場にホログラムの仮想敵が現れる。

蒼依が微笑みながら手をかざす。

「縁くん、まずは僕が敵の動きを少し制御するね」

仮想敵が、ふわりと足取りを鈍らせる。動きのタイミングがわずかにずれるだけで、狙いやすくなる。


縁はスコープを覗き込み、狙いを定める。

「……ここだ」

引き金を引くと、光の粒子が炸裂してホログラムが爆散する。残像が宙に舞い、爆煙のように揺れた。


なゝは椅子に寄りかかり、手をだらりと下げて懐中時計を振る。

「……ちょっとだけ止めてあげる」

ホログラムの動きが一瞬停止し、縁の狙撃タイミングと完璧に一致する。

「おお……」縁は息を呑む。やる気なさそうでも、この精度は確実に役立つ。


(――なるほど、これなら一人で狙撃するよりも精度も速度も段違いだ)


次のホログラムが飛び出した瞬間、三人の連携は完全に噛み合った。

蒼依が動きを鈍らせ、なゝが時間を止める。縁が狙いをつけて引き金を引く。赤い光が炸裂し、ホログラムは爆散、粉々に砕け散った。


連続する仮想敵も同じパターンで撃破される。

教師は驚きの声を上げる。

「……これは、なかなかの数字だ」


なゝは腕を組みながら、退屈そうに笑った。

「ふーん……まあ、初めてにしては悪くないかもね」

蒼依は相変わらず穏やかな微笑みを浮かべ、縁を見る。


縁は二人を見つめ、心の中で決意を固める。

――こいつらとなら、師匠を奪還する道も、思ったより近いかもしれない。



訓練場のホログラムは単体標的から、複数の敵が入り乱れる複雑なコースへと切り替わった。ドーム内の地形は遮蔽物や高低差が入り混じり、仮想敵はあちこちで跳び回る。

縁はスコープから顔を上げ、息を整える。


「……これ、どう攻略する?」

蒼依は手を組み、微笑みながら答える。

「やることはさっきと変わらないよ。ただタイミングがシビアになるから注意して」

なゝは椅子に寄りかかり、片手で時計を弄りながら言った。

「私からも同じく。やるなら一瞬でね」


縁は小さく頷く。

(なるほど……この二人の能力を組み合わせれば、敵の複雑な動きも制御できる)


次々と飛び出す仮想敵は、回避行動を取り、ドームの壁や障害物に身を隠す。縁は瞬時に標的を切り替え、スコープを通して狙いを定める。

蒼依が手をかざすと、敵の動きが微妙にずれ、進行方向が乱れる。

なゝが時計を振ると、瞬間的に敵の動きが止まり、縁の狙撃タイミングが完璧に重なる。


「そこだ」

縁が引き金を引くと、赤い光が炸裂。ホログラムは粉々に散り、残像が宙を舞う。

一体、また一体――三人の連携で、複数の標的がほぼ同時に消えていく。


息を切らせながら、縁は思った。

(――これが連携の力……! 一人じゃ到底できなかった)


なゝは半ばあくび交じりで腕を組む。

「……まあ、こんなもんね」

蒼依はいつも通りの柔らかな微笑みで縁を見つめる。

「上手くいったね、縁くん」


縁の胸の奥に、これまで感じたことのない高揚が芽生えた。



訓練が終わり、ホログラムが消える。

縁は息を整えながら、二人に視線を向けた。

――利用するだけのつもりだった。しかし、この瞬間、仲間と力を合わせる面白さに、少しだけ心を動かされていた。


同時刻、訓練場の二階、見学エリアに黒髪の少女――志鳥の姿があった。

その視線は、じっと3人の動きを見つめていた。

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