私の體には惡魔の血が流れてゐるのでせうか
夏山繁樹
月刊誌「畔」 昭和二十三年(1948年)三月号掲載 読者投稿欄
あの日の事は忘れようとも忘れる事が出來ません。
一ヶ月ほど前の事です。
私は趣味で、山を散策する事があるのですが、ある時、京都と滋賀の境辺りにある逢坂山と
逢坂山は古くは交通の要衝として有名だった山で、平安時代にはこの山に
そんな山ですから、私はある種の歴史的な感慨と
そんな中で私はすれ違いざまにある
その
おそらく、仏道修行ないしは物乞いだとかを目的にしているであろうその
そして、その
いずれも非常に重厚なドラマがあるのですが、この直後の出来事がそれらに並ぶ強烈なものとなろうとは思ってもおりませんでした。
私は想い出の中に浸りつつ、路傍にあった岩に座ってその
そうしてゴソゴソと
思わず私はギョッと目を引かれました…何せ、その女は汚れた僧衣と軍服を身に纏ったような例の
その女は派手までとは
服装は田舎で百姓の女が着るような木綿の着物で、髪型は典型的な日本髪で結われていて、その頭の上に手拭いを被っておりました。
加えて…私が一層目を引かれたのはその人の途轍もない美貌にありました。
その人は世の中の映画だとかで出ているような女優達と比べても遜色ないどころか、ずば抜けたものとなるであろう器量持ちで…恥ずかしながら自分の目はそれに釘付けとなったのです。
ですが、同時にその女は色々と妙でした。
まず、第一に他の傷痍軍人だとか托鉢僧だとかがボロボロとはいえ靴や草履を履いている中でこの女だけは素足で歩いているのです。
当然、登山道にはゴツゴツとした小石類などが多く
ところがこの女に限ってそういう事は無く、大して痛がる
そして第二に…これが一番重要なのですが…女の
何かで切り付けられたのか…結局、私にはその生傷の正体はその後も分らずじまいで終わってしまったのですが、それでもその妙な傷はその後の出來事の鮮烈な印象を与える一因となろうとはその時思ってもいませんでした。
私はそのような奇異性と純粋な美しさの両面から例の女の背中を、
すると…私が座る路傍の石のもとから凡そ十メートル程過ぎた所で、女は突然立ち止まったかと思うと、クルっとこちらを振り返って、視線を向けてきたのです。
私は突然の事で思わず
女の瞳は美しさと共に何かと
女は数秒の間、そのような瞳を向けた後……突然ニッと口角を上げました。
その直後に起きた出來事と
……口角が上げられた後、女の唇がひび割れていることに
唇のひび割れ方が尋常でないのです。
最初の内は女が唇につけた紅と混ざってあまり見えていませんでしたが、よく見ると下唇から顎にかけて赤黒い
…………それは口元の端からでした。
肉々しい音と共に、そこから徐々に徐々に切れ目が走っていくのが見えました。
切れ目はあるラインにそって走って行きます。
……そのラインとは……女の顏に出來ていた生傷でした。
……切れ目はついに頬の端までに達し……その直後……肉が裂けたのです。
……
夥しい血がその裂けた肉の赤黒い断面からボトボトと
そして、その頬の内側から白い
果たしてその
……それを思い出すと、
猛烈な吐き
……しゃがみこんだ時間は果たしてどの程度だったのでしょうか……
はっきりとは
その
何せ、このような山中で夜を迎える事はまっぴら御免でしたから……
そうして大急ぎで戻る最中……私は何か嫌な予感を常に感じていて……果たしてそれが正しかったと証明されたのは
ある道に差し掛かったところで、大なり小なりの多くの石が
そしてそれら石の下敷きになるか……あるいはそれら石にぶつかった事によってか
…そこには死屍累々の山が広がっていたのです。
後の警察の調査によれば、その石々らの正体は、山の斜面からの原因不明の落石によるものだという事らしいのです。
そして……その時は、その死屍累々の
その場で死んでいた彼等というのは、数時間前に私が目撃したあの奇妙な托鉢僧と傷痍軍人による
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