灰色の空
鈴木ソウタ
第一話 暗闇の中で
今日も洞窟の中を生きる。暗闇の中で、ロウソクを頼りに一歩先を見て進む。地面とのにらめっこはいつまでたっても勝敗がつかない。無表情というのはきっとこのことだ。どこで陽が差すかわからない。暗闇をひたすらに歩み続ける。
やがて自分がわからなくなったころ、ロウソクの火がいつも以上に揺れて見える。その時、頬を虫が走るのを感じる。手で払うと手の甲がかすかに濡れた。既に自分では感情の整理ができない。何もわからない。完全に自分を見失っている。ちゃんと正解が用意されているのかも分からない。闇雲に一歩ずつでも歩み進めるほかないのだ。
パンパンだったはずのリュックサックも、ほとんど空に近い。飲みかけのペットボトルと黄色いパッケージの栄養調整食品が一切れしか残されていない。擦り切れたため息を大きくついて、地面に座りこむ。やけくそに水を飲み干す。残された唯一の栄養も摂取しきる。ロウソクの火が一瞬大きく伸びる。顔を上げてロウソクを見つめる。すぐに小さくなった火は、自分の手元だけを照らす。先を見渡しても目に入るのは常に黒一色だ。左手に持ったままのペットボトルを渾身の力で投げ飛ばすと、向かいの壁に当たり足元に転がって戻ってきた。動きが止まったとき、そのペットボトルは死んだ。二度と動き出すことのない置物と化した。そこになけなしの生気が吸い込まれるように、静かに首を垂れるとゆっくり目を閉じてしまった。
「あぁ、きっとこのまま死んでしまうんだ」
情けなくも思った。だからと言ってどうすることもできず抗わずに深い眠りについた。どれだけ眠ったかわからないが、目が覚めると体の横に燃えカスだけが残されていた。
いつから蝸牛と並走しているだろう。自分の非力さに嘆く。ざっ、ざっ、と地面をする音が鮮明に聞こえる。もう聞き飽きたくらいのこの音が耳に届く間隔は日に日に大きくなる。限界はとっくに過去に捨ててきた。
いつからか、自分は何でもできるという自信があった。勉強も運動も、人付き合いも。自分はなんだってできた。成績は人並み以上に良かったし、体力テストだって低い点数をとったことがない。その積み重ねでいつの間にか自分はなんだってできるんだという自信がついていた。しかし今思えばそれは過信だったのかもしれない。たまたま周りの環境は自分より下だっただけで、きっと世に出れば俺は凡人以下だ。下を見て自己崇拝を繰り返すうちに、心の中で自然と高すぎるプライドが作られる。周りを見下している間、優越感に浸りつつ立っている地面が少しずつ高くなっていく。そして独り善がりであることを自覚したとき、高すぎるプライドと自分の愚かな現実との差に肩を落とす。プライドの高さだけ自尊心をズタボロにされる。罪滅ぼしのために歩みを止めそうになる足を必死に前に動かす。今自分に残された唯一の贖罪は希望のないこの道を進み続けることだから。足を引きずりながら一歩ずつゆっくり進む。
もういっそのこと死んでしまおう。何度思ったことか。死んでしまおうと決め込むのは簡単だ。けれどそれを行動に移すことはとても難しい。靴ひもで首を縛り自殺しようとした。でも首にひもを巻き付けた途端怖くてたまらなかった。急に息が上がってきて手が震え始める。やがて涙がこぼれてきて自分を客観視するようになる。壁に伝って座り込み、涙を流しながら現実から逃げるために自殺を試みる青年。俺は一思いに死ぬことすらできない臆病者だ。なんて情けないんだろうか。
自分の内側に潜む暗闇を自分自身で照らすことができなくなった時、人は死にたくなるんだと思う。今まさにその状況に陥っている。自分ではもうどうしようもない。何かに縋るしかない。たとえそれがどんなに小さなことでも。だから歩み続ける。今自分を照らしてくれるのは一筋の光しかないのだから。すべてを投げ捨てたいと思いつつも、希望に縋り続けるしかないのだと自分を説得する。
絶望と希望を繰り返して、今日まで歩いてきた。隣を歩いていた蝸牛もいつの間にかその姿を消している。幻覚だったのかもしれないと思いつつ、そっと死を弔う。他人事ではない。自分だって死ぬのも時間の問題だ。もうすぐ死ぬんだと思い続けると案外残された時間は長いものだと体感できる。三十秒後には死んでいるかもしれないけれど、今この瞬間の連続を感じると意外と長い。食べ物も飲み物もすべてなくなった今、本当に死が訪れるのを待つしかない。希望を目指しつつも、待っているのは絶望かもしれない。先の見えない暗闇を進むことはこんなにも心許ないことだとは思わなかった。本当にこのままでいいのか。自分の行いはあっているのか。何もわからない。自分で間違いだと思えば間違いな気がするし、正解だと思えば正解のようにも思えてくる。人生の試練だと思えば大層なものにも思う。これほど苦労をしている人間は自分しかいないと思えてしまう。でも周りと比べると激しいほどの劣等感を覚え、居ても立っても居られず逃げ出したくなる。そう思いながら今日も歩み続ける。
灰色の空 鈴木ソウタ @sugokunebousimasita
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