第2話 出会い

 あれは忘れもしない。僕が彼女を初めて見つけた日。


 講義室の窓際には、春の柔らかな光が差し込んでいた。僕は遅れて教室に入り、空いている席を探していた。


 学生たちの話し声やざわめきの中、ひときわ静かな気配を放つ姿が目に入った。

 黒いジャケットに身を包み、肩下より少し伸びた長い金色の髪が光を受けて透き通るように輝いている。

 ブルーグレイの瞳、白い肌、すっとした鼻筋、そして何より——少しはにかむような笑顔。


 彼女を見つけた瞬間、教室の喧騒が遠ざかるように感じられた。


 僕の心臓は早鐘を打っている。空いていた彼女の隣の席に迷わず腰を下ろした。彼女は軽く視線を上げて、薄ピンク色の形の良い唇の端をきゅっと上げて僕に微笑んだ。その瞬間、僕は呼吸の仕方も忘れて、彼女の瞳に惹き込まれた。


 しばらくして、教授が甲高い声で講義を始めた。

 でも、僕の意識は講義よりも、隣に座る彼女に全部持って行かれていた。サラサラと揺れる髪を時折耳にかける仕草や、その時にふわっと香る花のような香りや、ペンをぎゅっと握る白く華奢な手から目が離せなかった。


 その講義は、専攻する学科や学年を跨いで受講できる特別な授業だった。大学に入ってからすでに一年以上経過していたにもかかわらず、彼女を見かけたのは今日が初めてだったので、彼女は僕と違う学科を専攻しているのだろうと思われた。


 彼女が隣に座っている。こんなチャンスは二度と巡って来ないかもしれない。彼女の横顔をちらりと盗み見ながら僕は決意する。勇気を振り絞って声をかけた。


「あの、すみません。ペンを忘れてしまって…貸してもらえますか?」


 本当は持っているけど…僕は彼女に気を取られていたため、まだノートやペンすらも机に出すのを忘れていたから丁度良かった。嘘も方便だ。


 彼女は少し驚いたように目を見開き僕の方を見た。彼女のブルーグレーの瞳が僕をしっかりととらえている。

 そして、柔らかく微笑みながら、


「どうぞ」


 とピンクにシルバーのポイントが入ったシャープペンシルをペンケースから出して渡してくれた。受け取ったとき、指先がかすかに触れた。その一瞬に、僕は身体の奥が熱くなるのを感じた。


 たったこれだけの何気ないやり取りなのに、僕の世界の色は鮮やかに彩られたんだ。

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