ローザンヌの湖畔で

海乃マリー

第1話 はじめに

 ローザンヌの湖畔は、午後の光を受けて湖面がキラキラと揺れている。僕はベンチに腰掛けながら道行く人を目で追い、君の面影を探した。僕は国境を越えて、あれから一体何度この場所を訪れたのだろうか。


 今さらこんなことをしていても、何の意味もないと分かっている。分かってはいるけれど、僕は長い休暇が取れるたびに幾度となくこの場所へと足を運んでいた。





 1970年代のパリは、まだ五月革命の熱気を仄かに帯びていた。街角には学生たちが配るビラが散らばり、カフェでは政治や恋愛や将来の話が同じような熱量で語られていた。

 長髪の青年、ジーンズの裾を引き摺る若者、ミニスカートの女の子たち。

 僕たちは、自由と鬱屈が交じり合ったようなこの空気に溶け込み、或いは飲み込まれていたのかもしれなかった。



 僕は生まれも育ちもここフランスのパリだ。僕の父親はフランス国鉄勤務の鉄道職員。小さな頃の僕の夢は父への憧れもあり鉄道職員だった。


 大学の進路は迷った挙句、昔の夢とは無関係の文学部を選んだ。僕は純文学が好きだったし、昨今の学生運動やデモなどの影響で、哲学などの思想にも興味を持っていた。現在は文学部の二年生だ。


 母親は料理が趣味の専業主婦。僕の家は特別裕福でもないけれど、何不自由なく生活を送れる中流家庭なのだと思う。特に信仰している宗教はなかった。

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