#2 夕焼けの熱

「入院することになった」

 そう連絡が来てから、数カ月が経っていた。ご時世的にも身内以外の人間が簡単に面会に行くこともできず、由宇がどんな状態なのか藍にはほとんど分からなかった。加えて、由宇は連絡無精のきらいがあり、ここ数日はまともに連絡の返事すらなく、藍はやきもきしていた。その由宇が今、目の前にいる。

 病気なんてなかったかのように、普通に目の前を歩く由宇の背中を藍は不思議な気持ちで見つめていた。

「ねぇ、体調、本当に大丈夫なの?」

 藍が声をかけると由宇はくるりと後ろを振り向いた。

「大丈夫じゃなさそうに見える?」

「……大丈夫そう、かも」

 藍の答えに満足そうにうなずくと、由宇は再び前を向いて歩き出す。太陽はすでに傾いて、由宇の背中はオレンジ色に染まっていた。その背中が妙に頼りなく、藍は思わず由宇の背中に手を伸ばした。そのままシャツを引いて由宇を自分の方に引き寄せる。されるがまま由宇は藍の肩に寄りかかった。

「何? 藍」

 首の角度を変え、上目づかいに由宇が藍を見上げる。生暖かい風が吹く度に、ふわりと由宇の髪が香った。

「……別に」

 そう言うと、藍はそっと由宇の背中を押して自分の体から離した。

「行こう」

 あっけにとられる由宇を追い抜いて藍は歩き出す。

「自分でやっといて、何だよ」

 不満をもらしながら由宇は藍を追いかけると、そのままの勢いで藍の背中にぴたっとくっついた。驚いたような表情を見せ立ち止まる藍の肩に顎を乗せると、べーっと舌を出してから由宇は藍を追い越して行く。

「ねぇ、行くよ!」

 言いながら振り返り数歩戻ると、由宇は立ち止まったままの藍の手を取った。

「ちょっと、由宇、待って」

「誰か来たら、離すから」

 藍の言葉に被せるようにして由宇が言った。それ以上藍は何も言わず、手をつないだまま二人で歩き出した。

 アスファルトの熱気が上がってくるせいか、藍は自分が汗ばんでいくのを感じた。自分よりも体温の低い由宇の手のひらだけが、妙にひんやりと感じる。

 このまま、どこにも辿り着かなくても良いのに。そんなことを考えながら、藍は由宇の歩幅に合わせてゆっくりと歩いた。


 不思議と人とすれ違うことなく、お祭りで賑わう通りまで辿り着いた。少し離れた場所に人混みが揺れるのを見て由宇は藍の手をパッと離した。

「ねぇ、花火どこで見よう?」

「そうだな……神社の向こう側の公園で良いんじゃない? 神輿帰ってくるまでどうせ人も少ないでしょ」

「じゃあ、そこで」

 言うと由宇は人混みに向かって歩き出した。その後ろを藍もついて行く。

「ねぇ、なんか買いたいものとかある?」

 道端の屋台を見ながら由宇が聞く。

「じゃあ、焼きそばー」

 目に入った屋台を見ながら藍は適当に答える。そうやって、ゆっくりと喧噪を抜けていく。時折、人波に流されてはぐれそうになってはお互いの服の裾を掴みながら歩いているうちに、すっかり日は暮れていた。

 しばらく歩くと、コンビニの前で由宇が立ち止まる。

「ねぇ、藍。花火、買っていこうか」

「花火?」

「うん」

「あの公園、花火OKだっけ」

「多分。……バーッと火が出るやつとかじゃなきゃ大丈夫じゃないかな」

「えー、適当だな……」

 そう言いながらも、上目づかいに見つめてくる由宇を見ると拒否はできなかった。藍は「仕方ない」という表情で頷いてみせた。


 コンビニの中に入ると、窓際の目立つ場所に花火のコーナーが設けられていた。

「バーッと火が出ないやつ……」

「あ、これは?」

 由宇のつぶやきに藍は小さめのパッケージを見せた。

「……線香花火?」

「バーッと火がでないやつ」

「確かに……」

 藍は近くにあった消火用の袋を手に取ると、線香花火と一緒にレジまで持っていった。その様子を由宇は動かずにじっと見ていた。

「行こう」

 会計を終えると、藍は由宇の方を見て出口を指さしながら声を出さずに言った。それを見て、由宇は藍の後を小走りに追いかけた。

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