線香花火が消えるまで

理唯

#1 帰り道にソーダ

 茹だるように暑い日だった。

 記録的な暑さという言葉を、もう何回聞いただろう。そんなことを考えながら、橋本 藍はしもと らんは通い慣れた通学路をのろのろと歩いていた。

 夏になって早々に部活動での青春は終了したが、夏休み中の練習は免除にはならなかった。強豪校のようにハードな練習ではないが、藍が白球を追う日々は続いている。

 暑さで疲れているのか、練習で疲れているのか、もはや分からないなか、アイスの自動販売機が目に入り、思わず立ち止まった。藍は制服のポケットに入れた財布に手を伸ばし、どれにしようかと思案する。いよいよ小銭を自販機に入れボタンを押そうとしたそのとき、背後から声をかけられた。

「藍!」

 聞き慣れたその声に、藍は体を急旋回させて振り向く。夏中、その声に呼ばれる日々が恋しくてたまらなかった。

「由宇!」

 振り向いた先には、声の主である花邑 由宇はなむら ゆうが立っていた。

「由宇、病院は? 退院できたの?」

「藍、甲子園は? 出場できたの?」

 自販機のボタンを押すのも忘れて聞く藍の問いかけにかぶせるように由宇は質問を返す。

「質問に質問で返すなよ。甲子園行けてたら、今頃ここにいるわけないでしょ。お前、分かってて聞いてるだろ」

 ちょっとだけムッとしたように藍が返すと、由宇は面白そうに笑った。その顔を見て、藍のなかには懐かしさが込み上げる。そうだ、春まではこんな日常だった。由宇が病気になり、長期で入院してしまってからなくなっていた日常を思い出した。

「ねぇ、アイス買わないの?」

「え? あぁ」

 小銭を入れたままの自販機を思い出し、ソーダ味のアイスのボタンを押した。ガタンと音を立て、受け取り口にアイスが落ちた。

「由宇も食べる?」

 アイスを取りながら藍が聞くと、「いらない」と返事が返ってきた。


 藍は公園の入り口にある柵に腰掛けると、アイスの封を切った。由宇はその隣の柵に腰掛け、藍を見つめる。

「ねぇ、そのアイス好きだよね。いつもそれ選んでる気がする」

「んー、そうかも」

 暑さに追いかけられるように、アイスが溶けていく。適当な返事を返し、藍はアイスを食べ進めた。

「あ、ねぇ、由宇。入院中、お見舞い全然行けなくてごめん」

「お見舞い? いいよ、そんなの。分かってるから。ご時世的にダメだったんでしょ? 感染症対策みたいなさぁ」

 笑いながら由宇が言った。

「ねぇ、藍、寂しかったの?」

 少しの間を置いて、藍の顔を覗き込むようにして、由宇が言った。顔にはいたずらな笑みを浮かべている。藍は否定も肯定もできず、由宇のつま先を自分のつま先で軽く小突いた。すぐに引っ込めようとしたその足に、由宇が自分の足を触れさせる。

「ねぇ、俺は寂しかったよ。だからさぁ……」

 由宇はそこで言葉を一旦切る。ふわりと風が通り過ぎていく。気温のせいで妙に生暖かい。

「だから、お祭りに一緒に行こう」

「は?」

「今日、お祭りでしょ? 一緒に行こう。そんで……そうだ! 花火! 打ち上げ花火あるよね? 一緒に見ようよ!」

 立ち上がりながら由宇が言った。瞳はキラキラと輝いていく。はしゃいだ声がとても楽しそうだった。

「藍、いいでしょ?」

 言いながら今度は由宇が藍のつま先を自分の足で小突く。

「俺は良いけど、由宇体調は? 病み上がりでしょ?」

「いいの! 大丈夫なの!」

 由宇の口調があまりにも幼く感じ、藍は呆れたように笑みをこぼして「しかたないなぁ」とうなずくしかなかった。いつもこうだ。どうあがいても由宇にはかなわない。 

「じゃあ、藍は荷物を片づけて、着替えてきて。そしたらここに再集合ね」

 早くしてと言わんばかりに、由宇は藍の腕を引いて強引に立ちあがらせる。

「わかったから、アイス落としちゃうから」

 こんな日が続けば良い。

 もやもやと感じる不安感を胸の隅に追いやり、藍は由宇と歩き出した。

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